天使族の国へ
二人は王宮を出て、街の周りを囲む崖沿いに歩いていくと、10分くらいで教会に着いた。
「……ここ」
城とは比べ物にならない小さな規模であったが、崖の壁面に彫刻が施され、一番下には入り口がある。
(えらく……地味だな)
壁の彫刻や配された像などはやはり素晴らしく、とりわけ入り口の上に大きく掘りぬかれた土の神エンキのレリーフは見事なものであったが、いかんせん今まで見た他の教会と比べると、あまりにも規模が小さいのは否めない。
しかし、入り口の階段を下りていくと、そうではないことが分かった。
内部の空間は他の教会に比べてすら広大であった。ただ広いだけではない。壁一面から天井にいたるまで巨大な、それでいて細部まで精緻を極めるレリーフで埋め尽くされている。
レリーフの主な題材はやはり土の神エンキだが、戦っているもの、槌を打っているもの、人々に傅かれるものなど幾つものエンキの像がある。レリーフ一つ一つ自体が見事な出来であるだけではなく、配置の絶妙さによるものか、レリーフ全体が一つの絵巻物のような調和を見せていた。
中央の天井には巨大にして繊細な造りのなシャンデリアが設置されており、全体が煌々と照らし出されており、ユウヤを圧倒するのであった。
「……どうしたの? 」
「いや、あまりにも素晴らしい造りだったもので。行きましょう」
祭壇の前で祈りをささげると、いつものように7柱の神々と対面していた。
茶色の衣を着た土の神エンキがユウヤに語りかける。
「ご苦労じゃった。とは言っても、そこまで苦労したようでもなかったがの」
「おかげさまで。他の試練から考えると、もう少し厳しいかとは思っておりましたが」
「よいよい。厳しくすれば良いと言うものでもなかろう。なぁ、ギビルよ」
水を向けられた火の神ギビルはムッとした様子で、
「おのれは甘すぎる。それに『力の試練』でユウヤが苦戦したのは、不注意と経験不足によるものであろうが」
「確かにそうじゃが、それらの苦戦で経験を積んだこと、アーティファクトを半数まで揃えておることが、『器用さの試練』を順調に突破につながったということでよかろう? 」
エンキはユウヤに向き直ると、
「さて、小手について説明しておこうかの。その銘はガレス。不壊であること、対応する土属性への耐性は他のアーティファクトと同様じゃ。特殊能力の方じゃが、魔力を物質化できる」
「魔力を……物質化? 」
「そうじゃ。ガレスに必要な物体を念じて魔力を込めれば、その物質が魔力で構成され具現化するのじゃ。そうじゃな……例えば、汝が「盾がほしい」と思えば、具体的な盾の形を念じてガレスに魔力を込めることで、盾が現れるといった具合じゃ」
「なるほど」
「何でも具現化できるわけではなく、複雑な、器械のようなものを具現化することはできん。具現化した物体の維持にも魔力が必要じゃから、魔力を込めるのを止めるとその物質は消滅する。大きな物、丈夫な物ほど物質化に必要な魔力は膨大になるのじゃが、汝の肉体には無限の魔力を与えておるから、これは問題にはならんじゃろう。そろそろ時間のようじゃ。具体的にどんなものを具現化するかは汝次第。自分でいろいろ試してみることじゃな」
そこでユウヤの意識は現世に引き戻された。
(いろいろ試してみろ、か。便利そうな効果だけど、使いこなすのは割と大変そうだな)
ユウヤとファニー王女は教会から出る。と、ファニー王女は城の方ではなく、街の中心の方向にとことこと歩き始めた。
「ファニー様、どちらへ? 」
「……お腹すいた」
言われてみると、太陽は既に中天近くを過ぎており、昼食時である。ユウヤも少し腹が減っている事に気づいた。
ユウヤはファニー王女について歩いていく。街の中心に近づくにつれて店や人通りも増え、段々活気が増してきた。
それはいいのだが、
「おお姫様、お元気か」
「今日はいいリンゴが入っておりますよ、姫様」
「姫様、仕込んだ新酒がそろそろいい感じなので、今度献上に参ります」
方々で声をかけられるファニー王女。
(おいおい……みんな普通に王女を知ってんのかよ。他の国の姫も街には出てたけど、あくまでお忍びだったわけで……警備とか大丈夫なのか、これ? )
「なんと言うか…随分とお顔が広いんですね」
「……街にはよく顔を出す」
「護衛とかつけなくて大丈夫なんですか? 」
「……いつもは何人かつく」
「今日はいないようですが……」
ファニー王女は不思議そうな顔でユウヤをじっと見上げると、
「……最強の護衛がついてる」
(ん? ……ああ、俺のことか)
ユウヤは大げさに一礼してみせる。
「お任せください、王女殿下」
王女は迷う様子もなくとことこと歩き続け、お目当てらしき店にたどり着く。清潔ではあったが高級そうでも大店というわけでもない店で、客は結構いたものの、昼を少し過ぎた時間とあって席はそれなりに空いていた。
「……いつもの。二人前」
ファニー王女は慣れた様子で注文をする。
「ここは何の店なんですか? 」
「……鳥串。ここのが一番おいしい」
ほどなく、エールのジョッキと肉がいくつも刺さった串が10本ほどテーブルに置かれる。
ファニー王女はジョッキを両手で抱えるように持って、くぴくぴと呑み始める。
(なるほど、焼き鳥か。懐かしいな)
名前は違えども、それはまごうことなき焼き鳥であった。部位ごとに出されるのも焼き鳥と同じだ。
(手始めにモモから……うん、ジューシーでうまい。鳥皮は外がカリカリ、中はモチモチ。ザクザクした歯触りのハツにコリコリの軟骨。レバーは……うん、エグみがなくてうまい。新鮮なのを使ってるな。レバ刺しで食いたいくらいだ。こっちは……ボンジリか。この脂……たまらんなぁ。……そう言えば、全部塩味だな。あぁ、醤油がないからタレもないのか)
会話する間もなく、ひたすら呑んで食べる二人。何度も追加注文をし、ようやく腹もくちくなってきたのは互いに50本も食べたころであった。店主らしき中年の女性が声をかけてくる。
「相変わらずよく食べたねぇ、姫。で、こっちの人間族は新しい護衛かい? 」
「……んー……この人間族は、料理人」
(へ? 何で料理人にされてんだ、俺? )
「ほう、料理人かい。んじゃあ、何か人間族の鳥料理でも教えてもらえないかねぇ」
店主とファニー王女がじいっとユウヤを見つめる。
「……はいはい、わかりました」
(さて、何を作るか……この世界の人間族の鳥料理なんか知らんしなぁ。鳥……鳥……やっぱ唐揚げかな。メニューにもないみたいだし。後は……)
「鶏のもも肉とたっぷりの油、小麦粉、それに豚バラ肉、あればレモンが欲しい」
「鶏肉と油以外は買ってくるわ。すぐ近くで売ってるから、ちょっと待っといで」
待っている間、もも肉を一口大に切っていく。切り分け終わって少し経った頃、店主が戻ってきた。
「買ってきたよ」
「じゃあ豚バラ肉を切ってもらえるか? 焼き鳥、じゃなくて鳥串を作る感じで一口大に、薄めにな。で、後は鳥串と同じ要領で串に刺して塩振って焼いてくれ」
「……ウチは鳥の店なんだけどね」
「旨けりゃいいだろう? だまされたと思ってやってみてくれ」
ユウヤは切ったモモ肉に小麦粉をまぶし、『造形』で作ったそこの深い鍋で揚げていく。
店主は豚バラを焼きながら、鍋の方を覗いてくる。
「……同じものを2回揚げてるのは何でだい? 」
「こうするとカラッと揚がるんだよ。歯触りが良くなる」
揚がった唐揚げに塩を振って盛り付けていく。豚バラの方も出来てきたようだ。
最後に切ったレモンを添える。
「鶏の唐揚げと、豚バラ串の出来上がり、と」
早速3人で試食を始める。
「……おいしい」
鳥串を20本も平らげた直後にも拘らず、パクパクと食べていくファニー王女。店主もお気に召したようだ。
「うん、こりゃいいねぇ……外側はカリカリで、噛むと肉汁があふれてきて……」
「元々の鶏がいいからな」
「ところで、このレモンはどうすんだい? 」
「唐揚げにレモンを絞りかければ、さっぱりと食べられる。かけるかどうかは好みだな。ちなみに俺はかけない派だ」
「じゃあレモンをかけて……なるほど、あたしはこっちの方がいいね。うちの店じゃ少数派だろうけど。豚バラの串の方は…あ、こっちもいいね。脂っこいのが好きなウチの客にはかなりウケそうだ」
「だろ? 作り方も鳥串と似たようなもんだし、この店にはピッタリと思うんだがな」
「ふーん……レシピは売ってくれるんだろうね? 」
「それはかまわないけど」
「ただ……いくらなんでも両方買えるほどのお金はないわねぇ……どっちにするか……」
悩みだす店主。ユウヤは安くしようと申し出ようとしたが、その前にファニー王女が口を挟んできた。
「……両方私が出す」
「それはちょっと……申し訳ないんじゃないかね」
「……ここで両方食べられるなら、満足」
「すまないねぇ。いつでも食べにおいで」
それから何日か経った。出立の準備が整ったらしく、挨拶のため王に謁見する。
「ユウヤよ、連日酒を酌み交わした仲として名残惜しいんじゃが、そなたの使命は重大であるし、そなた自信の希望もあること、疾く出立するがよい。クリューガー」
「はっ」
貴族の列から一人の男が返事をする。
「この者は我が国の外交官、アーダルベルト・クリューガーじゃ。エピルス王国の首都ヴェルギナにある王城までそなたを送り届ける手筈になっておる。ところで例の折れた剣じゃが、あのアーティファクト、アグラヴェインといったかの、あれにはさすがに及ばんのじゃが……まだ必要かの? 」
「あの剣もとても良いものですし、手にもなじんでおりましたので、でき得るならば」
「そう言ってくれると造った甲斐もあると言うものじゃ。修理が済み次第届けさせよう」
「ありがとうございます」
「では行くがよい。そなたの使命は重大じゃ。くれぐれも体には気を付けてな。ファニー、お主から何かあるかの? 」
「……ユウヤは大丈夫。色々出鱈目だから。それより」
「それより? 」
「……また美味しいもの作って」
あっけにとられたユウヤであったが、にやっと笑ってファニー王女に大仰な一礼をする。
「お任せください」




