訓練の日々 1
その日の夜、大将軍の屋敷にて。
テーブルの上に、大量のご馳走と酒が並ぶ。
「ユウヤ、貴殿を歓迎する。まぁやってくれ」
「大将軍、しばらくの間、よろしくお願いします」
「貴殿はいわば神の使いだ。自分でも言っていたろう? 王に対してはともかく、俺に敬語はいらん。オリバーと呼んでくれ。模擬戦をやった仲ではないか。気楽にやってくれ」
「わかり……いや、わかった。しかし、すごい量のご馳走だな」
「剣を振るう者としては、体が資本だからな。さぁ食え食え」
「いただこう」
オリバーとユウヤは、目の前のご馳走との戦いを始める。
ユウヤは肉を一口いれると……驚いた。外はしっかりと焼き固められていながら、その中はあくまでも柔らかく、噛むごとに肉汁がほとばしる。肉そのものもだが、ソースも甘み、辛み、酸味、こく味などが混然一体となって、肉と合わせ全体で一つの芸術品と言える味わいを醸し出していた。
添えられた付け合わせやスープもまた素晴らしい。肉の合間に口にすることで口内をリセットし、また肉を口にした時の旨味を引き立ててくれる。
酒もまた良い。深いルビーのような色合いの赤ワインの深い甘みとほのかな渋みが、肉料理との見事なマリアージュを果たしていた。
「……これは、凄いな」
「おお、わかるか。大将軍などという地位についていると、客人を招く機会も多くてな。料理人と素材には、金に糸目をつけないことにしている。……お、グラスが空いているな。もう一杯行け。貴公、なかなかなかいける口だな」
と、赤ワインを注いでくれる。
ユウヤは注がれたワインを飲みながら、
「いや大満足だ。……ところで、今日の模擬戦、本気じゃなかっただろう? 」
「大将軍様ともあろう者が、刀を持ったこともない相手に本気を出すわけにもいかんだろう……最後の方は、半ば本気だったがな。ところで本気でないと言えば、貴公こそ最後の一撃、剣をわざと弾き飛ばさせたのではないか? 」
「バレてたか」
「なぜそんな真似を? 」
「実は貴公の家でしばらく厄介になることを王に申し出るためだった」
「ほう、なぜだ? 俺にそっちの気はないぞ? 」
「安心しろ、俺にもない。城では話しづらいことがあってな」
「何だ? 」
「城中に、魔王の手の者が紛れ込んでいるぞ」
「何だと!? 根拠はあるのか? 」
「どうもこの体には、魔王の手の者の気配を感じる能力があるらしい。それで城中の気配を探ってみたんだが、文官らしき貴族に一名、どうも操られているようだな」
「直ぐに対応せねば! 」
オリバーが勢いよく立ち上がる。
「やめておけ。排除しても、今度は他の者が操られたり、新たに送り込まれる可能性が高い。紛れ込んでいる物が誰かは今後教えるから、そのことは信用できる人物のみの間にとどめて、そのまま泳がせ、場合によっては偽情報をつかませるとかいう対応をした方がいいだろう」
「ふむ……確かに一人一人対応してもキリがないか……」
そんな会話を交わしながら、召喚一日目は更けていくのであった。
明くる日の朝、オリバーと二人で剣術の訓練を始める。オリバー邸の庭の一角には武器の置き場や訓練用の人形が設置されており、簡易な練習場となっていた。
「俺はこう見えても、大陸の主流であるマクベイン流の免許皆伝でな。師範の資格も持っているから、教える方もそれなりに自信がある。そんな俺が見るところ、貴公、身体能力は出鱈目に高いが、剣の扱いを全く知らんようだ。よって、剣の構えや基本的な斬撃や刺突のあるべき筋などの型稽古をみっちりとやって、訓練の最後に模擬戦を行うってことにしようと思うんだが、どうだ? 」
「任せる」
こうしてオリバー宅の庭で訓練は始まった。
普通に考えれば退屈なはずの型稽古だが、新しい肉体の理解力、記憶力が桁外れに高いせいなのか、型の一つ一つ、またその中の動き一つ一つがどのような意味を持つかを容易に理解でき、またそれを実感することによって、単に型を知るだけでなく、容易に体得できていくことをユウヤは実感していた。
そして夕方となり、オリバーと模擬戦の時間。
「本気を出すわけではないが、昨日よりは厳しめに行くから、そのつもりでな」
「わかった」
そして、模擬戦ながら激しい戦いが始まった。
「お!? やるな、昨日の今日というのに、見違えるようだぞ」
確かにオリバーの攻撃は昨日よりも数段激しさを増しているのだが、型稽古のおかげか、躱し方、受け方を体が理解しているようで、半ば体が勝手に対応できるようになってきていた。
(なるほど、記憶力や理解力が強化されてるってのはこういうことか。そろそろ、こちらからも攻撃してみるか)
ユウヤはオリバーの横薙ぎを躱しざま、上段から攻撃を入れてみる。
当然のようにオリバーに受けられた……と思いきや、バキャッ!! という耳をつんざく音とともに、二人の木剣は柄を残して粉々に粉砕していた。
オリバーは手が痺れたようで、茫然とした顔で自分の手を見ながら呆然としている。
「大丈夫か? 」
「ああ……大事無い」
「木剣が傷んでたみたいだな」
しかし、オリバーは顔を引きつらせる。
「いや……違うな。それならこうはならん。剣が折れるだけだ。ちょっとこっちに来てくれ」
と言うと、庭の隅の、数体並んだ訓練用の人形のところに行く。
「この人形を斬ってみてくれ、ほれ、この剣を使え」
渡されたのは鉄製の剣だった。刃は潰してあるようだが。
言われたとおり、人形に剣を振り下ろすと、大きな音とともに、今度は人形が真っ二つになって吹っ飛んだ。
「……やはりな」
「どうなってんだ? 刃は潰してあるみたいだけど……」
「……貴公の膂力が出鱈目すぎて、木製の剣や人形では耐えられないらしい」
「……ええ……」
「これだけ馬鹿力だと、いくら俺でも受け太刀はできんな。さっきの貴公の攻撃、鉄製の剣だったら……」
「だったら? 」
「俺の受け太刀は弾かれ、そのまま俺が肉塊と化していた」
ユウヤは茫然とする。
「しかし困ったな。これでは訓練にならん。……そうだな、貴公の攻撃は寸止めにしてもらって……いや、寸止めに失敗したら俺が死ぬな。攻撃は力を抜いて……訓練にならんな。どうしたもんか……寸止めができるようになるまでは、模擬戦はなしにして、型稽古と実地訓練しかないか」
「実地訓練? 」
「魔物狩りだ。まぁ、今日はいい時間だし、これで訓練はお開きにしよう。しかし貴公、やっぱり出鱈目だな。本来、型稽古ってのは効果が出るまで数年、早くても数か月はかかるもんなんだが、たった一日で様になってきている。貴公の身体能力をもってしても、モノになるのは数か月かかると思ってたんだがな」
「師匠がいいからな……冗談だけど」
「そこは素直に、師匠のおかげってことにしておけよ」
「冗談はともかく、教え方はとても分かりやすくて助かる。それにしても、自分でも驚いている。特別誂えした肉体って神々が豪語していたが、ここまでとはな。ところで、魔法についてはどうなってんだ? 」
「心配そうな顔をするな。魔法については宮廷魔術師と調整中で、2~3日後には連絡があるハズだ」
「助かる。前世では魔法なんてものはなかったからな」
こうしてユウヤの転生2日目は過ぎていくのであった。
それから4日はひたすら剣術の訓練をしていたが、5日後には魔法の訓練を行うことになった。
オリバー邸に迎えに来たのは、黒いローブを羽織った痩せぎすの男だった。年齢はオリバーと宰相の中間くらいか。
「宮廷魔導士のヘルメス・トリスメギストスと申します。ヘルメスとお呼びください」
「ユウヤです。よろしくお願いします。」
馬車に小一時間ほど揺られ、城外の森の外れにつく。
「では魔法の訓練を始めましょう。まず、ユウヤ殿の属性を把握する必要があります。ご自分がどの属性の魔法を使えるか、わかりますか? わからないのならば、まずは属性の確認からですね」
「神々の話では、全ての属性の魔法を使えるってことらしいんですが」
ヘルメスは一瞬動きが止まった……と思いきや、いきなりユウヤの両肩をガシッと掴むと、興奮しながら、
「全属性!? 伝説レベルではないですか! 」
「そ、そうなんですか? 」
「全属性使えるなんて歴史上、ほんの数人しかいませんよ!? まぁ、かのドゥナマ・ダッバレミが全属性とは聞いておりますが……通常は1、2種類、宮廷魔術師クラスでも通常は4種類がせいぜいです。それ以上となると……あぁ、カネム・ボルヌ王国の筆頭宮廷魔導士と、あと王女が5属性を使えるというのは有名な話ですね」
「そうなんですか」
「……ま、まぁいいでしょう……では、うーん……とりあえず初歩の魔法から順に使ってみることにしましょうか」
「よろしくお願いします」
ヘルメスは10mほど先にある岩を指さすと、
「まず、あの岩に『火球』を撃ってみてください」
ユウヤが記憶を探ると、『火球』の魔法の記憶は刷り込まれていることが分かったが……
「まず、魔法の使い方がわからないのですが」
ヘルメスは思い切り脱力した表情となったが、気を取り直したのか、
「え? あ、えーっと……そういえば魔法を使ったことがないんでしたね。まず手を上に上げて掌を上に向け、その上に火の玉が出ることをイメージして集中してください」
ユウヤが言われた通りやってみると、頭上に直径10m程の火の玉が現れる。
が……なぜかヘルメスは火の玉を見るなり顔面蒼白となり……
「ま、魔力を切ってください! 」
魔力を遮断すると、火の玉は直ぐに消えた。
「な、何ですか今の!? 」
「え……火球じゃ……ないんですか? 」
ヘルメスは呆れた顔をする。
「……火球は魔力の込め方にもよりますが、いくら魔力を込めたとしても、せいぜいが半径50㎝くらいのものです。こんな感じですね」
ヘルメスが片手を軽く上げると、半径50㎝の火の玉が現れ、岩に向かって飛んでいく。
岩に命中すると、2mほどあった岩が粉々に砕け散り、周囲の草が燃え上がった。
「しかもユウヤ殿の今の火球、サイズだけじゃなく、込められた魔力密度もまともじゃありませんでした。今のをそこの岩にぶつけていたら……半径数十m、我々ごと火の海になっていたでしょうね」
「ええ……」
「同じ魔法でも、込められた魔力量と質によって効果が変わります。普通はそこまでは変わらないんですが……大して集中もせずにあの威力ということは、ユウヤ殿はとんでもなく膨大な魔力をお持ちなのでしょうね……それでは、まず魔力をコントロールし、威力を抑える訓練をすることにしましょう。……普通は魔法の威力向上を訓練するものなのですが……」
「はあ」
「威力のコントロールができないうちは、延焼が怖いので、火球じゃなく他の魔法で練習しましょう。『石弾』は使えますか? 」
確かに『石弾』の魔法も記憶に刷り込まれている。
「大丈夫だと思います」
「ではそこの林に向かって撃ってみてください。なるべく魔力を絞る感じで」
「はい」
言われたとおり、込める魔力を絞って石弾を呼び出す。無数の石弾が現れ……それぞれが木々を貫通していき、穴だらけになった木が10本ほど音を立てて倒れる。
「できました」
ヘルメスは額に手を当て、首を振りながら、
「……えーと……ま、まぁ、さっきの火球よりは多少まともになりました……。そうですね、私が見本を見せますので、そのレベルまで威力を『落とせる』ように練習してください」
「はあ」
こうして、その日は魔法の威力を「落とす」という、奇妙な訓練に終始することになった。




