『器用さの試練』 1
次の日も部屋に来たファニー王女。ただし、今日はお付きの人がポットを用意して後ろに侍っている。
皿に盛ってあるのはクッキーだ。
「今日はお茶ですか」
「……後で公務がある」
両手でクッキーを持ち、少しずつかじっていくファニー王女。
(ハムスターみたいだな。かわいい)
「酒吞みは甘いものは好きじゃないって言いますけど」
「……甘いものは好き」
(そう言えばこの国、枝豆があるんだったな。じゃあ、あれが作れるな)
「じゃあ、ちょっと甘いものを作ってみましょうか? 」
「……クッキーならここにあるけど」
「クッキー以外で作ってみようかと。厨房を借りられますか? あと食材も」
「……聞いてみる」
早速厨房を使わせてもらえることになったユウヤ。
(枝豆で甘いものと言えば、アレだよな。ただ米粉はないから……饅頭にでもするか)
枝豆を茹で、鞘をとって薄皮を剥いたら、砂糖と塩を混ぜて、
(フードプロセッサーはないから……)
ヘラでひたすら潰していくと、ずんだ餡の出来上がりだ。
(次は生地だな)
小麦粉に水、膨らし粉、砂糖、塩を混ぜて、耳たぶくらいの固さになるまでよく捏ねる。
できた生地を少しずつに分け、薄く延ばしたら、ずんだ餡を乗せて生地で包んでいく。
できたものと水を『造形』で作った蒸し器に入れて火にかける。
(後は蒸しあがるのを待つだけだけど……宮廷料理人はともかくとして、ファニー王女までずっとこっちを見てるのは何なんだ? 公務があるんじゃなかったのか? ……まぁいいけど)
10分くらいして蒸し器の中を確認する。
(よさそうだな)
出来た饅頭を一つ口に放り込む。ふかふかとした饅頭の歯ごたえの後に、特有の香りと優しい甘み、コクに加えてかすかな塩味が口内に広がった。
「うん、なかなかの出来だな。どうぞ、ずんだ餅……じゃない、ずんだ饅頭という食べ物です」
ユウヤはファニー王女と宮廷料理人に饅頭を乗せた皿を差し出す。
クッキーと同じように両手で饅頭を持ち、少しずつ食べるファニー王女。
宮廷料理人は試すようにゆっくりと咀嚼し味わうと、お茶を一口して
「ほぉ……成程、甘いのは同じだが、ここまでクッキーと違う食感と甘みは……面白いですな、これはいい。お茶にも合う」
その間にも、ファニー王女は3つ目の饅頭に取り掛かっている。
(評判も悪くないみたいだな)
そこに国王夫妻が何人かを従え、ひょっこりと顔を出した。
「何やら新しい料理を作っていると聞いたが」
(国王が直接厨房に顔を出すのかよ……まぁこの国らしいっちゃらしいけど……)
ユウヤはそう思いながらも、その場にいた全員に饅頭を振舞ったところ、かなり好評のようだ。
(素朴な味がドワーフ好みなんだろうな……ん? )
袖を引っ張られたユウヤが後ろを見ると、空になった皿を持ったファニー王女が、くりっとした目で見あげていた。
「……なくなった」
「はぁ、好評をいただいたようで」
「……全然足らない」
「……はいはい。追加で作りましょう」
宮廷料理人に教えながら、もう一回饅頭を作る羽目になったユウヤであった。もちろんレシピの代金は頂いたが。
それから5日後のこと。
ようやく修理が終わった小手を受け取ったユウヤは、ファニー王女とともに『試練の迷宮』に挑むことになった。
他の国と異なり、ラエティアの『試練の迷宮』は、首都アルテンプロスを取り囲む崖の一角にあったため、すぐにたどり着く。
王女はレザーアーマーを装備し、弓を持っている。背中に筒のようなものと、ハンマーを背負っている……のはいいのだが、そのハンマーは王女にはどう考えても不釣り合いに巨大な代物である。
「背中のハンマー、どう見ても大きすぎるような気がしますが。それと、その背中の筒は? 矢が入っていないようですが」
「……ドワーフは力持ち。あと」
空の矢筒がぼうっと光ったかと思うと、矢筒に矢が現れる。
「……これは魔道具の矢筒。魔力を込めると矢を補充できる」
「これは失礼しました。では行きましょうか」
こうして、『試練の迷宮』への挑戦が始まった。
地下1階。
魔物等はいないようだ。30m程に伸びた通路の左の壁には、50cmほどの穴というか窓が等間隔に、いくつも開いている。窓の向こうは一つの大きな部屋になっているようだ。
部屋は通路より上下が10mほど広く、部屋の奥行きは50m程度だろうか。窓と反対側の壁には50cm程の円形の板らしきものが数多く設置されていた。板には同心円状の模様がある。
「あれは……的か? 」
「……的」
というが早いか、ファニー王女は弓を放つ。一瞬の早業だったが、矢は的の一つの中心を見事に打ち抜くと、突き立った矢ごと的が消滅した。
その瞬間、全ての的が一斉に、ゆっくりと動き出す。
ファニー王女は物も言わず矢を放ち始める。驚くことに、碌に狙いを着けたとも思えない速さで次々に放たれる矢は一つも外れることなく的に命中し、次々と的が消えていくのだが、的が消えていくごとに残りの的の動きが早くなっていく。
(凄いもんだな、矢ってこんなに連射できるものなのか。しかもこれほど正確に……あ)
的の動きが早くなりすぎたせいか、連射される矢の一本が、ついに的を外れて後ろの壁に突き刺さると、その突き刺さった壁から新しく的が湧いて出るように現れた。
(外すとペナルティがあるってことか。まぁ、そろそろ俺もやるか。的からはみ出さないようにした方がいいだろうから、『火球』『風刃』『土弾』辺りは避けるとして……)
ユウヤは『聖弾』を連射し始め、ファニー王女の矢と相まって相当なペースで的が減っていく。
それに反比例して的の動きは速くなっていくため、二人は時折的を外したりもしたのだが、それでも1時間程で、最後の的を射抜いたのであった。
地下2階。
「部屋は一つだけ、魔物が20体ほどいるようですね」
部屋に入ると、ゼリーのように不定形の魔物が這いずり回っていた。まるで『知の迷宮』にいたブラックスライムのようだが、こちらごく薄い青色をしており、体の中が透けて見えている。
(スライムか。それならとりあえず)
「『浄化』」
ユウヤはスライムに『浄化』を放ったが、スライムは全くダメージを負ったようには見えなかった。
ユウヤをじぃっと見上げるファニー王女。
「……なんで『浄化』? 」
「いや、ブラックスライムには効いたんで、弱点なのかと思って」
「……そんな話、聞いたことがない。スライムの弱点は核。あの赤いやつ」
よく見ると、確かにスライムの何箇所かに赤い球状のものがある。
「それなら」
気を取り直したユウヤが放った『水流』はスライムの核を打ち抜き、核は音もなく四散した……が、四散した核はひとつに集まり、あっさりと再生したのだった。
「あれ? 核が弱点なんじゃ……」
ユウヤが驚いていると、そのスライムにある三つの核を、同時に矢が貫いた。格を破壊されたスライムが溶けるように力なく床に広がり、ただの液体となって動きを止める。
「……話は最後まで聞く。すべての核を同時に破壊しないと、核が復活する」
「そういうことでしたか」
ファニー王女はいくつもの矢を同時に弓に番えて、矢継ぎ早に撃ち続ける。一度に放たれた複数の矢は、狙い違わずスライムの核を同時に打ち抜いていき、スライムはその数をどんどん減らしていくのであった。
「見事なものですね」
ユウヤは讃嘆の声を上げるが、順調に矢を撃ち続けていたファニー王女の動きがぴたりと止まった。
「どうしました? 」
「……問題は、あれ」
ファニー王女の視線の先にいるのは、最期に残った個体だ。言われてみると、撃破済みのものよりかなり大きい個体だ。
「……一度に撃てる矢は4本が限界」
「確かに、核が8個ほどありますね……一般論として、こういう場合はどうするんでしょうか」
「……熟練した弓使いが二人いればタイミングを合わせて攻撃する」
「いない場合は? 」
「……スライムが分裂するのを待つ」
「待つって、どれくらいかかるんですかね? 」
「……長いと二週間くらい」
「え……」
(それは……ちょっとな。……うーん、全部まとめて魔法で吹っ飛ばすか? でも核だけを攻撃する必要があるっていうしな……複数の魔法のタイミングを合わせればいいのか? ちょっと試してみるか)
ユウヤは『水流』を唱える。ただし、いつもと違うイメージで発動するように念じながら。
果たして、ユウヤのイメージ通り、ユウヤの頭上に水の玉が現れ、そのまま静止する。
(これを消さないように魔力を込めながら……)
ユウヤは『水流』を何度も唱える。頭上に浮かぶ水の玉は8つまで増えた。
(同時並行は魔力のコントロールが難しいな……集中を切らさないようにして……後はこれを……)
ユウヤが念ずると、全ての水玉が矢のように変形し、それぞれがスライムの核に突き刺さった。
スライムが溶けていくと同時に、その背後にあった扉が光を帯び始める。
「何とかなりましたね」
「……ユウヤの魔法、変」
「変って……結構大変だったんですけどね、あれ」
こうして2階を突破した二人であった。




