呑兵衛姫
城に着いたユウヤは、早速王に謁見することとなった。
「儂はラエティア国王、ギュンター・フォン・シュヴァーベンじゃ。其方がユウヤ殿か。『試練の迷宮』を3つまでも突破したことは聞いておる。我が国より贈った装備は役に立っておるかの? 」
「はい、大変助かっております。ただ、申し訳ないことに『力の試練』で剣と小手が破損いたしました」
「聞いておる。真銀が破損するとは驚いたがの。早速じゃが、見せてくれるか」
王は侍従らしき者を通じてユウヤから受け取った装備一式を自ら検分する。
「……剣は完全に折れ曲がっておるな。刃こぼれも酷い。小手は……なんじゃこりゃあ!? グシャグシャになっておるではないか……真銀製の装備、しかも我らの技術の粋を結集して作り上げし作品が、どうやったらこんなことになるのじゃ」
「大変申し訳ありません」
「責めておるわけではない。単純に、真銀製の物がここまで破壊された、いや破壊できたことに驚いておるだけじゃ。まぁ、ユウヤ殿が生きてここまで来れたということは、これらの装備もそれなりには役に立ったということなのじゃろう」
「それはもう、大変に」
「それならばよい。しかし、これを修復するのは我らにとっても骨じゃな……一から作り直すと更に時間が必要じゃろうし……どうしたものか……」
「やはり難しいのですか? 」
「できなくはないが、時間がかかる。ユウヤ殿も、そんなにゆっくりと待つ事もできぬのじゃろう? 」
「はい……どれくらいかかりそうなのですか」
「小手は……ばらして部品ごとに手分けできるであろうから、急がせれば1週間程度でなんとか済むじゃろう。しかし剣はそういうわけにもいかぬなぁ……研ぎも必要じゃし、いくら急いでも一か月は掛かるじゃろうな」
「ではすいませんが、小手だけお願いいたします。剣は『試練の迷宮』で手に入れたものがありますので」
「アーティファクトじゃな。それならこの剣もかなわぬ物であろう。あい分かった。小手の修繕を急がせよう。我が国に滞在する間はこの城の一室を与えるゆえ、しばしの間ゆっくりするがよい」
「ありがとうございます」
「ところでユウヤ殿、酒は呑めるか」
「はぁ……まぁ好きな方ですし、呑める方だと思いますが」
「それは良かった。夜は宴会があるでな、参加するがよい。よその国と違ってざっくばらんな会じゃ。構える必要はないからの」
「……はぁ」
その夜、ユウヤは案内を受けて宴会の会場に入ると、既に大勢の参加者がジョッキを傾けていた。
王の言っていた「ざっくばらんな会」というのは「王宮にしては」ではなく、そのままの意味だったらしい。部屋に幾つも並べられたテーブルには料理が山盛りになった皿がいくつも並んでいる。壁際には横になった樽が大量に並んでいた。
参加者は自分で取り皿に料理を盛り、樽から酒をジョッキに注ぎ、思い思いに料理や酒、会話を楽しんでいた。話題の中心はやはり酒のようで、他にも鍛冶や石工について話をしている者が多いようだ。
戸惑っていたユウヤは肩を叩かれた。振り返るとそこにいたのは国王その人である。
「おう、ユウヤ殿。何だ、酒も料理も取っていないではないか」
「……今来たばかりでして。しかし、何というか……随分と砕けた雰囲気ですね」
国王は鷹揚に笑う。
「驚いたであろう。儂らは形式ばった事は好まぬでな。無論謁見や外交の場では、それなりに整えはするがな。そんな事にかける時間があるなら、酒を吞み、槌を振るい、話に花を咲かせる方が良いというのが儂らドワーフ族じゃ。そうだ、紹介しておかねばな。ファニー」
王が傍らの女性に声をかける。
その女性は、簡素な茶色のドレスを身に着けていた。王よりさらに背が低く、栗色のおかっぱ頭、印象的なくりっとした大きな目、太っているわけではないがふっくらとした頬、どこをとっても大人には見えない。
「これはファニー、儂の長女じゃ。『試練の迷宮』で見届け人をやらせる。今対応ができる大人の王族が他におらぬでな。弓の腕前はかなりのものじゃ。あとハンマーと土属性の魔法をそこそこ使える」
「ファニー様、よろしくお願いします」
「……よろしく」
ファニーはそれだけ言うと、さっさとどこかに行ってしまった。
(大人? まぁドワーフ族は背が低いからな)
「ところでユウヤ殿、今までの冒険譚でも聞かせてくれるかの。特にあの剣と小手がああなったいきさつなんかをの」
「わかりました」
ユウヤが王に『試練の迷宮』での戦いについて話を始めたところで、後ろから袖を引っ張られる。
振り向くと、経っていたのはファニー王女だ。
「……はい」
料理を持った皿と、酒の入ったジョッキを差し出してくる。
「ありがとうございます」
皿とジョッキを受け取ると、ユウヤは王に話の続きを始める。最初は失礼に当たるかと思って控えていたが、王に促され、互いに飲み食いを挟みながら話を続ける。
料理は焼いたり揚げたりした肉や魚、調味料をつけた野菜などである。どれも他国に比べると、王城で出るものとしては非常にシンプルなものであったが、素材自体は良いものであり、料理人の腕も良いようで、なかなか美味なものであった。若干味付けは濃いめだが、おそらくこれも狙ってやっているのであろう。何しろ酒によく合う。
酒はビールである。よく冷えているというわけではないが、キレを重視するものが多い日本のビールとは違い深いコクがあり、いくらでも飲める。
ユウヤの話が進むにつれて、段々周りに人が集まってきた。
その間にも、酒や料理がなくなるのを見計らって、ファニー王女が追加を持ってきてくれる。正直恐縮していたものの、断るわけにもいかず、出された酒と料理を食べながら話を続けるユウヤであったが、新しい皿に盛られた料理を見て動きが止まる。
「これは……」
「それは枝豆というものじゃ。皮に塩が振ってあってな、このように口にくわえて皮を押さえて中身の豆を食べるのじゃ。ビールによく合う」
「……この世界にも枝豆があったんですね」
「なんじゃ、知っておったのか」
「ええ。……ところで、枝豆をつかった加工品とかはあるんでしょうか」
「そうじゃのう……こうして食う以外は……熟した枝豆を炒って食べるくらいかのう」
(……味噌とか醤油とかはないってことか。シェンノンにもなかったし……大豆があるなら作れるかもな。発酵が難しいかもしれないけど……使命を果たした後の楽しみってことににしておくか)
その後も冒険譚を続けるユウヤ。王を含めた皆がユウヤの話に一喜一憂し、やはり黄金竜のくだりでは大いに盛り上がる。
話が終わるころには、テーブルの上の料理もあらかた片付いていた。
ビールもなくなったようだが、他に様々な酒が用意されており、皆それを呑み始めていた。
「いやぁ、面白い話であった」
「まさか、そんな巨大な竜がおるとはのう」
「そのような竜に数え切れぬほど叩きつければ、いくら真銀製の装備とて持たぬわけじゃ」
「いや待て、いくら竜の鱗が固いといっても、常人がいくら叩きつけたところで真銀は変形せぬぞ」
「『剛力』を使ったとは言っておったが、果たしてどれだけの力で叩きつけたのやら」
参加者が口々に言いあう中、ユウヤも他の酒を呑み始めていた。もちろんファニー王女が持ってきてくれたものだ。
特別製のユウヤの体は酒にも強いようで、いくら吞んでもほろ酔い程度にしかならないユウヤは、ファニー王女が持ってきてくれるままに各種リキュール、バーボン、ブランデー等、様々な芳香や味を楽しむ。ユウヤが前世で最も愛してやまなかった日本酒がないのは残念だったが。
しまいには、ユウヤの話の礼にということで、王が秘蔵の「モルト」コレクションまで振舞ってくれた。
(モルトって言ってたが……いわゆるスコッチだな。これは、うん……素晴らしい。香りだけで酔えそうだ。味は……何と深い……。これだけの逸品となると、何十年ものだろう? 王の秘蔵というのは伊達じゃないな。次は……こっちはピートの香りが凄いな。うん、癖はすごく強いが、これはこれで……素晴らしい! )
ドワーフたちに混ざって、夜が更けるまで酒を満喫したユウヤであった。
あくる日の朝起きたユウヤだが、酒の影響は全くないようだった。
(あれだけ吞んだら、前世なら下手すりゃ救急車コースなんだけどな……この体、やっぱりすげぇな)
ユウヤは、今日一日ゆっくりすることにして、運ばれてきた朝食をとると、暫く二度寝を満喫する。改めて起きると昼になっていたようで、昼食を取った後はしばらくぼーっとしていたが、豪華な部屋であっても前世と違ってテレビがあるわけでもなく、段々退屈を感じだしたところを見計らったように、ドアがノックされた。
「どうぞ」
部屋に入ってきたのはファニー王女だった。それはいいのだが、付き従う侍女が大きな樽の乗った手押し車を押している。侍女は重そうな樽をテーブル脇に設置し、ジョッキと枝豆を持った皿をテーブルに置くと、一礼してファニー王女の後ろに控えた。
ファニー王女は樽からジョッキにビールを注ぐと、ユウヤの横に座り、
「……はい」
とジョッキを差し出す。
「あ、ありがとうございます」
ユウヤは半ばあっけにとられながら、ジョッキを受け取る。ファニー王女はもう一つのジョッキにもビールを注ぐと、王女にはどう見ても大きすぎるジョッキを両手で持って、くぴくぴと飲みだした。
(気まずいな……ええと、昨日はどんな話をしたっけ……ん? よく考えたら王女は「よろしく」と「はい」しか言ってないぞ。えーっと……)
「ファニー様はドワーフ族だけあって、酒に強いのですね」
「……ビールはお酒じゃない」
「ええ……」
「……あの滝から流れる川の水、そのまま呑むとおなかを壊す。だから、ドワーフ族はビールを呑む。お茶も飲むけど」
「呑みすぎはお体に障るのでは? 」
「……他の種族ならともかく 、ドワーフ族がお酒で体を壊すなんて聞いたことがない」
「……マジですか」
(あの川の水、硬水なんだろうな。料理とか酒には向いてるらしいんだけど……)
その後も色々話しかけるユウヤだったが、その真ん丸な目でユウヤを見て言葉少なく答えてはくれるものの、ファニー王女の方から話しかけてくることはなかった。
ユウヤのジョッキが空になった時だけは酒を注いで、
「……はい」
と渡してはくれるのだが。
表情もほとんど変わらないが、別に緊張していたり、嫌がっている様子でもない。
(嫌われてるのか、俺? でもそれならわざわざ部屋に来る必要はないよなぁ……そういえば、昨日もこんな感じだったよな。無口か? 無口なだけなのか? )
落ち着かないユウヤをよそに、夕食の時間になるまでまったりと呑み続けるファニー王女であった。




