ドワーフの国へ
城に帰ったユウヤはリーを通じて、ツァンフェイ王子に、宴の際に話をした麺料理を作ることを申し出たところ、翌日に王城の厨房を使わせてもらえる事になった。加えて、材料から調味料、器具や人手まで、必要なものは用意してくれるとのことだ。至れり尽くせりである。
リーに材料の用意を頼んでおく。小麦、塩、水、豚の骨と肉、ショウガ、ネギなど。
「あと、今日の夜までに、木か草を燃やした灰が欲しいんだけどな」
「灰? そりゃ用意はできますが……そんな物、どうするんですか? 」
「料理に使うんだよ」
リーは首をかしげながらも、灰を用意してくれた。
(一晩掛かるし、これは今日やっとかないとな)
用意してもらった灰を熱湯の入った器に入れ、燃えカスやアクを丁寧に取り除く。一晩置いて上澄みを救えば、かん水の出来上がりだ。
次の日の朝、厨房に向かうと、宮廷料理人が材料を揃えて暮れていた。
「料理するんですよね? 豚肉はともかく、骨なんかどうするんですか? まぁ用意はしましたけど……」
と怪訝な顔をする宮廷料理人。
誤算だったのは、醤油がないことだった。宮廷料理人が豆板醤や甜面醤など色々な調味料を出してくれたが、醤油だけは出てこなかった。仕方がないので様々な調味料を味見させてもらった末、魚醤の内一番癖が少ないもので代用することにする。
「さて、始めるか」
豚の骨『水流』で細かくカットし、寸胴に入れる。臭み消しのネギとショウガも投入し、火にかける。
後は時間をかけてガンガン沸かしていけば、豚骨スープが取れる。
ユウヤは寸胴を時々確認して、時折アクを取り、水を追加していく。
並行して、チャーシューを作る。
切り分けた豚バラ肉のブロックを、巻いて糸をぐるぐると巻いてきつく縛り、固定する。
それをたっぷりの水で下茹でする。臭み消しと、余分な脂を落とすためだ。
下茹でが終わったら、中華鍋でラードを溶かし、巻いた豚肉の表面を焼き固める。
表面がカリッとするまで焼きあがったら、改めて煮切った酒、魚醤、砂糖を加えた水で、各種香味野菜と一緒に煮ていく。
(スープとチャーシューはとりあえずこれでよしと。次は麺だな)
小麦粉に水、塩、昨日仕込んでおいたかん水を混ぜ、よく練って生地にまとめていく。
まとまった生地をしばらく休ませた後、棒状に伸ばしていく。
(で、ここからが肝なんだよな)
伸ばした生地を折り返し、打粉をして両手でめいいっぱい引き延ばす。
これを何度も繰り返すと、段々生地が何十本もの細い麵状になっていく。
麺が十分に細くなったところで、両端を切り落とす。生麺の完成だ。
6時間ほどかけて、ようやくスープが出来上がった。
チャーシューはとっくの昔に煮上がって、冷蔵庫で休ませている。
ユウヤはこの世界に冷蔵庫があるとは思っていなかったが、魔道具として存在していた。最も、王城の厨房だから設置されていたのであって、一般家庭にあるような代物ではないらしいが。
魚醤にニンニクやショウガ、酒などを加えて作っておいたかえしに、スープを合わせ、軽く茹でた麺を入れ、薄切りにしたチャーシューや刻んだネギなどを乗せて豚骨ラーメンの完成だ。
麺が伸びないよう、すぐに指定された部屋に運んでもらう。
部屋の中にいたのは、王、王妃、ツァンフェイ王子、クァンメイ王女だ。それに宮廷料理人とユウヤを加えた6人で試食を始める。
「ふむ、確かに細長いな。それにこの白いスープ……癖が強いが、良い香りだ」
興味津々と言った体でラーメンを見つめるツァンフェイ王子。
「味が落ちますので、すぐにお召し上がりください」
ユウヤに促されて、一同は食べ始める。
「ほう……これは中々」
「このスープが良いな。深いコクがあって味も良い。素材は何か? 」
「スープは豚の骨を煮出したものです」
「豚の骨? そんなものからスープが作れるのか? ……そういえば、鶏ガラからはスープを作れるんだったな……」
「この肉は豚肉……なのはわかるが、東坡肉よりもさらに柔らかいな。舌の上で溶けていくぞ」
「麺がこれほど細いのに、弾力があって歯触りも良いですわね。しっかりと小麦の味も感じられますし、このスープともよく合っています」
「私は作る所を拝見しておりましたが、なぜこんな細い麺がプツプツ切れるでもなく、これほどの弾力を出せるのか、とても不思議です」
「例の灰を水に混ぜて、半日置いた後の上澄み液、かん水というのですが、これを混ぜると生地に弾力が出ます」
そんなことを話しているうちに、全員の丼が空になった。
醤油やみりんなど、存在しない材料があったこともあって、実は出来に今一つ満足していないユウヤだったのだが、評判は上々のようで、またもレシピを高額で買い取ってもらったのであった。
ドワーフの国、ラエティアに向かう日になった。
城門の前にある広大な庭に、来た時と同じように大勢の人々が整列していた。
王が皆に話し始める。
「本日、ユウヤ殿がラエティア王国に出発の運びとなった。強き者との別れは誠に残念なことではあるが、元々神々から遣わされた者であり、重大なる使命を帯びておるユウヤ殿は最早出立しなければならぬ。ユウヤ殿が大命を無事果たし、また我らが国に訪れることを期待してやまぬ……」
その後も5分ほどかけて演説が終わると、王はユウヤに向かって、傍らに立っている人物を紹介する。
「この者はリン・スィアングー。わが国の遣土使じゃ」
「遣土使? 」
「土、はドワーフの国ラエティアを指す。つまり、ラエティアとの外交を担う者じゃな。ラエティアまでユウヤ殿に同行する」
リンは一揖すると、
「リンと申します。ユウヤ様と同行できること、光栄の極みにございます」
「……よろしくお願いします」
「ではユウヤ殿、気を付けていくがいい。最もユウヤ殿のこと、残りの『試練の迷宮』を突破し、来るべき魔界の眷属との決戦にて大功を挙げることに疑いは持っておらぬ」
ツァンフェイ王子とクァンメイ王女からも声がかかる。
「我が国への帰還、心待ちにしておるぞ」
「寂しくなります。何卒、ご武運を」
ユウヤは礼を述べると、リンとともに馬車に乗り込む。
こうして大勢の人に見送られながら、ユウヤは首都グヮンジャオを後にしたのであった。
馬車の中では特にやることもないので、ユウヤはリンと話し込むことになる。
リンにはツァンフェイ王子や王との模擬戦や、『試練の迷宮』の話をせがまれた。
「当然、我自身が是非お話を伺いたいというのもあるのですが、周りの者から頼まれておるのですよ。現在シェンノンでは、ユウヤ様の話題で持ち切りなもので。ただでさえユウヤ様と同行することで酷くやっかまれておりまして、せめて土産話を持って帰らねば、我が吊るし上げになりますので、是非お願いいたします」
「そうなのか」
ユウヤが話すシェンノンでの話を、リンはずっと興奮しながら聞いていた。
「……まあ戦いの話はこんなところかな。ところでラエティア王国ってのは、どういう国なんだ? 」
「ラエティア王国はギュンター・フォン・シュヴァーベン陛下が治める、ドワーフ族の国です。守護神は土の神エンキで、首都アルテンプロスにある王城は、巨大な石崖を掘りぬいた造りになっており、なかなかの見物です」
「ドワーフ族はどんな種族なんだ? 」
「まず見た目ですが、天使族と並んで、大陸で最も背が低い民族です。体格自体はがっしりしておりますが。また、男はみな長い髭を蓄えております。器用な種族でして、石工と鍛冶においては他種族の追随を許しません。剣の製造だけは、我らも負けてはおらぬのですが……。総じて言えば、職人気質的な頑固さはあるものの、陽気でざっくばらんな種族です。ああ、もう一つ他の種族が逆立ちしてもかなわぬものがありますね。ユウヤ様、酒はいける口ですか? 」
「まぁ好きな方だし、呑める方だと思うけど? 」
「それはようございました。酒こそが、彼らが最も愛するものです。昼間から普通に呑んでおりますからね。そのせいもあり、酒の醸造技術は最高水準で、種類も豊富にあります。エルフの専売特許であるワインだけは別ですが……。ただし、料理はその分素朴です。彼らにとっては料理など、酒の肴に過ぎませんからね。不味くはないのですが……」
「酒か……それは楽しみだな」
ラエティアに入ると、ぽつぽつと集落が見えてくるようになった。しかし、その数は少なく、集落も小規模のものが多い。
「他の国に比べて、えらく寂れてるな」
「この辺りは平野ですし、地味も痩せておりますからな。ドワーフ族は通常の建物よりも、岩山を掘りぬいたような住居を好みます。ほら、あの辺りをご覧ください」
リンが指し示す方向を見ると、山の中腹辺りにぽつぽつと集落のようなものが遠目に見えた。岩肌に窓なのであろう、四角い穴が並んでいる。
そう言った光景が幾日も続くうち、段々と人家や集落のようなものが増えてきた。とは言っても、集落や街は、やはり平野よりも山や丘といったところが中心になっているようだ。
「不便じゃないのか? 」
「ドワーフ族は鉱業が主な産業ですから、こういった形の方がむしろ便利なのです。おお、大渓谷が見えてきましたな。首都アルテンプロスももうすぐですよ」
馬車は巨大な渓谷の入口に差し掛かっていた。馬車は川沿いの道を進んでいく。川は水量が豊かで、かなり大きいものであった。川の両側には狭い平野があり、その奥には日本の山とは比較にならないような、雄大な壁のような山々が聳え立っている。
その山々の至る所には窓や通路が掘りぬかれており、ドワーフ族が行き来しているのが遠目にも見えた。
壮大な奇観に圧倒されるユウヤをよそに、馬車は渓谷の奥へ奥へと進んでいき、川に合わせて道が大きく曲がったところで、
「おお」
ユウヤは眼下に広がる光景に感嘆の声を上げる。
そこは渓谷の最奥部のようで、巨大な崖に囲まれた盆地状になっており、その盆地全体が一つの大都市となっていた。さすがに首都というべきか、崖そのものにも無数の住居や通路などがあるのは当然として、ドワーフ族が好まないという通常の建物も盆地いっぱいに広がっている。ユウヤ達から見て右手の崖の上から発する大瀑布があった。その滝壺に発する川は盆地を貫くように走り、ユウヤ達が通ってきた道の側にある川につながっているのであった。
しかし、それほどの規模の滝よりもさらに目を引くものがあった。盆地の最奥部に、明らかに人工物であろうものが、地面から数100mもあろうかという崖の上部にまで広がっていた。城か宮殿のようにも見えるが、遠目には何なのかよくわからない。
「ユウヤ様、あれがラエティア王城です。崖全体を掘りぬいて作られたもので、あの城自体がドワーフ族の数ある卓越した石工術、建築術の作品の中でも、頂点と称えられるものです。ここからではよくわからないと思いますが、もう少し近くから見ると、なかなかの壮観なのですよ」
馬車は都市の中に入っていく。やはり大都市だけあって活気があり、喧騒の中で多くのドワーフ族らしき人々が行きかっている。喧騒の中に石工や鍛冶の音だろうか、カンカンとリズム良い金属音が混ざっているのはドワーフ族の街ならではなのだろう。
多くの者は身長が150cm程度。男はみな一見肥満に見えるが、服の下にはみっしりと筋肉が詰め込まれていることがわかる。長い髭を生やしているが、髭はドワーフ族の男のおしゃれポイントなのか、丁寧に編み込んでいる者、両脇に跳ね上げている者、真っすぐ伸ばしている者、無造作な者などバラエティに富んでいる。
女性はそこまで横幅はないものの、やはり女性にしては比較的がっしりした体形の者が多いようだ。
光景を楽しんでいたユウヤだったが、次第に近づいてくる王城をふと見上げる。
「これは……確かに凄いな」
近くで見ると、あたかも絵から城が半ば抜け出してきたかのように、崖に一つの雄大な建造物が融合していた。
その高さ数100mはあろうかという圧倒的な規模に相応しく、その階数は十数層にも登り、林立する巨木より太く高い柱、その柱に取り囲まれる広大な空間、数か所に配された頂上が霞むほど高い尖塔などの威容を誇りながらも、その細部には一切の妥協なく、あくまでも繊細にして優美な模様やレリーフ、石像などが、考え抜かれたバランスで施されており、全体として完璧といっていいほどの調和を生み出していた。
そのような巨大な城に、馬車は吸い込まれるように入っていく。
こうしてユウヤ達一行は、ラエティア王城に到着したのであった。




