アグラヴェイン
やたら物々しい警備のついた馬車から降りるユウヤ。馬車を入口のすぐそばに着けたことと、ローブを目深にかぶっていたこともあって、残念ながら神殿の外装は殆ど見えなかった。
教会の内部はシェンノンらしく赤を基調とした極彩色をしていた。窓が小さく、数も少ないためか、外の灯りはあまり取り込まれておらず、代わりに設えられた無数の蠟燭が、天井から壁に至るまでの全面を使って描かれた、黄金竜にも匹敵するほど巨大な一体の竜を煌々と照らし出し、迫力無比の光景を創り出していた。至る所に設置された炎を象った意匠が、その禍々しいほどの迫力をさらに強調している。
ユウヤが祈りをささげると、他の神殿の時と同様、7柱の神々がいる部屋である。
赤い服を着た神から声がかかる。炎の神ギビルなのだろう。
「ご苦労であった。しかし、あの黄金竜を撲殺するとはな」
「……恐縮です」
「馬鹿者、誉めとらんわ! 何故撲殺などというわけのわからん方法をとったのか? 」
「武器も魔法も通用しなかったもので、やむを得ず」
「我が聞いておるのは、何故『保護』を使わなかったのか、ということだ」
「『保護』? そう言えばそんな魔法がありましたね。確か土属性の第3階梯の魔法でしたか」
ユウヤも訓練の際に殆どの魔法を試してみてはいたのだが、最初の数日を除いて何もない無人島で一人で訓練していたことや、『保護』の効果は目で見てわかるものではなかったため、ユウヤの印象に残らず、正直忘れ去っていたのだ。
「『保護』は対象となった物体を壊れたりせぬよう、文字通り保護する魔法だ。『剛力』に加え、汝の武器を『保護』で強化してやれば、何とか黄金竜の鱗を切り裂くことができたはずだ。あの剣は人の鍛えし物に過ぎぬとはいえ、その中では最高峰のものであるゆえな」
「私もそう聞いておりましたので、曲がるとは思いもせず」
「汝が闇雲に斬りつけて居た時、ちゃんと見ていれば刃こぼれしていたのに気づいたはずじゃ。注意力が足らぬ」
「……そう言われましても」
「まぁよい。結果的に『力の試練』を突破したには違いないゆえな。今後は気をつけるがよい。それはそれとして、アーティファクトについて説明しておこう。あの剣の銘はアグラヴェイン。当然不壊であるゆえ、『保護』など使わずとも、折れたり曲がったり、切れ味が鈍ったりということはあり得ぬ。それに加え、アーティファクトの中でも特に強力な効果がある」
「どのような効果なのでしょうか」
「まず、剣に魔力を込めれば、込めた魔力量に比例して切れ味が増す。また、込める魔力に属性を付与することもできる。例えば、炎の属性の魔力を付与すれば、対立属性、つまり水の属性を持つ魔物への効力を強化することができよう。しかし、アグラヴェインの真価は別にある。……おっと、もう祝詞は終わりか。実際にやってみたほうが早いゆえ、詳しくは説明せぬが、飽和状態になるまで魔力を込めれば、アグラヴェインの真の力が解放される。癖が強いゆえ、よく慣らしておくことだ。では、さらばだ」
(なんだそりゃ……ちゃんと説明してくれよ)
ユウヤは馬車に戻ると、待機しているリーに聞いてみる。
「『試練の迷宮』で手に入れた剣を試してみたいんだが、この辺りに、訓練できる場所はないか? 魔物が出てくるような、人里離れたところがいいんだが」
「そうですね……ここから馬車で行ける範囲は都市や集落がありますので……今日は時間も遅いので、明日でよろしいでしょうか? 」
「頼む」
翌日。なぜかクァンメイ王女がユウヤの部屋にやってきた。
「リーから話は伺いました。今日は私が案内いたします」
「よろしいのですか? クァンメイ様は多忙なのでは」
クァンメイ王女は微笑を浮かべる。
「私は見届け人ですから。それに、あの剣の入手には私も関わっておりますので、どの程度のものなのか、是非自分の目で確かめたいのです。よろしいでしょうか? 」
見た目は嫋やかであっても、やはり戦士なだけあって、剣の性能は気になるらしい。
「もちろんです」
二人は空を飛んでいく。空から見た首都グヮンジャオは広大であり、グヮンジャオが見えなくなっても、都市や集落が所々に点在している。それでも飛行するうちに、人工物は段々まばらになっていき、1時間ほどして、人工物が何もない平原の横、広大な森の際に着地した。
「この辺りは、強力な魔物が出現することで有名です。広い平原ですので、開拓するという話は何度もあったのですが、竜人族の修業の場としての利用価値もあり、そのままになっているのです。竜人族でもかなり強い者でないと、狩られるのは自分ですが」
「ご案内ありがとうございます。早速ですが、魔物を探しましょう」
ユウヤが『探索』を使うと、林の中30mほど先に反応がある。
「幸先いいな」
二人は足音を殺し、静かに近づくと、1頭の魔物が寝そべっていた。
サイズは5m程度ある、巨大なライオンである。ただし、胴体からもう一つ首が伸びており、その首の上には山羊のような頭が乗っている。また、ゆったりと動いている、その体長程もある太く、長い尻尾は蛇のような模様をしており、実際にその先端には蛇の頭がついていた。
クァンメイ王女は生唾を飲み込む。
「あれは……キマイラです。非常に強靭で、攻撃力も防御力も非常に高い魔物です。爪の攻撃に加えて、ライオンは口からブレスを吐き、山羊は様々な魔法を使い、蛇は猛毒がある牙で噛みついてきます。中でも、山羊の首が使う魔法の中には『反射』が含まれますので、こちらからの魔法攻撃は禁忌とされています。この辺りでも最も強い部類の魔物で、腕に覚えがある竜人族でも、最低5人程度でかからないと危ないとされています」
「教えていただき恐縮です。自分の剣の試し切りなので、恐縮ですがクァンメイ様は下がっていていただけますか? 」
「それは危険……ですが、ユウヤ様であれば……わかりました。ご武運を」
クァンメイ王女をその場に残し、ユウヤはゆっくりとキマイラの後ろに歩み寄る。
(不意打ち……は難しそうだな。ライオンの首は寝てるみたいだけど、後の二つの首が辺りを見張ってるし。まぁ、普通にやるか。訓練にもなるしな)
ユウヤはいきなりキマイラの前に躍り出た。
その瞬間、山羊と蛇の首がユウヤの方をみる。一瞬遅れてライオンの目がカッと開き、大きな悍ましい咆哮を上げながら立ち上がった。
ユウヤは咆哮が止むのも待たず、いきなりキマイラに殺到すると、いち早く襲い掛かってきた蛇の頭に一閃を見舞った。
手元に何の抵抗もなく、切り離された蛇の頭が空を舞う。
すぐさまジャンプしてキマイラの背中、ライオンと山羊の首の間に着地すると、パーシヴァルの効果で背中をしっかりと踏みしめ、魔法を使う暇も与えず山羊の首を横薙ぎに両断したかと思うと、そのまま半回転してライオンの首を後ろから深々と突きさす。
キマイラは弱々しい叫び声を上げると、ドサリという音とともに横向きに倒れた。
ユウヤがキマイラの死を確認し、剣を振るって血を払っていると、クァンメイ王女が歩いてきた。
「こんなにあっさりと……まぁ、あの黄金竜を倒したことを考えると、当然かもしれませんが……。何か納得していないようなお顔ですが、どうしたのですか? 」
「いや、よく切れるとは思うんですが、前の剣でも同じようなことができたんじゃないかと思うんですよね。あまり違いを感じないというか」
「同じように切れるのなら、問題はないのでは? 」
「まぁそうなんですが……この刀はアグラヴェインという名前で、特別な力を持っているらしいんですが、試す前に終わってしまったので……」
「特別な力? どのような力があるのですか? 」
(まぁ、魔物相手じゃなくても試せないことはないか)
ユウヤがアグラヴェインに魔力を込めると、刀身がうっすらと光を帯び始める。魔力を込めれば込めるほど、刀身も強く輝くようだ。
「魔力を込めると、こうなるようです」
ユウヤはいったん魔力を込めるのを止めると、そばにあった岩に向ってアグラヴェインを振り下ろす。カッという音とともに、岩は真っ二つになった。
今度はアグラヴェインに魔力をたっぷりと送り、もう一度岩に振り下ろすと、やはり岩は真っ二つになる。
「今の一撃、音がしませんでしたね」
ユウヤは両方の岩の切断面を触って確認する。
「魔力を込めた方の切断面の方が滑らかなようです。斬った感覚もなかったし、切れ味は相当上がったようですね」
次にユウヤは、色々な属性の魔力を込めてみると、属性によって刀身の色が変割っていく。
「これは……一体? 」
「属性を込めることもできるらしいんですよ。属性によって刀身の色も変わるようです。炎の魔力を込めると赤、風の魔力を込めると黄といった具合に」
「魔物の属性によって、魔法のように使い分けられるということですね。素晴らしいですわ」
「ただ、この剣の真価は他にあるらしいので、今から試してみます。何が起こるかわかりませんので、少し離れていただけますか」
クァンメイ王女が少し離れたことを確認すると、ユウヤはアグラヴェインに思い切り魔力を込めていく。
刀身は膨大な魔力を帯びて、どんどん光を増していき……突如眩しくて見ていられないほどの光を放ったかと思うと、パァンという音とともに剣が分解した!
「は!? 」
ユウヤは唖然としながらアグラヴェインを見つめる。
ユウヤが握っている柄だけを残し、アグラヴェインの刀身が消え失せていた。代わりに刀身があるべきところからは光の束が真っすぐに屹立している。
見上げると、光の束は柄から10m近くも伸びており、その光の中に、魚の鱗のような形をしたアグラヴェインの破片が等間隔に浮かんでいる。
(剣が壊れた……わけじゃなさそうだな。魚の鱗みたいなのは模様じゃなくて、一つ一つが独立したパーツだったってことか。で、これはどうやって使うんだ? ……とりあえず)
ユウヤはクァンメイ王女がいるのとは反対方向にアグラヴェインを振ってみると、アグラヴェインから出ている光が鞭のように撓り、地面に振り下ろされた。
耳を劈くような爆音とともに、振り下ろされた直線上にあった巨木も草も石も、一切合切が木端微塵に粉砕されていた。地面まで大きく抉れている。
「うわぁ……」
ユウヤは呆れながらも、気を取り直していろいろと試してみた。その射程圏内にあるものは、巨大な岩だろうがなんだろうか、あっさりと粉砕された。逆に、斬撃のような攻撃はできないようだ。込める魔力次第で、属性も付加できるようだ。
魔力を切ると、全ての破片が柄元にまで飛んで戻り、収束して元の剣の形に戻った。さっきまで分解していたのが噓のようだ。
「ふぅ」
ユウヤはアグラヴェインを鞘に戻す。
「クァンメイ様、終わりました」
「これが、アーティファクトの力、ですか……言葉もありません」
「これがあれば黄金竜も楽に倒せたんでしょうかね」
「おそらくは。……外ならぬユウヤ様程の方ににこれほどの剣、必要なのでしょうか……」
「使う必要がないことを祈りますよ。用も済んだし、そろそろ帰りましょうか」




