王への報告
帰還の三日後の朝。
目覚めたユウヤは、体の状態を確認する。万全とは言い難いにせよ、普通に動く分には問題なさそうだ。
黄金竜との戦いの後、二日ほどユウヤは寝込んでいた。いくら『治癒』を使ったとはいえ、無茶な強化魔法を使った上に長時間戦い続けたため、筋肉痛はもちろんのこと、全身が疲労の極致にあり、激しい痛みに苛まれていたからだ。
ベルを鳴らしてリーを呼び出す。
「おはようございます。お加減はいかがでしょうか」
「おかげで大分マシになった」
「それはようございました。では、朝食をお持ちします。王に『試練の迷宮』突破の報告をしていただかねばなりませんが、大丈夫ですか? 」
「差支えない。面会の手配をしてもらえるか? 」
「はっ。では朝食をお召し上がりいただく間に手配いたします」
リーは急須から注いだ茶をユウヤに差し出し、退出する。
朝食は小麦粥に搾菜、肉まんとシンプルなものだ。
味付けは相変わらず様々な味を重ねたであろう複雑なものだが、あくまでも朝食らしく、あくまでも淡く、上質に仕上げられていた。
(へたった体に染みるなぁ……)
搾菜もそれほど濃くはないものの、それでもアクセントとなる程度の塩辛さはあり、小麦粥の味を引き立ててくれる。
リーが入れてくれた茶もいい。香り高く、深い旨味とわずかな渋みが、更にユウヤの食欲をかき立ててくれる。
朝食を食べ終えたころ、リーが戻ってきた。
「……ん? えらく早いな」
「王はいつでも良い、何なら今からでも良いとのことです」
「確か、貴族は朝に政務をするんじゃなかったか? 」
「ユウヤ様の報告は最優先事項とのことです」
「……わかった。すぐに報告しよう」
ユウヤは謁見の間に案内してもらう。
謁見の間では、王が待っていた。王の両脇には、ツァンフェイ王子とクァンメィ王女が立っている。
「ユウヤ殿、体はもう良いのか」
「おかげ様をもちまして。報告が遅くなり、申し訳ありません」
「かまわぬ。クァンメィから一応報告は受けておる。受けてはおるのじゃが……見たこともない程巨大な黄金の竜であるとか、その竜をよりによって素手で撲殺したとか、それほど巨大な竜を『保管』で持ち帰ったとか、いくら何でも内容が荒唐無稽としか思えぬ内容だったのでな……一応その竜を見せてほしいのじゃが」
「かまいませんが、この部屋ではいささか狭いかと」
列席していた貴族からざわめきの声が上がる。
「この部屋で、狭い? ふむ……では、闘技場でどうじゃ。先日我と戦った場所じゃが」
「……あの場所なら何とか」
謁見室にいた面々全員で闘技場に向かうと、ユウヤは『保管』で保存していた黄金竜を取り出した。
「これは……」
その場にいる全員が、しばし言葉を失って立ち尽くす。
「……なんじゃ、これは……」
王が絞りだすように呻いた。
王の言葉でスイッチが入ったように、貴族たちがあちこちから黄金竜を観察し始めた。
「ここまで巨大な竜が存在するとは……」
「巨大さもそうだが、なんと神々しい色なことか……」
「この鱗を見ろ。何と大きく固く、分厚いことか」
「こんな竜をどうやって……」
「殴り殺したと聞いたが……」
「竜とは、殴り殺せるような代物ではなかろう。ましてこのように巨大な竜を」
貴族たちが口々に言い合う中、王が問いかけてきた。
「ユウヤ殿、傷が見当たらんようじゃが? 」
「こちらへ」
ユウヤは王と竜の頭の上に案内する。
「ここをひたすら殴って止めを刺しました。陥没しているでしょう? 後、竜が倒れるまでは、竜の両頬を数えきれないほど殴っています」
王と取り巻きの貴族はしばらく竜の頭や両頬を触ったり押したりして検分していたが、驚きと呆れが混じったような表情でユウヤの方に向き直ると、
「確かに、頭蓋の一部が砕けて陥没しておるようじゃ……本当に撲殺したのか……。現物を見ても信じがたいが……何といってよいかわからぬ。いずれにせよ、とんでもないものを、十分に見せてもろうた。仕舞ってくれ」
ユウヤは『保管』で黄金竜を片づけ、その場にいた全員で謁見の間に戻る。
「あの竜の巨大さ、偉大さに驚けばいいのか、それをよりによって殴り殺したユウヤ殿に驚けばいいのか、それすらわからぬ。ところでユウヤ殿、その竜の死体、どうするつもりじゃ? 」
「いつも通り、解体屋に売るつもりですが」
「……それは無理じゃ。竜と言うものはな、体のそれぞれの部位が貴重かつ高価なものでな。到底一介の解体屋で扱えるものではない。通常なら国家が介入して部位ごとにオークションに掛けるような代物じゃ」
「通常なら、というのは? 」
「あれほどの巨大な竜、中でも貴重な黄金の竜ともなれば、我が国でも扱いきれぬ。複数の国で慎重に協議協力して、時間をかけて売却せねば、市場が大混乱をきたすじゃろうな。ただ、現在は我が国を含め、何処の国も魔界の眷属の対処で大わらわじゃ。とても竜の処分に割ける余裕は、経済的にも人材的にもない。よって、その竜の処分は魔界の眷属の問題が解決するまでは保留にせざるを得ぬ」
(そんな大ごとになるのか。まぁ金に困ってるわけじゃないしな)
「わかりました」
「すまぬな……ああ、重要な問題を忘れておった。竜との戦いで、ユウヤ殿の装備が壊れたと聞いておる。今後の戦いに支障があるのではないか? 」
「剣はアーティファクトを入手したので問題ないのですが、小手は変わりがほしいですね」
「それなら我が国で修繕するなりできると思う。鍛冶は我が国の代表的な産業でな、その技術はドワーフ族と並び称される程じゃ。とりあえず、壊れたという剣と小手を見せてくれるか? 」
ユウヤはお付きの者を通じて、王に剣と小手を渡す。
剣と小手を手に取った王は、鋭い目で暫く観察していたが、やがて残念な様子で、
「……これほどの武具だったとは……すまぬが、我が国ではこれらを修繕できぬし、相応の代用品も用意できぬ。ボロボロになってはおるが、これらは真銀製の、しかも超一流のドワーフ職人が鍛えたものじゃ。真銀の鉱山はドワーフ族の国ラエティアにしかない故、真銀の加工技術に関しては、我らとてドワーフ族に叶わぬ」
「……そう、ですか」
「案ずる必要はない。汝が次に向かうのが、そのラエティア王国じゃ。そちらで修繕なりしてもらうがよかろう。……他ならぬユウヤ殿の武具となれば、我が国で何とかしたかったし、ドワーフ族の後塵を拝する形になるのも業腹じゃが……いたしかたあるまい」
「はっ」
「まだ体調が優れぬと聞いておる。のんびりするわけにもいかぬだろうが、せめて我が国で体調を万全に整えたうえで、ラエティアに赴くがよい」
「お心遣い、感謝いたします」
その翌日になると、万全とまでは行かないものの、ユウヤの体調はかなり回復していた。
(回復にここまで掛かるとはね。やっぱり『強化』や『加速』の程度は慎重に見極める必要があるな)
リーを呼び出す。
「大分体調も回復してきたことだし、今日はグヮンジャオの街を散策でもしてみようと思うんだが、案内を頼めるか? 」
「案内させていただくのはかまいませんが……散策は無理かと」
「ん? 何故だ? 治安が悪いようにも見えなかったけど」
「治安は問題ないのですが……失礼ながら、現在のご自分の状況がお分かりでないかと」
「立場? 」
リーがため息をつく。
「現在、グヮンジャオの街はユウヤ様の噂で持ち切りでございます。何せ、あの無敵の陛下と皇太子殿下を倒した強者なのですから。加えて、巨大な黄金の竜を倒した件も、急速に広まりつつあります」
「そうなのか」
「はい。つまり、ユウヤ様は我ら竜人族にとって、最も会ってみたい、話してみたい時の人なのです。しかも、ユウヤ様は人間族ですから、見た目から竜人族とは異なります。このような状況で外出されますと、握手を求める者、英雄譚を聞きたがる者、胸を借りたがる者などが殺到するのは火を見るより明らかです。散策などとても不可能です」
「えぇ……」
「かく言う私も、王城勤めということを知っている知人と会う度にユウヤ様のことを聞かれるのです。ユウヤ様のお付きということは機密事項ですので、惚けておりますが」
「……それは困ったな。ツァンフェイ王子に料理を作る約束をしてるから、材料を買わないといけないし、神殿にも行きたいんだけどな」
「そうでございますね……料理の材料は、宮廷料理人に言えば大抵のものは用意できるでしょう。神殿の方は……ローブで頭まですっぽり覆って、馬車で行けば何とか……」
ユウヤはため息をつく。
「気楽に色々見て回りたかったんだが……まぁ、しょうがないか。その方向で頼む」
「では、準備してまいりますので、しばらくお待ちください」




