『力の試練』 3
ようやく地下5階にたどり着くと、二人の体はふっと軽くなった。どうやら重力が強くなるのは、4階だけのようだ。
ユウヤは抱きかかえていたクァンメィ王女を降ろす。クァンメイ王女は試すように暫く体を動かす。
「嘘のように体が軽くなりました。逆に体がフワフワするというか…」
「急に重力が戻りましたからね。あの重力の中で戦う羽目にならなくてよかった」
「お手数をかけました。…先ほどから、足手まといにしかなっていませんね。もう少しお役に立てると思ったのですが…」
「クァンメィ様は見届け人なのですから、気にされる必要はありませんよ。それよりも、あれを」
ユウヤが指したのは、通路の先にある、迷宮の入り口によく似た巨大な扉であった。
「これは…」
「他の『試練の迷宮』にもありました。扉の向こうは『守護者』のいる部屋だと思います。開けていただけますか? 」
うなずいたクァンメィ王女が扉に触れる。扉は光を放ち、ゆっくりと開いていった。
「…竜人族の国にある迷宮だから、もしかしてとは思ってたが…やっぱりかい」
ユウヤが呟く。
地下とは思えないほど広大な空間であったが、それでも一目でわかるほど巨大で、まばゆく輝く黄金の竜が、部屋の奥に佇んでいた。竜型となったツァンフェイ王子やクァンメィ王女も5mくらいはあったが、優にその5倍程度はあるだろう。
部屋に入ろうとするユウヤを、クァンメィ王女が引き留める。
「お待ちを! あれは…強すぎます! 勝てる相手とは思えません…」
「…一目でそこまで断言するのは何故ですか? 自分は一応ツァンフェイ殿下の竜型にも勝っているのですが」
「竜の最強の武装が何か、ご存じでしょうか」
「……爪か牙、ですかね」
「最大の武装は、鱗なのです」
「鱗? 何故? 」
「竜の全身を覆う鱗は、竜の大きさに比例して大きく、分厚くなり、それに伴って武器にも魔法にも強くなります。我々の竜型と同じくらいの大きさの竜であれば、武器や魔法もある程度通じるのですが、それより大きくなればなるほど、物理的にも魔法的にも防御力が高くなります。我が生まれる前のことですが、我が国が巨大な竜に襲われたことがあったそうですが、その竜には武器も魔法も通らず、国軍の半数が壊滅したそうです。その竜でさえ、大きさは20mもなかったそうです」
「なるほど…といっても、帰るわけにもいかないでしょう。…まぁとりあえず、やるだけやってみますよ。クァンメィ様も、巻き込まれないよう注意して見届けてください」
ユウヤはそう言うと、『剛力』の魔法を使う。
部屋に入るなり、黄金竜が首をもたげて耳を劈くような咆哮を上げたかと思うと、ユウヤに向かって赤黒く、不気味に輝く炎を吐き出した。
ユウヤは無難に、『結界』で防ぐ。
(ブレスの範囲も威力もツァンフェイ王子とは桁違いだな。サイズで強さが変わるのは鱗だけじゃないらしいな…今度はこっちの番だ。とりあえず、これでも食らえ)
「『聖弾』」
反射されることを見越して威力を絞り込んで放った魔法だったが、黄金竜にまともに命中する。しかし、黄金竜は何の痛痒も感じていないようで、その巨体からは想像もできないような素早さでユウヤに迫り、前足を振り下ろしてきた。
(成程、『反射』はかかってないと。ならこうだ)
ユウヤは前足を右に飛んで躱しざま、今度は最大限の魔力を込めた『石弾』を放つ。
無数の石弾がまともに命中したが、それにも関わらず黄金竜は何事もなかったように前足、噛みつき、ブレスに加えて、尻尾での横薙ぎまでを使い、矢継ぎ早に強力無比なな攻撃を繰り出してきた。
(やっぱり魔法は駄目、と。じゃあ剣だな)
ユウヤは黄金竜の攻撃をかわし続け、自分に向かって降ってくる黄金竜の前足に狙いをつけると、躱しざまに渾身の一撃を見舞ってやる。
「何? 」
その一撃は高い金属音と共に、あっさりと弾き返された。鱗に傷一つついていないようだ。
(当たり方が浅かったのか? いい手ごたえだったよな)
その後もユウヤは何度も斬りかかるが、攻撃は当たるものの、黄金竜に傷一つつけることができなかった。
(なるほど、こりゃ強いわ…クァンメィ様が止めるわけだ。…どうしたもんか…急所でも狙うしかないか。…とりあえずは目、だな。ここからじゃ届かないから…)
「『飛翔』」
ユウヤは宙に浮かぶ。中空で攻撃を躱しながら、間合いを詰めつつ黄金竜の隙を伺う。顔に攻撃をする以上、ブレスを至近距離で食らうリスクがあるため、慎重に機を選ぶ必要があった。
躱しながらも黄金竜の連撃をよく観察する。その攻撃は、ブレス、噛みつき、体当たり、前足の叩きつけ、体ごと回転しての尻尾での横薙ぎといったところか。一つでも食らえば、人間の身ではひとたまりもないだろう。
(一番隙が大きいのは…よし)
黄金竜が前足を振り回した直後、足を軸に体全体を回転させる。
「これだ!! 」
回転するために黄金竜の視線がユウヤから外れた瞬間を逃さず、ユウヤは黄金竜の頭部に殺到し、こちらに向き直る瞬間、黄金竜の目に斬りかかった。
「!? 」
目を切り裂いたと思った瞬間、黄金竜の目が光った。いや、目の前に光る壁が現れた。乾いた音とともに、ユウヤの剣が光る壁に阻まれる。
「『結界』か! …おっと」
迫ってきた黄金竜の噛みつきを横に躱し、ユウヤは間合いを取る。
(…そんなのありかよ。目も駄目っていうんなら、どうする? 他の弱点となると…逆鱗も鱗には違いないから、普通の斬撃じゃ効かない可能性が高いな。…となると、勢いをつけて…)
ユウヤが少し距離をとると、黄金竜は大きく首を後ろに逸らせた。ブレスの前兆だが、首を逸らせたため、首の逆鱗が露になる。
その機を逃さず、ユウヤは全速力の『飛翔』で突撃し、その勢いのまま放った渾身の突きは誤たず逆鱗に命中したが、それすらもあっさりと弾き返された。
「は!? 」
ダメージを折った様子はなかったが、黄金竜を怒らせる効果はあったようで、轟くような悍ましい叫び声を上げると、その攻撃はいよいよ激しさを増した。
(これでも駄目なのかよ……どうする? どうする? )
ユウヤはなす術もなく、ただひたすら黄金竜の攻撃を躱し続けていたが、激しさを増す黄金竜の連撃のうち、尻尾での一撃ががついにユウヤを捉える。
かすっただけの攻撃ではあったが、それでもユウヤの体は木っ端のように吹っ飛び、激しく壁に叩きつけられた。
「痛ってぇ……! 」
ドワーフの鎧とアーティファクトのおかげか、致命的なダメージではなかったものの、それでも全身にバラバラになったような痛みが走る。
痛みにしゃがみ込むユウヤを襲う黄金竜の前足をユウヤは転がるようにして何とか躱す。
(……この……クソ野郎が……こうなりゃヤケだ! 後のことなんか知るか!! )
「『剛力』! 『加速』! 『思考加速』! 」
ユウヤはありったけの魔力を使って自己強化の魔法をかけなおす。
『剛力』にしろ『加速』にしろ、通常であれば2倍にも強化されないのであるが、無限に近い魔力を持つこともあり、ユウヤについてはその限りではない。しかし、そのレベルの強化は肉体に多大な負担がかかる。肉体が神から与えられたものとはいえ限度があるため、結果として強化の程度には制限があった。
その制限を無視した強化に、ユウヤの肉体は悲鳴を上げ始めたが、完全に切れたユウヤがそれを気にすることもなかった。
「行くぞ」
ユウヤは恐るべき速さで飛翔し、黄金竜の右頬を剣で思い切り斬りつけた。黄金竜の首が大きく左に弾け飛ぶ。
切れたユウヤは滅茶苦茶に斬りかかる。その斬撃が叩きつけられる度に体を弾き飛ばされ、黄金竜は苦悶の叫び声をあげる。切り裂かれこそしなかったものの、その鱗には幾つもの痕がうっすらと残っている。
「これで……どうよ!! 」
空中で回転して勢いを倍化した一撃が、たたらを踏んで交代する黄金竜の逆鱗に命中した。
それは今までユウヤが放った一撃の中でも、おそらくは最高の一撃であっただろう。しかし……
「!? 」
その一撃に耐えられなかったのは、黄金竜ではなかった。
ユウヤの剣が、その半ばで完全に折れ曲がっていた。
呆然と剣を見つめるユウヤ。
(ドワーフの業物じゃなかったのかよ……! )
その間にも、ユウヤの攻撃にたじろいでいた黄金竜が体勢を立て直し、ユウヤを伺う。その顔が下卑た笑いを含んでいるように、ユウヤには見えた。
(この野郎……さっきまでボコボコにされてたくせに……。どうせ斬れないんなら、剣なんかいるか! )
ユウヤは剣を投げ捨てると、黄金竜に突撃した。
凄まじい速さで黄金竜に触れる程近くを飛び回り、勢いをつけた拳や蹴りを見舞い続けるユウヤ。
ユウヤのスピードと、近すぎる間合いのせいで黄金竜の攻撃は全く当たらず、逆に一方的に攻撃を受け続ける。そんな展開が、何十分と続いたが、黄金竜はそれでも倒れない。
(……どんだけタフなんだよ……もっと強い攻撃を……そうだ、パーシヴァルの能力を使って……)
少しだけ冷静さを取り戻したユウヤは、パーシヴァルに魔力を通す。
パーシヴァルの能力は、地面にしろ水面にしろ、踏んだ場所を強固な足場とできるというものだ。
ユウヤは黄金竜の首の左の付け根に着地すると、その首を足場として、黄金竜の頬に全身を連動させた重い拳を叩きつけた。黄金竜の首が思い切り右に弾き飛ばされる。
その瞬間、『飛翔』で首の右の付け根に飛び移り、今度は右頬を同じように殴りつけた。その一撃は右に弾き飛ばされた黄金竜の頬にカウンターとなって命中し、今度は黄金竜の首が左に弾き飛ばされる。
左右からの攻撃をユウヤはひたすら繰り返し、その度に黄金竜の首がピンポンのボールのように、右に左にねじ切れ続けた。
最初は当たらないまでも反撃を試みていた黄金竜も、段々その動きが鈍くなり、手数は減っていく……最後には、ただ棒立ちとなって無数の拳を受け続けた。
延々と殴り続けるうち、どれくらいの時間が経ったかユウヤにももうわからなくなってきた。拳の感触は既にない。それでも執拗にユウヤは殴り続ける。
そして……無限の時間とも思われた時間が経過し……黄金竜はよろめいたかと思うと、地響きを立てて前のめりに倒れ伏した。荒い息を立てているが、動く様子はない。
「まーだ、生きてんのかよ」
ユウヤは黄金竜の頭に飛び乗ると、今度は頭頂部に組んだ両拳を振り下ろす。何度も何度も、気が遠くなるほどの回数、同じ位置に拳を振り下ろし続け……明らかにそれまでとは違う手ごたえと、砕けたような音ともに、頭頂部が陥没した。同時に黄金竜の全身が痙攣し始める。痙攣は5分程度かけて段々弱くなっていき……遂に、黄金竜は一切の動きを止めたのであった。
ユウヤは肩で息をしながら黄金竜の様子を確認し、二度と動かないことを確信すると、全身が脱力してその場にへたり込む。
「ぐっ! 痛っ……があぁぁぁぁぁぁぁあ!! 」
気が抜けた瞬間、集中していた事により無視できていた激痛がユウヤを襲った。
全身がバラバラになりそうに激しく痛む。行き過ぎた身体強化魔法のツケだ。特に両手が酷い。見ると、小手は原型を留めていおらず、隙間からかなりの血が滴っている。おそらく手もグシャグシャになっているのだろう。
慌てて駆け寄ってきたクァンメィ王女が、痛みにのたうち回るユウヤに『治癒』を使い始める。
1回の治癒で治るような状態では到底なかったため、クァンメィ王女は根気よく『治癒』を使い続ける。それによって何とか多少は落ち着いたユウヤも自らに『治癒』を使い続けたが、何とか容態が落ち着くまでには優に数十分を要した。
「クァンメィ様、もう大丈夫です。ありがとうございました」
クァンメィ王女の瞳が潤んでいる。顔色も蒼白になっていた。
「良かった……。剣が曲がった時にはどうなることかと……」
「ご心配をおかけして、申し訳ございません」
「良いのです。しかし、まさか竜を殴り殺すなんて……聞いたこともありません。しかもあれほど強大な個体を……」
「剣も魔法も効きませんでしたからね」
「……そういう問題ではありません」
「まぁ、何とか倒せたから良しということで。それより、さすがに疲れました。もらうものをもらって、とっとと帰りましょう」
部屋の奥には例によって小部屋があり、祭壇には剣が安置されていた。
今までのアーティファクト同様、深い漆黒の、大振りな剣である。鞘と柄には防具と同様精緻な彫刻が施されている。鞘から引き抜いてみると、何故か刃全体にも、鱗のような模様が刻まれていた。
「今は鱗なんか見たくないんだけどな……まぁ、剣が駄目になったところだから、ちょうどいいか」
こうして最大の危機を何とか乗り越えたユウヤは、クァンメィ王女とともに首都グヮンジャオに帰還したのであった。




