『力の試練』 2
地下3階の作りは地下1階同様、部屋がひとつだけのシンプルな構造だった。ただし、魔物は30体程度と、地下1階より多いようだ。
部屋は何故か、やたら天井が低かった。プールのように、透明な液体が部屋全体に湛えられている。深さはユウヤの腹か胸辺りまでありそうだ。
部屋の奥の水面に、魔物の群れが浮いているのが見えるが、特に動く気配はなさそうだ。
「あれは…デスサイズですね」
「デスサイズ? 」
「巨大なカマキリの魔物です。前足の鎌が非常に鋭い刃になっていて、人の首など簡単に刎ね飛ばせます。それに外殻が固く、防御力が非常に高いうえに動きも俊敏で、非常に厄介な魔物です。倒せないほどではありませんが……」
「で、水にも浮くと」
「……いえ、サイズの割に軽いのは確かですが、水に浮くほどではないはずです。となると、この液体は……」
クァンメィ王女は水面に顔を近づけて匂いをかぎ、液体を手ですくう。液体はドロドロとした、粘度の高いもののようだ。
「……やはり。これは、ヴィスコイド油ですね」
「ヴィスコイド油? 」
「ヴィスコイドという木の実からとれる、油の1種です。あまり食用にはされませんが、油の中で最も粘度が高いので、潤滑剤として使われることがあります」
「粘度が高い? あのカマキリ共が沈まないのは、そのためですか」
「そうでしょうね。人はさすがに沈むと思いますが」
「向こうから襲ってこないってことは、こっちから油の中に入っていって、あいつらと戦えってことなんですかね」
「おそらく。先ほど申し上げたように粘度が高いので、油の中では動きが相当制限されると思います」
「ん? 油なら、あのカマキリごと燃やしてしまえばいいのでは? 」
「ヴィスコイド油に火は禁忌です。燃やすと有毒な蒸気が発生します。微量であればそこまで害はありませんが、この量では……」
「一応魔法も試してみましょう」
ユウヤはカマキリに『聖弾』を放つが、案の定反射された。
「はぁ、やっぱそうか……まともにやるしかないな」
二人は『剛力』を使った上で、油のプールに入る。
最も粘度が高いというだけあって、ヴィスコイド油はコールタールのように粘りつく上、、潤滑剤に使われるだけあってよく滑るため、転ばずに歩くことさえ難しい。
しかし、それでも何とか5m程進んだところで、デスサイズが動き出した。
浮いているデスサイズは当然油の影響を受けることはないため、非常に素早い動きで二人に迫り、その鋭い鎌で次々に斬りつけてくる。
油に下半身をとられたユウヤは碌に鎌を躱すことができず、その鎌を剣で受け、弾き返し続ける。
機を見てデスサイズに斬りつけるが、まともに下半身が動かない状況からの攻撃はどうしても体重が乗らず、なかなかデスサイズの固い外殻を切り裂くことはできなかった。
(手撃ちじゃ駄目だ。もっと下半身を安定させて……)
ユウヤは思い切りスタンスを広げ、態勢を安定させると、デスサイズの一匹をギリギリまで引き付けると、ようやく腰の入った一撃を見舞った。デスサイズは両断されて倒れる。
(やっと一匹か。クァンメィ様は……危ない! )
「『結界』! 」
デスサイズに半ば包囲され、体勢を崩したクァンメィ王女の前に結界が現れ、致命的な一撃を受け止めた。
ユウヤはデスサイズの連撃と油に難渋しつつも何とかクァンメィ王女に近づき、声をかける。
「いったん引きましょう。これでは危険すぎます」
「……わかりました」
ユウヤは『結界』を何度も使い、デスサイズの攻撃を防ぎつつ、クァンメィ王女と入口の方向に下がる。追撃は激しかったが、それでもなんとか二人が入口の近くまで戻ると、デスサイズは一斉に後退を始め、元々いた場所に戻った。
「危ないところでした」
「……足を引っ張る形になって、申し訳ありません」
クァンメィ王女が唇を噛む。
「自分も似たようなものでしたから、お気になさらず。しかし、これは確かに難物ですね。どうするか……」
「まともな足場のある入口にひきつけて戦うという手もあるかと思ったのですが、このように引かれるようではその手も使えません」
二人は考え込む。
(俺一人でなら何とかなるか? ……やってやれなくはないかもしれないが、時間がかかりすぎるし、足を滑らせて体勢を崩したりしたらアウトだ。リスクが高すぎるな……『飛翔』で飛ぶには天井が低すぎるし……)
クァンメィ王女がボツリと呟く。
「せめて、デスサイズのように油に浮くことができれば……」
「油に浮くことができる魔法はありませんね……いや、ちょっと待てよ」
ふと神々との会話を思い出したユウヤは、自分の靴を見る。
(この靴……確か「パーシヴァル」だったか……どんな足場でもしっかりと踏ん張ることができるって話だったな。……駄目元でやってみるか)
ユウヤはパーシヴァルに魔力を通し、油の表面に一歩踏み出してみる。……と、果たして油に沈むことなく、油面にしっかりと立つことができた。
「……ユウヤ様、油面に浮かんで……一体どうやって……」
「これはアーティファクトの効果です。クァンメィ様には使えない方法ですので、ここで待っていてください」
ユウヤは油面を走っていくと、反応したデスサイズ達が再び襲い掛かってきた。
すれ違いざまにユウヤは全体重を乗せた鋭い斬撃を放つと、デスサイズはたやすく両断される。
「さっきとは違うんだよ! 」
ユウヤは取り囲んでくるデスサイズを縦横無尽に躱しながら、手当たり次第に両断していく。
いかに鋭い鎌と固い外殻を持つ強力なデスサイズであっても、『剛力』で強化されたうえ自由に動けるようになったユウヤには敵すべきもなく、20分もたたず全滅するしかなかったのであった。
『探索』を使うと、地下4階は一本の通路になっていた。ただその通路は長く、『探索』の範囲外まで伸びている。『探索』の範囲を次第に広げてみると、20km程度はありそうだ。
「敵がいない、一本道のようですが……随分と長いようですね」
「逆に不安になりますね。何か仕掛けがあるのでしょうが……気を引き締めて行きましょう」
二人は常に進行方向や壁や床に注意を払いながら、通路を歩いていく。しかし、そこにあるのはただ無機質なだけの石造りの通路のみだ。物音も二人の足音が響くのきりで、後は不気味なほどに静まり返っている。だけで、各階に仕掛けがあるはずの『試練の迷宮』で、ここまで逆に何もないことは、かえって二人の不安を掻き立てるのであった。
それでも二人は臆することもなく歩身を進めていく。
そうして一時間半ほどが過ぎただろうか。通路の4分の1ほどに差し掛かったところで、クァンメイ王女が立ち止まり、ポソッと漏らす。
「……微かにですが、体に違和感があるような気がします」
「私はなんともないようでが……違和感とは、どのような? 」
クァンメイ王女は首を振って、
「わかりません。微かな、感覚的なものですし、気のせいかもしれません。とりあえずはこのまま進みましょう」
二人は気を取り直して先を急ぐ。
進んでいくうちにユウヤは、自分も何か体に違和感を感じている自分に気が付いた。
(……気のせいじゃないな。微かだが、確かに何かを感じる。何だ? これは)
「クァンメイ様、先ほどおっしゃっていた違和感はまだありますか? 」
「……はい。少しずつですが、こう、何か……だるさを感じるような気がします。体が重いというか……」
「私もその違和感を感じるようになっています。3階では些か苦戦したので、お互い疲れているのかもしれません。回復魔法を使っておきましょう」
ユウヤは二人に『治癒』と、念のため『浄化』をかけておく。
(特に効果が会ったようには感じないが……)
違和感の正体がわからないまま、二人はなおも歩を進める。
敵が出てくるわけでも、何かが設置してあるということもなく、ただただ静寂に包まれた通路を二人は歩いていく。
いつの間にかユウヤも、だるさを感じるようになってきた。
クァンメイ王女は何も言わずに歩いているが、表情から察するに、相当辛そうだ。
それでも立ち止まらない二人であったが、進むごとに、間違いなく体が重くなってきている。
(……何だ、これは? 毒か何かか? ……いや、『治癒』だけじゃなく、『浄化』も効いたようには感じなかったな……はっきりと体が重い。待てよ……ここは『力の試練』だよな……力……ひょっとして、体が重く感じるっていうのは、疲労しているってことじゃなく……)
ユウヤはふと立ち止まり、『剛力』を使ってみる。
「どうしたのですか?いきなり『剛力』などを……」
「……違和感の正体がわかりました」
「本当ですか? 」
「『剛力』を使ってみてください」
クァンメイ王女は言われたとおり『剛力』を使う。
「……確かに、体が楽になったようです。これは、どういうことでしょうか? 」
「おそらくですが、この通路、奥に行けば行くほど重力が強くなっているのではないかと」
「重力……そういうことでしたか。比喩的な意味ではなく、実際に体が重くなっていたということですね」
「ええ。今通路の3分の2くらいのところまで来ていますので、後2時間くらい歩かないといけませんが、それだけの時間『剛力』を使い続けることはできますか? 」
「2時間くらいなら何とかなります。ただ、このまま重力が強くなり続けるのであれば、『剛力』を使っても耐えられなくなるかもしれません」
「その時は、私が何とかしますよ。急ぎましょう」
二人は改めて進み始めるが、違和感の正体がわかったこともあり、進むごとに重力がどんどん強くなっていくことがわかる。
それに反比例するかのように、クァンメイ王女の足取りが段々心もとなく、遅くなっていく。息も荒くなってきた。
そして、後1km程を残したところで、突然クァンメイ王女は崩れるように両手を床について、その場に四つん這いとなった。息も絶え絶えの様子で、
「……情けないのですが、これ以上は、……申し訳ありません」
「大丈夫ですよ、後は何とかします。失礼いたします」
ユウヤはクァンメイ王女を横抱きに抱え上げる。どう考えても人の重さではなく、巨大な鉛の塊を抱きかかえているかのような手ごたえであった。
「ユウヤ様……いくら『剛力』を使っているとはいえ、この重力の中で私を抱きかかえて、歩けるのですか? 」
「私の魔法はちょっと特殊なのです。後はお任せください」
通常、魔法ごとに、その効果はある程度上限があり、例えば『剛力』を使っても、元の力の2倍にもならないのであるが、ユウヤに関しては、そのような上限はない。
実際、ユウヤは重力のことに気づいた瞬間、クァンメイ王女を抱きかかえていく手も考えたのだが、一国の王女を抱きかかえることには抵抗もあり、また戦士たる自覚のあるクァンメイ王女の自尊心も慮って、ギリギリまでは手を出さない事にしたのであった。
そしてユウヤは最終的には踏みしめただけで床にヒビが入るような強大な重力をものともせず、クァンメイ王女を抱えたまま、何とか下に降りる階段にたどり着いたのであった。




