いきなり戦闘
アクィタニアから1週間ほどかけて、シェンノン王国との国境に着く。
国境の門は非常が非常に大きいのはカレドニア王国とアクィタニア王国の国境と同じだが、それに比べても無骨な造りをしていた。
手続きのためだろう、馬車が止まる。馬車の中で待っていた二人だったが、しばらくすると馬車のドアがノックされる。ドアを開けたのは護衛の騎士だ。
「どうした? 」
ダニエルが聞く。
「は、それが……シェンノンの王太子殿下が面会したい、と」
「はぁ? ここでか? て言うか、何で王太子が国境門にいるんだ? 」
「わかりかねます。用件は直接言う、とのことでして」
「ふむ……これは、あれかな。行こう、ユウヤ」
「あれってなんだ? 」
二人が馬車から出ると、黒ずくめの武装をした男が待っていた。両手で巨大な剣を地面に立てるようにして持っている。
(これが皇太子、なんだろうな)
後ろには側近なのだろう、10名ほどの兵士が控えていた。
皆身長が高い。ユウヤも人間族の中では背が高い方ではあるが、それでも竜人族の胸あたりまでしかないだろう。
顔は面長だが、身長に比べて頭が小さい。首が長いためか、余計頭が小さく見える。9頭身か10頭身くらいありそうだ。大きい身長から考えると非常に細身ではあるが、よく鍛え込まれているのだろう、引き締まった筋肉質な体つきである。
黒ずくめの男が話しかけてきた。
「久しいな、ダニエル」
「お久しゅうございます、殿下。ご機嫌麗しゅう」
「うむ。……で、そちがユウヤだな? ずいぶん強いと聞いておるぞ。早速だが……我と戦ってもらおうか」
皇太子がニヤリと笑う。
(は? ……いきなりかい)
驚くユウヤに、ダニエルが耳打ちする。
「言っただろう、ぶっ飛ばしてやれ。遠慮はいらん」
ユウヤはそっとため息をつく。
「……わかりました。ここでやるんですか? 」
「こっちだ。着いてこい」
王太子についていくと、国境門を抜けて3分ほど歩いたところに広い場所があった。訓練場なのだろう、訓練用の人形や、武器が大量に入った箱などが設置してある。
王太子は武器を部下に預けると、
「さて、やろうか。剣を抜くがよい」
「模擬戦用の武器とかはないんですか? それに、殿下の武器は? 」
「必要ない。竜型で戦うからな」
「竜型? 」
そう言うと王太子はユウヤから距離をとり、体を撓めて全身に力を込める。
「はぁぁっ! 」
鋭い気合を発すると、煙のような、霧のようなものが王太子を中心として広がる。
(何だ? 目くらましか? )
ユウヤがわけのわからないままは様子を伺っていると、煙は段々広がっていき……その中から身長5m程はあろうかという、漆黒の竜が現れた!
黒竜はユウヤに話しかけてくる。それも王太子の声で。
「さあ、始めようか。手加減はしてやるつもりだが、死なぬように頑張るんだな」
そして首を大きくもたげたかと思うと、ユウヤに向かって激しい炎を吐き出した。
ユウヤはとっさに横に飛んで躱す。
(え……、どうなってんだ? 話しかけてきたってことは、召喚とかじゃなくって、この竜が王太子ってことでいいんだよな? ……聞いてないぞ、ダニエル! ……うわっと! )
竜はその巨体に似合わぬ速さで何度も前足を振り下ろし、ブレスを吐き、尻尾で横薙ぎにしてくる。
(これ、どうしろってんだよ。やりゃあ勝てそうだけど……王太子を怪我させたり殺したりしちゃ、やっぱまずいよなぁ……どうする? ……待てよ? 竜っていえば……確かアレがあるんじゃないか? この世界の竜にもあるか知らんけど)
ユウヤはひたすら躱しつつ竜を観察する。
竜がまたも炎を吐こうと首をもたげた瞬間、長い首の真ん中あたりに、確かにそれらしきものがあるのがユウヤには見えた。
一枚だけ、逆さについた鱗。前世に竜は存在しなかったが、伝承の竜には逆鱗と言うものがあって、それが竜の弱点だったはずだ。
(……あるな。ただ、手が届きそうにないんだよなぁ……となると……よし)
ユウヤは王太子のとある攻撃に狙いを定め、ひたすら攻撃を躱し続ける。……と、竜が前腕を振り上げ、全体重を乗せた叩き潰しにきた。
「それだ……『結界』!」
ユウヤは頭上に平面上の結界を張る。ただし、地面に対して45度程の傾きをつけた。
「なっ!? 」
全体重を乗せた攻撃が結界に斜めに当たったため、前腕が滑ってバランスを崩した王太子は、地響きを上げて転倒した。
間髪入れず、ユウヤは倒れた竜の懐に飛び込むと、逆鱗にぴたりと剣を突き付けた。
「まだやりますか? 」
「……参った」
竜は絞りだすようにそう答えると、また煙に包まれ……煙が消えると人型に戻った王太子が立っていた。
「我の負けだ。……そういえば、自己紹介をしておらんかったな。我はシェンノン国の王太子にして大将軍、ツァンフェイである。シェンノン王国へようこそ。歓迎するぞ、友よ」
(友? ……少年漫画みたいなノリだな)
ユウヤはツァンフェイ王子が差し出した手を握ると、馬車に戻った。
ダニエルは楽しそうだ。
「いや、見事見事。王太子の竜型を、あんなに易々と退けるとはな」
「……見事、じゃねぇよ。竜人族が竜に変身できるなんて、聞いてないぞ」
「あー……すまなかった」
「竜人族ってのは、みんな竜になれるのか? 」
「そうだ。竜型になると、ただでさえ強い竜人族の身体能力は飛躍的に強化されるし、ブレスを吐いたり、空を飛んだりできるようになる。魔力を消費するから、時間的な制限はあるらしいがな。はるか昔、人と竜が交わってできた子が竜人族の始祖と言われている。人と竜がどうやって交わったのかはわからんがな」
「……だから、そういうことは戦う前に早く教えてくれよ」
「すまんすまん。まさかいきなり竜型になるとは思わなかったんだ。誇り高い竜人族が、他種族と一対一で戦うのに竜型になるなんて、普通は考えねぇよ。まぁ、相手が神から遣わされた男だったからってことだったんだろうが……」
「まぁ、勝てたからいいけどな。……ちょっと狡いやり方だったけど」
「いや、問題ない。健闘が称えられることはあっても、結果に文句をつけるのは決闘を汚す行為として、竜人族では絶対の禁忌だからな。ツァンフェイ王子も文句は言わなかっただろう? それに、王太子の連撃を苦も無く捌き続けてたじゃないか。あれだけの素早さを見せつければ、実力の程も少しはわかるってもんだ。それがわからないほどあの王子はボンクラじゃない」
さらに1週間程かけ、一行はようやくシェンノン王国の首都、グヮンジャオの城下街にたどり着いた。
城門からはるかに見える王城まで、広場と見まがうほど広い道路が真っすぐに走っており、その両脇に建物が整然と並んでいた。建物はみな鮮やかな橙色をした瓦で葺いてあり、柱は太く円柱状で、原色に近い派手な赤色で塗られており、壁は白い煉瓦らしきものでできていた。多くの窓は丸く、細い木を組み合わせた装飾が施されている。
道路があまりに広いせいか、ごった返すとまでにはいかないが、人通りは非常に多く、そこかしこで屋台や、天秤棒の両側に桶のようなものをぶら下げた物売りが声を張り上げ、街は活気に溢れている。人々の多くが着ている服は、袖がゆったりとした、前合わせを細い帯で結んだものであり、こちらも原色に近いような派手な者が多い。男は頭に黒っぽい帽子だか頭巾だかわからないものをかぶっている。
「ちょっとした壮観だろう? グヮンジャオは都市全体が正方形をしていてな、全ての道路が直線に通っておって、格子状になっている。その中でも一番幅が広い道が、城門と城をつなぐこの道だ。この道と、道に沿って整然と並ぶ建物がグヮンジャオ名物の一つってわけだ。まぁ、色使いがちょっと派手すぎて、エルフ好みではないがな」
そういいながらもダニエルはどこか上機嫌だ。
「俺は派手な色使いも含めて嫌いじゃないな。時間があれば、色々見て回りたいもんだ」
そんな話をしつつ、一行は真っすぐの道を通り城へ向かう。
馬車を降り、城の門をくぐると広大な庭になっており、両側に大勢の人々が整列していた。
「強き剣士に、礼!」
そう大声で号令がかかると、整列した人々が一斉に胸の前で手を合わせ、頭を下げる。
正面の真ん中近くに立っていた人物が近寄ってきた。
よく見ると、ツァンフェイ王子その人である。
「ユウヤ殿、ダニエル、待ちかねておったぞ」
「お久しぶりです。で、この大勢の人は何でしょうか? 」
「決まっておろう。人間族にもかかわらず、我を、しかも竜型となった我を苦もなく倒した強者に、歓迎の意と敬意を示すために集まったのだ」
「……恐縮です」
「さぁ、こちらへ」
整列していた人々が奥から順番に正面の建物に入っていく。
ユウヤとダニエルも、ツァンフェイ王子に先導され建物に向かう。
ユウヤは小声でダニエルに話しかける。
「どうなってんだ? 」
「竜人族は強い者に敬意を払うと言ったろう。と言っても、ここまでの敬意を示すってのはよっぽどのことだ。自覚がないようだが、本来竜型となった竜人族を他種族が倒すなんて不可能なんだよ。まして相手はツァンフェイ王子だ。ツァンフェイ王子はただでさえこの国で王に次ぐ戦士だってのに、その竜型を苦もなく倒したっていうんだからな」
「そういうもんか」
そんな話をしているうちに、謁見の間にたどり着いた。
正面の、赤く塗られた豪華な玉座に座した王は、ゆったりとした袖の広い、赤い服を着ていおり、真っ白な髪に、やはり白い、真っすぐに腹まで伸びた顎髭を蓄えていた。
「我はシェンノン王国の王、カイシャンじゃ。竜型となった息子を難なく退けたと聞いておる。強者よ、我らは汝を歓迎する」
「恐縮です」
「『試練の迷宮』に挑む旨は聞いておる。我が国の『試練の迷宮』は『力の試練』じゃ。神々の創造された、非常に厳しい試練と伝わっておるが、汝程の強者なら必ずや突破できると信じておる。準備を急がせておる故、数日中には出発できるであろう。なお、『試練の迷宮』の見届け人じゃが」
といって傍らを見ると、そこに佇んでいた女性が一歩前に出て一揖する。
「カイシャンが娘、クァンメィでございます。力の及ぶ限り助力いたしますので、どうぞ良しなに」
クァンメィと名乗ったその女性は、細身ながら女性らしい体形をした、細面で穏やかな表情の美女であった。流れるような塗れ羽色の髪が、その細い腰まで伸びている。短い言葉としぐさの中にも、気品が溢れていた。
「クァンメィはさすがにツァンフェイには及ばぬが、それでも我が国では一流の戦士じゃ。魔法はあまり得意とはしておらぬが、火属性と聖属性を使える。汝の良いように使うがよい。……ところで」
「はい」
「ツァンフェイを倒したという汝が腕前、我にも見せてもらおうか」
そう言うなり、王は立ち上がった。




