『俊敏性の試練』 1
到着の翌日、女王に謁見する。
女王は、緩いウエーブの掛かった非常に長いプラチナブロンドの髪と碧の目をした、目鼻の整った美しい容貌を薄い黄色のドレスに包み、静かな威容を湛えて玉座に佇んでいた。
「カレドニア王国の使節よ、よう参られました。魔王の件は妾の国のみならず、この大陸の6王国にとって最も重大な案件じゃ。よう協議をされるがよいでしょう。時に、ユウヤ殿というのはどなたか」
「私でございます」
「妾はアクィタニア王国女王、アデライード3世です。ユウヤ殿は神々より遣わされ、その強大な力をもって既に『知の試練』をわずか2日で突破したと聞いております。その力をもって、どうか妾の国、のみならずこの大陸の平和の一助となっていただけることを期待しておりますよ」
「はっ」
「我が国の『試練の迷宮』は『俊敏性の試練』です。試練の内容については残念ながら伝わっておりませんが、神々の遣わされたユウヤ殿ならば突破できるものと信じております。準備にどれくらいかかりますか? 」
「明日にでも出立したいと思っております」
「では、来られたばかりのところを急かすようで申し訳ないのですが、明日発っていただきましょう。見届け人につきましては、ジュスティーヌ」
「はい」
女王の脇に控えた人物が答える。
その人物は女王と同じ髪と目の色をしており、非常に整った、女王とよく似た容貌をしていたが、さっぱりとした短髪をしており、服装も趣味は悪くないものの、ドレスではなく、飾り気が極めて少ないシンプルな上着とズボンを身に着けていた。
「ユウヤ殿、こちらが見届け人、第3王女のジュスティーヌです。レイピアを使いますが、本当に得意なのは素早さを生かした徒手格闘です。風魔法が得意で、他に火魔法と聖魔法を使えます。見届け人は最奥の間では戦えませんが、それまでの試練ではユウヤ殿の助けになるかと思います」
(え? 第3王女? ……女性だったのか)
よく見ると、ささやかではあるが確かに胸の膨らみがある。色気はあまり感じられなかったが。
「ジュスティーヌ、挨拶を」
「……ジュスティーヌだ。よろしく頼む」
伏し目がちにジュスティーヌ王女はそう言ったきりである。
(……愛想がないというか、ぶっきらぼうだな。なんかやりにくそうだ)
「ユウヤと申します。よろしくお願いします」
こうして女王との謁見は終わったのであった。
あくる日。城の門近くで、ユウヤはジュスティーヌ王女や護衛の一段と落ち合った。
ジュスティーヌ王女は旅装だったのだが、それにしても実用一辺倒というか、飾り気のない服装をしていた。
ジュスティーヌ王女が怪訝な顔をして問いかけてくる。
「ユウヤ殿、荷物はどうした? 」
「『収納』を使っておりますので、ご心配なく」
「『収納』を使えるのかい? 僕も使えるぞ。結構な荷物を運べるのが自慢なんだ」
(なんかちょっと嬉しそうだな)
そんなことを話していると、護衛も準備が終わったようで、一行は『試練の迷宮』に出発した。
馬車の中で、ジュスティーヌ王女と二人揺られるユウヤだったが、ずっとジュスティーヌ王女は伏し目がちにしていて、ユウヤに話しかけてくることもなく、なんとなく気まずい雰囲気が漂ってきた。
相手は王女サマである。自分から話しかけるのを憚っていたが、段々沈黙に耐えられなくなってきたユウヤは、自分から声をかけることにした。
「ジュスティーヌ様は『収納』を使えるとのことでしたが、風魔法が得意ということですよね」
「……ああ、第4階梯の『保管』まで使える。もっとも、運べる量はとても少ないけどね。ユウヤ殿は風魔法を使えるのかい? 」
「一応全階梯使えます」
ジュスティーヌ王女は目を見開き、
「え!? 全階梯って……まさか第7階梯まで……使えるってことかい? 」
「まあ、一応神に遣わされた身、らしいので」
「それはすごい! 宮廷魔導士たちが知ったら、研究に引っ張りだこになるだろうね。……ところで、頼みがあるんだが」
「はあ」
「……ここは城中じゃない。敬語はなしにしてくれないか? 」
「かまいません……いや、かまわないけど」
「助かるよ。なんと言うか……僕は女らしく着飾るとか、貴族らしい優雅な立ち回りとか、持って回った言い回しとか、そういったことがどうしても苦手なんだよね」
「そう言えば、昨日も謁見の間で、ドレスではなくズボンを履いてたっけ」
「自分で言うのもなんだけど……僕は、どうしてもがさつというか……女らしさがないというか……女性的な魅力ってないだろう? ……その、胸もないし……」
「単に、男っぽい恰好をしてるってだけの話じゃ? 」
「いや、僕は女性らしい恰好は……その……気恥ずかしいというか……」
「綺麗な顔をしてるんだし、着飾るなりすれば見違えると思うけど」
「……そ、そんなことは……」
ジュスティーヌ王女は真っ赤になって黙り込む。
(ぶっきらぼうなのかと思ったら、ただの照れ屋なな僕っ娘だったか。これはこれで結構可愛いいもんだな)
「……そ、そんなことより、風の第7階梯の魔法はどんなものなんだい? 魔法の名前さえ知られていないんだけど」
(強引に話題を変えてきたな)
「第7階梯は『轟雷』で、雷を落とす魔法です」
「……そうなのかい? 是非見せてほしいものだね。『試練の迷宮』で使うことがあるかな? 」
「『轟雷』は屋内では使えない魔法らしいから、『試練の迷宮』では出番はないかな」
「それは残念だ。いつか見たいものだね」
「機会があれば、ね」
一行は2日をかけ、やっと『試練の迷宮』にたどり着いた。
人里離れた山裾に崖がそびえたっており、崖下に精巧な彫刻が施された大きな扉があるのはカレドニア王国と同じであった。管理のために建てられた建物は木造だったが。
準備を終えたのだろう、ジュスティーヌ王女が建物から出てきた。装備は皮製の鎧のようだ。金属製の鎧でないのは、敏捷性を重んじるエルフだからなのだろう。
「ユウヤ、装備はどうしたんだい? 剣すら持ってないようだけど」
「ああ、大丈夫だ。『保管』」
ユウヤが『保管』を唱えると、一瞬のうちに装備一式を着た状態になった。
ジュスティーヌ王女が目を丸くする。
「え? ……今何が起こったんだい? 」
「装備を装着するのも結構面倒なんで、『保管』で装備を取り出す時に、装備した状態で取り出せるようした」
「……そんな使い方ができるなんて、聞いたこともないけど」
「練習したらできるようになったぞ」
「……ずいぶん器用というか……斬新な魔法の使い方だね」
(前世で見た変身ヒーロー物のマネというのは内緒だけどな。ま、言っても理解できないだろうけど)
ジュスティーヌ王女は扉に手をかざし……扉全体がぼうっと光を放つと、軋み音を立てながらゆっくりと開いていった。
「『探索』」
ユウヤはとりあえず地下1階の構造を調べる。
「1階は単純な構造みたいだ。かなり大きな部屋が一つあるきりで、部屋に魔物が大量にいるらしいな」
「構造? ……そうか、ユウヤは『探索』で迷路の構造まで調べられるんだったね。パルトニー卿から聞いたよ。普通はそんなことできないんだけどね」
「とりあえず、自分一人で部屋に入ってみる」
「いや、僕も戦うよ」
二人が部屋に入ると、空中に大量の昆虫が待ち構えていた。
一体一体の大きさが人間程もあり、空中で静止している。羽音と、顎を閉じる音なのだろう、カチカチという音が四方八方から響いてくる。大きいうえに数も多いためか、その音はかなり五月蝿く、グロテスクな見た目と相まって、見る者を悍ましさにすくませるような迫力があった。
「蜂か。でかいな」
「キラーホーネットだね。とても素早いうえに、強力な顎とお尻の毒針が厄介な魔物だ」
近づくまでもなく、二人をを視認した蜂が一斉に襲い掛かってくる。
蜂だけあって飛行スピードは早く、『知の試練』のサルのように連携するわけではないものの、四方八方から素早く噛みつき、尾の針を突き立ててきた。
いくら腕に覚えがあるといっても、王族に怪我をさせるわけにもいかないユウヤは戦いながらもジュスティーヌ王女に注意を払っていたのだが、それはどうも要らぬ心配であったようだ。
ジュスティーヌ王女は非常に素早く、しかし踊るような優雅な足さばきで危なげなく攻撃を躱し続けながらも、レイピアで次々に蜂の急所を突いていく。
(意外とやるもんだな……『加速』をつかってるのか。これなら心配はいらないと思うけど……数も多いし、まとめて倒した方がよさそうだな)
ユウヤはジュスティーヌ王女からなるべく離れないようにしながらも、蜂の猛襲を躱し続け、魔法を使う機会を伺う。
程なく、その機会はやってきた。二人の位置が部屋の隅の方で、隅とは逆の方向から大勢の蜂がいる状況だ。
「『石弾』! 」
ユウヤは魔力を多めに込め、攻撃範囲を最大限に広げた『石弾』は広範囲に広がり、一気に大量の蜂が穴だらけになった地面に落ちたが、残った蜂はひるむことなく、ユウヤに襲い掛かり続ける。
(『知の試練』のサルは逃げだしたけどな……所詮昆虫ってことか)
「『石弾』」
ユウヤが続けて『石弾』を数発放つと、動いている蜂はあっさりといなくなった。
出口の扉が光り始めたが、ジュスティーヌ王女は何かいぶかしげな表情をしている。
「どうした? 」
「ユウヤ……さっきの魔法は何だい? 『石弾』に似てたけど、それにしては弾数と範囲が……」
「うん、『石弾』だ。魔力を多めに込めたらあれくらい行けるぞ」
「いや、幾ら魔力を込めても、普通ああはならないと思うんだけどな……さっきの『保管』と言い、変、いや、変わった魔法を使うんだね。……さすがという事にしとくよ。じゃあ、次の階に行こうか」




