初めての休暇
二人は閑静な貴族街から繁華街まで歩いていく。
繁華街に近づくにつれ、行きかう人の数はどんどんと増えていく。
それとともに喧噪は大きくなり、活気に満ち溢れていくのだった。
「こんなに人が多いとは……今までは訓練の場所に馬車か『飛翔』で行くだけだったので、あまり気にしていませんでしたが」
「それだと繁華街の方は通らないでしょうからね。王都デルフォードはこの大陸で最も人口が多いといわれてるのよ。あ、今日はお忍びなので、敬語とかはなしでお願い」
「わかった。とりあえずどこに連れてってくれるんだ? 」
「とりあえず、大神殿ね。王都で一番の観光名所なのよ」
人をかき分けながら歩くこと10分。
「あそこよ」
そこには巨大で壮麗な建物があった。基調は白でで、至る所にラピスラズリだろうか、鮮やかな艶のある青色を基調とした幾何学模様が配され、多くの精緻で美しい彫刻で飾り立てられている。窓には青を基調とした美しいステンドグラスがはめ込まれている。最も大きい窓のステンドグラスには、青い女性が描かれていた。
「あのステンドグラスの女性は? 」
「水の神ダムキナ様ね。この大神殿はダムキナ様を祀る神殿なの」
(あんまり本人とは似てないような……)
「この大陸では6柱の神様がおられて、6種族のそれぞれを創造し、守護しているとされているの。で、水の神ダムキナ様は私たち人間族の創造神にして守護神ってことね。だから、人間族には水属性の魔法が得意な人が多いわ」
「へぇ……」
神殿に入ると、繊細な装飾と巨大な壁画が壁や天井にくまなく施されており、豪華なシャンデリアから放たれる非常に明るい光にくまなく照らされることにより、非常に壮麗かつ厳粛な雰囲気を醸し出していた。
「凄いものだな、って……人が空を飛んでるんだけど!? 羽が生えてるぞ? 」
「天使族を見るのは初めてかしら? 何処の神殿にもいるわよ」
「あれが天使族か……って、天使族はマルドゥク神の信徒じゃないのか? 」
「ダムキナ様だけが人間族の神ってわけじゃないわよ? 六神様皆がこの世界の神様なの。人間族の守護神であるダムキナ様の神殿がこの国にあるっていうだけよ」
「あー、そうなんだ」
「『治癒』とか『浄化』が使えないと神官は勤まらないから、聖属性に長けてる天使族は神官になる人が多いのよ。どこの国の神殿にも結構いるわよ」
「なるほどね」
「あちらの司祭様のところでお祈りをするの。行きましょう」
中央奥にいる司祭の前でアンジェラは跪き、両手を胸の前で握り合わせたので、ユウヤもそれを真似る。
司祭が祝詞らしきものを唱え始めた……と、ユウヤは一瞬気が遠くなる。
気を取り直したが、そこは神殿の中ではなかった。
ユウヤは椅子に座っている。以前、転生前に見た光景。机に並んで座っているのは神々だった。マルドゥク神がユウヤに声をかける。
「久しいの、ユウヤ」
「え……と、お久しぶりです」
「順調に『知の試練』を突破したようじゃの。まずは重畳」
「えぇ、まぁ……」
ユウヤは視線を逸らす。
「どうしたんじゃ? 」
「……『知の試練』が難しすぎたというか……結果的に突破はできましたけど……あんな仕掛け、わかりませんよ……」
青い衣をまとった女神、たぶんダムキナが口をはさむ。
「そんなに難しかったかしら? 」
「意味がわかったのは敵を倒した後だった、というのが大半だったような気がします。未だに意味が分かっていないのもありますし」
「いまだにわからない? どこのことかしら? 」
「地底湖で、ブレードシャークが何故全滅したんでしょうか」
「あぁ、あれ。壁面が白かったでしょう? あれ、塩だったのよ」
「塩? 」
「そう。舐めてみればわかったんでしょうけどね。ブレードシャークは淡水魚だから、水の塩分を上げていけば生きていられなくなる、ってことよ」
「そんなのわかんないですよ。魔法陣とかゴーレムとかもそうですけど」
「……うーん、この世界の人なら、生活必需品の塩にはもっと敏感だし、試練の迷宮に入るレベルなら、魔法陣とかゴーレムの知識もある程度持ってるものだし」
「私は『この世界の人』じゃないんですが……」
マルドゥクが助け舟を出す。
「そう言うてやるな。はるか昔、元々試練の迷宮を創造した時は、他の世界から召喚された者とか、見届け人は別としても単独で挑むとかいったことは想定しておらんかったからの。我らも未来のことまではわからぬでな。まぁ、突破できたのだから、それでよしとしてくれ」
「他の迷宮もこんなのなんですか? 」
「そこは安心するがよい。『知の試練』ということで、ユウヤがそこの世界の者でないために苦労をする羽目になったのじゃが、他の試練はもう少し素直というか、対応する能力を持って突破できるはずじゃ。精進するがよい」
「はぁ……」
「後、アーティファクトについて少し説明しておこう。アーティファクトは『試練の迷宮』ごとに一つ、計6つある。いずれも我々が手ずから鍛えたもので、まず、それぞれが武器、防具として最高のものじゃ。全てに不壊の術が施されており、決して壊れたり、欠けたりすることはない。防具については衝撃を吸収することもでき、また皮の防具より軽い。またそれぞれが、対応する一つの魔法属性をほぼ無効にする程の強力な耐性を持っておる。加えて、魔力を込めることで特殊な効果が発動する。魔法では実現できない効果ばかりじゃ、重宝するじゃろう。例えば汝が手に入れた兜、銘を「ベディヴィア」と言うが、水属性に耐性がある。特殊能力として、魔力を込めれば、闇夜や深い霧の中など、通常なら視界が効かない状況であっても、問題なく見通すことができるというものじゃ。大切に扱うがよい。……そろそろ祝詞が終わるようじゃ。また会おう。いつも見守っておるぞ」
ユウヤはまた一瞬気が遠くなったかと思うと……当たりを見回し、神殿に戻った自分に気づいた。
アンジェラがユウヤの顔を覗き込み、怪訝な顔をしている。
「どうしたの? 」
「……神々と話し……いや、何でもない」
「お昼になったし、何か食べましょ」
二人は神殿を出て、しばらく歩くと、段々食べ物の良い匂いが漂ってきた。角を曲がると、通りの両側にずらっと屋台が並んでいた。屋台に並ぶ者、立ったまま串をほおばり舌鼓を打つ者、屋台のそばの椅子に座ってスープを飲む者など、大勢の人でごった返している。
「この通りはいい店が多いのよ。外れもあるけど」
アンジェラ王女はそう言うと、目当ての店があるのだろう、迷うことなく歩いていき、とある屋台で豚串を買い込んだ。
「ここの豚串はおいしいのよ。塩だけのシンプルな味付けなんだけど」
アンジェラ王女は豚串を頬張ると、満面の笑みを浮かべる。
(王女様ともなると、あまりシンプルな味付けのモノを食べる機会もないだろうから、逆にってことなんだろうな……それにしても、さすがだな)
王女様が串にかぶりつくなど、はしたないような気もするのだが、それでも品が損なわれるでもなく、どことなく優雅な所作である。ただその表情は王城などで見た、とりつくろわれたようなものではなく、幾分無邪気というか、素直で満足そうな笑みであった。
「……可愛いな」
ユウヤがついポツッと漏らすと、アンジェラ王女は顔を真っ赤にし、
「え? あ? いきなり何なの? ユウヤったら! 」
と、手でユウヤの肩を思い切り突く。
その後もいくつかの屋台を回り、二人は腹を満たしていくのだった。
「そろそろ一息入れましょ。いいお店があるの」
昼を食べた後、いくつかの名所を回った二人は、瀟洒な喫茶店に入った。
王女様のお薦めなだけあって、紅茶は非常に香り高い、上質なものだった。
二人でとりとめのない話をしているうちに、紅茶も添えられたクッキーもなくなっていく。
「お代わりをもらいましょうか」
「クッキー以外も食べてみたいかな」
ユウヤがそういうと、アンジェラ王女は怪訝な顔をする。
「クッキー以外? ……って何?」
「へ? 」
「お茶に合わせるものと言ったらクッキーでしょ? 他に何かあるの? 」
(どれだけクッキー好きなんだよ……いや、待てよ……この店、紅茶のメニューはあっても、スイーツのメニューってないよな……いや、オリバーの家でもデザートってクッキーと果物くらいしかなかったような……)
ユウヤはアンジェラ王女に確認してみたが、どうもこの世界にはスイーツらしいものが殆どないらしい。
にわかに、ユウヤの料理人魂に火が付いた。
「クッキー以外の紅茶に合う食べ物を知ってる。作ってみようと思うんだけど、明日オリバーの家に来れる? 」
「そんなものがあるの? 絶対行くわ」
とアンジェラ王女が食いついてくる。
「じゃあ材料の買い出しをしないとな……どこで買えるんだろ」
「市場の場所はわかるわよ。行きましょ」
こうして市場に向かった二人。
二人とも市場のどこに何が売っているかわからないのでずいぶん迷ったりはしたが、何とか材料を揃えていく。
(牛乳、小麦粉、卵……お、ゼラチンもあるな。イチゴは……あっちか。ああ、道具もいるな。基本的な料理道具はオリバーの家で借りるとして、型は……ないよなぁ。鉄があれば『造形』の魔法作れるか)
「どこか鉄を売ってるところはないかな」
「鉄? 料理を作るんじゃないの? 」
アンジェラ王女は怪訝な顔をする。
「料理のための道具を作らないといけないんでね」
「確か、この市場にはなかったわねぇ……」
「鉄なら何でもいいんだ。武器とかでもかまわない」
「武器でもいい? ……まぁいいわ。それなら帰りに武器屋に寄りましょ」
こうして買い物を終えた二人は、家路についたのであった。




