黄泉へ
ロクでもない人生だった。
努力して、それなりの大学に入った。
だが、就職活動を始めるころには、就職氷河期に突入していた。
やっとの思いで水道関係の職にありついたが、そこはとんでもないブラック企業だった。
毎日夜遅くまで働かされ、土日もろくになく、しまいには体を壊し、退職する羽目になった。
一念発起し、料理人を目指すことにした。
調理士学校に通い、料理店で様々な料理を学んだ。
そして独立しようとした矢先、病に倒れ、長い入院生活の末、今死の淵にいる。
耐えることのない高熱に苦しみながら、「やっと……この苦しみから解放される……」などと考えながら……
意識は闇に沈んでいった。
床が、固い。
何かザラザラしている。
体を起こしてみると、地面に寝ていた。
辺り一面、乾いてひび割れた地面以外何もない。
空が、赤い。
自分を見ると、白い和服を着ている。
「これ……経帷子……だよな。てことは、ここは……あの世か」
辺りをよく見まわすと、はるか遠くに大勢の人影のようなものが見える。
とりあえず、そちらの方向に歩いていくことにした。
近づいてみると、無数の人が長い長い人の列を作っていた。さっき遠くから見えたのは最後尾だったらしい。
皆うつろな目をしている。最後尾の何人かに話しかけてみたが、何の反応もない。
別に行く当てがあるわけでもないので、とりあえず並んでみる。
(やっぱあの世だよなぁ、ここ。てことは、この行列は閻魔様の裁きか何かを待つ人の列ってことか?そんなに人生悪いことをした覚えはないけど……でもなんか仏教だと、虫を殺して地獄にウン億年とかなかったっけか)
つらつらとそんなことを考えていると、遠くから物音が聞こえてきた。
何の音か最初はわからなかったが、音は段々近づいてくる。
馬か何かが走っている音のようだ。
列の前の方に、砂埃が見えてきた。
何かがこちらに近づいてきているようだ。
そのまま見ていると、近づいてきたのは人を乗せた、立派な体格をした白牛だった。
白牛は金色の美しい装飾がついた馬具をつけている。
白牛は目の前で止まり、男が降りてきた。
タイあたりで見かける橙色の僧衣のようなものをまとっている。
男が話しかけてきた。
「安原勇也さんですね」
「えーと、そうですが」
「この牛に乗ってください」
男がそう言うと、白牛は乗りやすいようにするためか、目の前にしゃがむ。
男と二人白牛に乗り、白牛は走り始める。
白牛はどんどんスピードを上げ、背中の揺れはどんどん激しくなる。
だんだん気分が悪くなってきた。
「ちょっと、待って、くれ」
「しゃべると舌を噛みますよ」
白牛はそのまま猛スピードで走り続ける。
小一時間もたったころだろうか、前方に建物が見えてきた。
近づいていくと、何十階あるのだろうか、非常に巨大かつ壮麗な建物であったが、乗り物酔いで吐き気を抑えるのがやっとで、感慨がわくどころではなかった。
白牛は建物のそばで、やっと止まってくれた。
男に降りるように促され、吐き気を我慢しながら白牛から降りる。
建物には巨大な入口と、そこに少しずつ飲み込まれていく人の列があった。
男は建物の端にある通用口らしき入口を指し、
「我々はこちらからです」
と歩き出す。
男の後ろについて、建物に入っていく。
少し歩いた後、まさかのエレベーターに乗る。
50階までエレベーターで上がると、高級ホテルのような、豪華ながら上品な内装になっていた。
男は廊下を歩きながら、
「普通は、亡者の方がこんなところまで来ることはないんですけどねぇ。今回は特別ということで。……あぁ、この部屋ですね」
男はノックをし。
「安原勇也さんをお連れしました」
と言い、中に入るよう促すと、自分は元来た方向に去っていった。
部屋は会議室くらいの大きさで、ドアの正面に椅子があり、その前の机には6人の男女が座っていた。
(面接会場かな? )
6人とも何か厳かな、人ならぬ雰囲気であり、一目でただの人間ではないとわかる。
真ん中に座っていた老齢の男性が話しかけてきた。
「安原勇也じゃな」
「はい」
「我らは、諸々の世界に数多おる神々を統べる6主神である。向かって右から、火の神ギビル、我が聖の神マルドゥク、魔の神エレシュキ。水の神ダムキナ、風の神ニンリル、土の神エンキじゃ」
「そう……ですか。やっぱりこれから最後の審判……みたいなのが始まるのですか? 」
内心怯えながらおずおずと聞くと、マルドゥク神は苦笑を浮かべ、
「少し違う……そう怯えずとも良い。ただの死後の審判であれば、我々6主神が直に扱うことはないし、ましてや6人全員が揃うことなどあり得ぬ。今回は非常に稀な事態……正直に言うと、大変な不祥事が生じたための措置じゃ」
「不祥事? 」
「まずは、これを見るがよい」
と神が言……おっしゃると同時に、神の後ろの壁面に、映像が映し出される。
そこには、男が一人映っていた。
その男は両手両足を鎖につながれて喘いでいた。体中が傷だらけで、血まみれになっている。よく見ると男のいる部屋は牢獄のような造りである。
「……俺、いや私もああなるということですか? 」
「違う違う。汝の前世では、守護神という存在が知られておったであろう? …実はこやつは、汝の守護霊であった者じゃ」
「……そうなんですか。あまり守ってもらった実感はありませんが……」
「さもあらん。批奴は……汝を陰から守り導くという己の使命を完全に放棄しておったのじゃ。それだけでならまだしも、逆に汝が不幸になるよう、汝の一生にわたって働きかけ続けたのじゃ。己の邪な楽しみのためだけに、じゃ」
「!? 」
「汝は人生の節目節目で、悉くうまくいかぬというか、不幸な目にあってきたであろう? その悉くが、批奴の差し金だったというわけじゃ」
「そうだったのですか……」
「元々、汝の魂は人としてかなり高いステージにあった。前世では順調にいけば、其方の世界の中でも高い地位を得て、世の中全体をより良い方向に導くことで、さらに魂は高いステージに登る予定であったのじゃが、批奴のせいで全てぶち壊しになったのじゃ。よって、今は見てのとおり獄につながれておる。これから永劫の時間をかけて償わせる予定じゃ……批奴についてはそれでよいとして、次は汝のことじゃ。我々としては汝に償いをする必要がある」
「……それでしたら……もう来世とかはいいので、このまま消滅させていただければと……」
そう言うと、神はため息をつき、
「残念ながらそれはできぬ。この事態の責任者は我々じゃ。神である我らが、不祥事に補償をしないなどということは許されぬゆえな。そして、償いはすでに用意されておる」
「その償い、とはどのような……? 」
「まず、汝には他の世界に輪廻してもらうわけじゃが……赤ん坊として出生するわけではなく、我々が特に用意した肉体に、今の記憶を持った状態で、召喚に応じる形で転移してもらう。その上で、新たな使命を果たしてもらうこととする。事情が事情故、前世では果たせなかった分も含めてな」
「使命? 」
「その世界のとある場所では、魔力的な歪みが永い年月をかけて蓄積しておってな……その歪みを利用して、悪しき存在が魔界の眷属を大規模に召喚しようとしておる。想定される規模で魔界の眷属が召喚された場合、そのままにしておけばその世界は滅ぶであろう。それを阻止することが汝の使命じゃ。この使命を果たせば、汝の魂は今より高いステージに上がることになる」
「悪しき存在を打ち倒し、召喚を阻止しろということですか? 」
「少し違う。既に魔力的な歪みは大きくなりすぎており、悪しき存在を打ち倒しても、根本的な解決にはならぬ。よって、危険を伴う方法ではあるが、魔界の眷属が召喚されてから、眷属ごとその悪しき存在を滅する必要がある」
「私にそんなことができるとは思えないのですが……」
「無論、今のままでは無理じゃろう。汝には新しい肉体を与える。償いの意味を込めて我々が特別に誂えた、特別な肉体じゃ。力や速さだけではなく、魔力、理解力、知力、記憶力、知覚力など全て、人類とは隔絶した、最高の能力を持たせてある」
「魔力? 」
「ん? ああ、汝の前世では想像上の存在であったな。転生先の世界には魔法が存在する。全属性、全階梯の魔法を無尽蔵に使えるようにしておく。魔法の知識も簡単ではあるが、記憶に刷り込んでおくでな」
「……はぁ」
「寿命も長い肉体ゆえ、使命を果たした後は汝の好きなように人生を謳歌するがよい。この肉体をもってすれば成せぬことは無かろう。それが汝に対する償いじゃ」
「……わかりました」
「新しい肉体は能力が高すぎて、汝の今の感覚では扱いきれんじゃろう。魔法も汝の前世にはないものゆえ、同様じゃ。汝が新しい肉体に順応する意味も含め、召喚先の大陸に存在する6王国それぞれに存在する『試練の迷宮』にて、アーティファクトを集めるがよい。我らが直接創造したもので、それぞれに非常に強力であるゆえ、汝が使命を果たすに当たって大いに助けとなるであろう。魔界の眷属の召喚までは1年余りあるため、アーティファクトを収集し、6王国の力を糾合したうえで事にに当たるのじゃ」
「はい」
「それと、先ほど消滅したいと申しておったな。それは前世で汝の精神が疲弊しきっておるゆえじゃ。記憶はそのままに、精神の疲弊というか、歪みを抜き去っておこう」
「ありがとうございます」
「……む。転生先の世界で転生の儀式が始まったようじゃ。後の詳しいことは、転生先で聞くがよい。それでは、達者でな。……次の人生は、前世の分まで楽しんでくるがよいぞ」
その瞬間、体が光りだし、その光はどんどん眩くなり……全てが見えなくなった。




