12:父の怒り
シャーロットの婚約を聞いて誰よりも荒れたのは父親のランカスター氏だった。
まだ十六歳の可愛い盛りの娘がそんな歳の離れた男に嫁ぐなど許せない。
何より娘は第三王子と仲睦まじく踊っていたではないか。
「シャーロット、お前の未来視では何も見えなかったのか!」
「お父様、残念ですが見えませんでした。私の未来視は危険を察知するものです。王妃様の決めた結婚は危険ではないのでしょう。」
「お前をあんな男と結婚させるものか!パウエルの人間などと縁などいらん!」
シャーロットは怒るよりもただ泣きたかった。
自分の短い人生は終わったような気さえする。
気の毒そうな顔を向けてくるマーサを見てジョンよりはマシかと思ったりもしたが大差はないなと大きなため息しか出ない。
(なぜ結婚を急がせてくるの?学園を辞めさせてまで結婚を急ぐのには何か訳が?)
「シャーロット、でもあなたは王家の一員になれるってことでしょう?」
「そうね、それがご褒美に聞こえる?」
「・・・嬉しくないのね。でも貴族の娘なんて自分でお相手を選べないのが普通でしょう?」
「そうよ、知ってるわ。マーサだってそのうち王妃様に決められちゃうわよ。」
「・・・私はいいの。ジョンが結婚したがっているけれど、結婚できれば誰でもいいわ。お母様に楽させてあげたいから。」
マーサはいい方向に変わった。
やはり付き合うお友達がいいと変わるのだ。
あんなに我儘で伯爵の娘を気取っていたのに。
「じゃあお洗濯も自分でしなさいよ。この前サラ様が叫んでたわよ、私が何でも洗えると思うな!って。」
「あれは私が悪かったの。飾りのたくさんついた帽子を汚れたワンピースと置いておいたから。」
そもそもこの親子は何の目的でこの屋敷に来たのだろうか。
ある日シャーロットは母親に聞いてみた。
「ランカスター伯爵が嫌になったみたいよ。ひどく怒りっぽくて叩かれたりもしたそうよ。まあ想像できるわね。」
「ふうん。逃げ出してきたのね。第三夫人って籍はどうなっているの?愛人枠なら再婚しても問題ないんじゃないの?」
「そうね、もう少ししたら色々と変化があると思うわ。」
母親のマーガレットは少女のように笑った。
今のシャーロットは人の事など考えている場合ではないのだが何となくどうにかなるかも知れないと思えた。
(ラスティが助けてくれるって信じてる。)
期待も虚しくシャーロットの婚姻話は着々と進められた。
日に日に食欲もなくなり笑顔も消えた頃に父親のランカスター氏が言った。
「私の事業全般をこの国から撤退する。ミルドレッドの国へ行く。こんな国など何の未練もないからな。」
「え?あなた、ちょっと待って!シャーロットを残して移住なんてできないわ!」
「それはおいおい考えよう。まずは経済的な打撃を与えないと気が済まない。ご乱心な王妃を止められない陛下など信用も信頼もないからな。レイモンドも今移住手続きを進めている。」
父は他国にも友人が多い。学生時代に培った友情は大人になった今でも仕事でつながっているのだ。
「ランカスター家も父上の代で終わりだ。早いとこ兄上に引き継げばよかったものを。金の無心がしつこくなってきたから丁度いい。私の稼ぎは家族にしか使わない。」
父は本当にミルドレッド王国へ移住した。
王国の王太子殿下とは友人らしく喜んで受け入れてくれたらしい。
本社を移したけれど小さな工場などはまだこちらにある。従業員の生活を考えて残したのだろう。
兄ももちろんついて行った。
母はシャーロットを一人残していけるはずも無く屋敷に残り辛かったらいつでも帰ってくるようにと言ってくれた。
そうしてシャーロットは何の準備期間もないままパウエルへ嫁がされることとなったのだ。
「結婚式はしません。父が祝福していないからです。」
それだけがシャーロットの出した希望で唯一叶っただけで王宮からさほど離れていないパウエルの屋敷で新婚生活が始まってしまったのだった。




