11:夜会
ラスティがシャーロットをダンスの相手にした時に王妃は怒りに震えた。
自分の息子は絶対にマーガレットの娘やアシュフォード家の娘などを受け入れるものか。
息子達も他家の娘達も私が相手を決めてやろう。
この手の話で揉めることは多い。
ならば最初から王妃の権限で選べば争いもなく揉め事も無い。
マーガレットとブリジットは同じ女学園に通い幼い頃から友達だった。
二人と同じように同級生は親しみを込めて名前で呼び合っていた。
けれどローズは人見知りで中々打ち解けられずにローズ様と呼ばれていて距離を感じたりもした。
それは声をかけてもそっけなくあまり笑わないからで令嬢たちは決して嫌っていたわけではない。
十六で社交界デビューをした時にローズのファーストダンスの相手は現陛下だった。
何故選ばれたのかわからないが陛下が優しく微笑んでくださりそっと手を差し伸べられた時緊張のあまり頭が真っ白になったのを今でも覚えている。
その時のドレスは淡い菫色でボリュームのあるスカート部分に手の込んだ刺繍が施され揺れる裾が美しかった。
何ヶ月も迷って選んだドレスに母がそれに合わせたネックレスをプレゼントしてくれたけれどうまく微笑みを浮かべられただろうか。
その後は変わり映えのしない日常に戻りあのダンスは夢だったのかと思えるほど何もなかった。
それから何年か過ぎ卒業と同時にクラスメイトたちは婚約したり結婚をしたりした。
一番初めに婚約を決めたのはブリジットでその相手が噂されていた隣国の王太子殿下ではなくアシュフォード公爵家の長男だった事に驚いた。
マーガレットはその少し後からランカスター伯爵の末の息子との婚約が決まりローズは少しづつ焦り始めた時にまさかの王太子殿下から婚約者にと言われた時には両親共々ひっくり返るほど驚いたものだ。
順調に結婚が決まり三人の男の子に恵まれ幸せいっぱいに過ごしていたが陛下になった夫が
「血が濃すぎるのを避けるためにローズを選んだのだ。」
と言われた時には足元から何かが崩れそうになり目の前が真っ暗になるとはこういう事なのかと知った。
けれど長年共に過ごしてきた二人の間には濃くはないかもしれないが愛情も確かにある。
陛下から酷い扱いも傷つく言葉もかけられたことなどない。
けれどその言葉はローズの心を抉ったのは間違いない。
陛下にも向けていた愛情は三人の子供達にしか向かなくなったから。
私の子供達が幸せな結婚を送る為に選んであげましょう。
血が濃すぎることのない美しくて賢く従順な娘を。
王妃の重い愛情は真っ直ぐに歪み三人の王子に絡みついた。
「初めてのクリスマスの夜会は一生の思い出になりそうよ。ラスティもそう思わない?」
「そうだな、楽しかったよ。」
「手袋で隠れちゃったけれど指輪もしてるんだよ。ネックレスもありがとう。」
「気に入ったか?」
「うん。大切にする。」
火照った頬を冷やすためにバルコニーで風に当たっているのはシャーロットとラスティだけではないようだ。
数人の男性のグループに恰幅の良い夫妻、おそらく求婚中の若い二人。
「シャーロット、母上から何か言われていないか?」
「何も?やっぱり反対されているの?」
「やっぱりって?」
「だってホワイトパーティーのテーブルの位置で王妃様の考えていることぐらいわかるわよ。私とジュリエットは遠い席だったから。」
「そうなんだよな。でも急に何も言わなくなったのはおかしいだろう?一応警戒はしておいてくれ。」
「大丈夫よ、私は未来視の力を持ってるの。危険を察知するのは出来るから。」
ラスティはそれもそうかと思った。
王妃の動きはないけれど王妃の実家は調べている最中だ。
「何か飲もうぜ。酒も解禁だろう?」
「私はシュワっとしたジュースがいいな。」
二人は仲睦まじく手を絡ませながらホールに入ろうとしたが男性に声をかけられた。
「やあ、ラスティ。君の恋人かい?」
背の高いラスティが見下ろすように男性を見るとタバコを手にしながらニヤッと笑いかけてきた。
「あぁ、叔父上ではないですか。タバコの吸いすぎではありませんか?歯の色がくすんでいますよ。」
「ランカスターの娘か、良い歯磨き粉はないのか?他国から取り寄せてくれよ。」
「あちらに父がおりますので直接聞いてください。」
その答えが気に入らなかったのか小さく鼻を鳴らしてシャーロットを上から下まで舐めるように見てきた。
「まだ子供だな。ようやく手足が伸び始めたか。髪はプラチナブロンドが一番だが変わった金髪だな。目の色も見たことがない。」
「子供に言うことではありませんよ。王妃のお身内がそのような態度では困ります。叔父上のパートナーはどちらに?ご挨拶をしなくては。」
年齢不詳のその男は睨みつけるように何も言わず去っていった。
「母上の弟だ。ああ見えて二十代なのだが未婚で性格に難有りでな。」
「でしょうね。」
「五人兄妹の一番下の唯一の男児で随分と甘やかされて育ったようだ。あれだけは関わりたくないのが本音だな。」
「激しく同意します。」
ラスティとダニエルは王妃様の良い所を全て受け継いでいるようだ。
プラチナブロンドも緑色の瞳も背の高いところも。
あの男は一つも同じところが見受けられなかった。
「子供はある程度厳しく育てなくてはな。」
「激しく同意します。」
「シャーロットに似た女の子だったら甘やかす。」
「私もラスティに似ていたらでろでろに甘やかしちゃいそう。あんまり可愛くて落書きしちゃうかも。」
「それはやめておけ。」
この時はお酒も飲んでいないのに夜会の雰囲気に酔っていたと思う。
普段髪にしか触れてこないラスティが肩に腕を回したり指を絡めたりしてきたのがとても嬉しかった。
父や母からの生暖かい視線や着飾ったマーサのぽかん顔やジュリエットの微笑みも祝福のように思えた。
だけど。
夜会の翌日に王家から届いた手紙には王妃の弟であるジョージ・パウエル氏との婚約が整ったと書いてあった。
 




