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モルガン家の、母と娘、そして父。

「お母様、無事合格しましたわ!しかも主席合格です!」

「まあ!おめでとう、アンネリーゼ。さすが私の娘だわ」


試験から一週間。合格通知を受け取ったアンネリーゼは、息を切らせて母ヒルデガルドの居室に駆け込んだ。

アンネリーゼは父ヴィンセントとは疎遠であるが、母とは良好な関係を築けていた。母は体が弱く、ほとんど居室に篭り切りである。たまに庭に出ていることもあるが、ほとんどはベッドの上で本を読んで過ごしていた。読書の趣味はアンネリーゼと共通しているので、アンネリーゼは勉強の合間に母から本を借りては読んでいた。

母はお抱えの小説家を何人か雇っているようで、時折新作の小説が届けられる。ロザン帝国各地をモチーフにした小説で、ワクワクするような冒険譚から権謀術数渦巻く政治劇まで様々なタイプのものであった。

アンネリーゼも条件付きで読むことを許されていたが、母が選んだものだけ渡されるシステムであり、それが少し不満ではあった。


「あなたなら確実に受かると思っていたわよ。でも、主席まで取ってくるなんて」


母に褒められたのが嬉しくて、アンネリーゼはベッドの上で座っていた母に飛び掛かるように抱きつく。頭を撫でられ、腹の底から暖かな気持ちが湧いてくる。


「ありがとうございます、お母様。試験はそれほどでもなかったですけど、他が色々大変でしたのよ!」


そう言って、アンネリーゼは母に試験日のあれこれを話す。試験前に大渋滞に巻き込まれたこと、事故の対応を手伝ったこと……。


アンネリーゼの志望科は魔導科であった。他の選択肢には騎士科、政治経済科があったが、そもそも運動がからきしであり、武道経験もないアンネリーゼには当然騎士科という選択肢はなかった。


宰相の娘という立場からは、政治経済を学ぶ方が良いのではないか、という気持ちがないわけでもなかったが、いくつかの理由からアンネリーゼは魔導科を選んだ。


一つ目は、モルガン家の立場である。当代のバルガルド帝王に引き上げられ父が宰相を任されているものの、一代限り、という見方が国内には根強かった。そもそも貴族の格としては中流以下であり、その父が重要ポジションに収まっているというのは嫉妬も多い。万一にもその娘が政治を学ぶ素振りを見せれば、警戒が高まることは間違いなかった。


また、アンネリーゼは知っている。父が後4年もすれば大それた謀反を起こすつもりであることを。そんなことになった時、学んだ政治は果たしてアンネリーゼを守ってくれるだろうか?身を守る魔術がある方が、生存確率は高まるだろう。


そして最後に、これが最も大きい理由であるが、アンネリーゼは魔法が好きだった。この年齢で最上級魔術を使えるのは才能もあるが、好きこそものの上手なれ、という言葉通り、本人の魔法への熱量に支えられた努力にも裏打ちされたものであった。


魔導科の試験は、学力、面接、魔術の実技、の順であった。アンネリーゼはこの順番を知った時から、実技試験でかましてやろうと心に決めていた。最上級魔術を使うとほぼ魔力を使い果たしヘロヘロになってしまうので、もし実技が先であれば上級までしか見せられないところであったが、順番がアンネリーゼの味方をした。

つつがなく学力試験と面接を切り抜け、魔導練習場で他の受験者が中級魔術や、背伸びした結果威力が伴わないカスカスの上級魔術を披露している中、最上級魔術の『地獄の業火』を放った時のざわめきは、アンネリーゼのささやかな自己顕示欲を満たすのに十分であった。足の力が抜け、そのままその場でへたり込んでしまったが、それでも結果として主席合格ということは大きな減点にはならなかったのだろう。


そう言えば、とアンネリーゼは思い出す。試験が終わってハラルドに声をかけられたのだった。疲れ果てていたので話半分に聞き流したが、どうやら事故の犯人として御者が騎士団に連れて行かれたばかりでなく、馬車も証拠として騎士団に回収され、お屋敷に帰る足がないということのようだった。おそらく御者もハラルドに煽られた被害者であろうと思うと気の毒ではあったが、実際事故を誘発したのは御者の運転であり仕方ない部分はあるだろう。すげなく断ったが、その時のハラルドの顔は見物だった、と帰路の間中カティはご満悦であった。


「それで、お母様!私、入学式で新入生代表の挨拶を任されましたの!」

「まあ!楽しみね」

「……お母様も、入学式に来ていただけますか?も、もちろん、体調が良ければで構わないのですが……」

「もちろんよ!這ってでも行くわ!」

「……ヒルデガルド様、しかし、お体は……」


侍女長であり、常に母ヒルデガルドの側についているエレーナが懸念の声を上げるが、母は聞く耳を持たない。

「エレーナ、お黙り。這ってでも、と言ったのは取り消すわ。死んでもいくわよ」

「……お母様、さすがに私も死んでまで来てほしくないのですが」

「嫌ね、アンネリーゼ。冗談よ冗談」

そう言って笑うが、母の目は一切笑っていなかった。その姿にかつて才女として名を馳せた母の凄みを感じて、アンネリーゼは少し身震いした。


「そう言えば、ヴィンセントも来賓で行くらしいわよ。喜ぶわ、きっと」

急に父の名前が出てきて、アンネリーゼは少し動揺する。平静を装い返事をする。

「そうですか」

「もう、興味なさそうな顔しない。本当に、あなたの父親嫌いにも困ったものね。年頃の女の子だから仕方ないのかしら」

「嫌いではありませんわ、お母様」

「分かります、お嬢様。私もお嬢様の歳の頃は父と刺し違える覚悟でした」

「そんな覚悟はありませんわ、エレーナ」


エレーナが拳をにぎり熱く同調するのをやんわり否定する。この侍女長はかつて、剣の腕一本で鳴らした剣豪であったそうだ。ゆったりとした侍女服に身を包んでいると分かりにくいが、その下には引き締まった体が隠されている。幼い時湯浴みの時に見たその姿はアンネリーゼを震えあがらせた。一説には、このモルガン家がその役職の割に少ない警備兵でやっていけているのにはこの女傑が関わっているとも言われている。


アンネリーゼと父親の距離感のことを、周囲はアンネリーゼが思春期特有の父親に対する生理的嫌悪感から避けていると解釈していた。実際には、アンネリーゼは父の謀反の企てを知ってから、どういう顔をすればいいのか分からず避けてしまっていたのだった。しかし長年の蓄積の結果、アンネリーゼと父ヴィンセントの間には大きな隔たりが生まれてしまっていた。


(お父様が来る……)


アンネリーゼは突然、やや自分が緊張し出したことに気がついた。じわっと背中に嫌な汗をかく。そんなアンネリーゼを見つめていた母だが、何かを思い出したのか、ハッとした顔でパンと手を叩く。

「そうだわ!エレーナ、あれを」

「お嬢様、こちらを」

「なんですか、これ?リスト?」


手渡された紙には、人の名前がずらっと並んでいた。得意げな母が鼻高々に説明する。


「ふふふ、学園の有力人物のリストよ」


そう言われて再度目を通す。有力貴族のご子息や、他国の王族などが、その背景情報からまとめられている。しかし、ただのリストではなく、謎の茶目っ気で一番上に『後は自分で調べてみよう!』という謳い文句があり、リストの所々に穴あきになっていた。


「こんなもの、どうやって作ったのですか?」

「ふふふ。学校生活に必要でしょ?」


はぐらかす母に困惑する。


「ええと、あったら有り難いですけれど」

「でしょう?私も入学の時にお母様、つまりあなたのお婆ちゃんからもらったのよ。よかったわ、母としての責務が果たせて」


残念ながら箱入り娘であるアンネリーゼは、普通の家庭でこんなものは登場しない、という事を知らない。母の責務とはそういうものなのだろうか、とアンネリーゼは首を傾げながらそのリストを読み進める。どうやって調べたのか、今年の新入生の情報まで含まれていた。一番最後の名前まで辿り着いたところで、アンネリーゼはぴたりと止まる。


「……お母様」

「どうしたの?」

「この最後の人、私、この間会ったかもしれません」


そこには、『ネムス・ジーコール』という名前と、一言、『革命児』とだけ書かれてた。

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