『時光、大食調の入調伝授に当たり速記者を警戒すること』速記談6017
大納言藤原宗俊卿は、豊原時光の笙の弟子であった。大食調の入調を、すぐにすぐにと言って、なかなか教えなかった。何年もたった後、ある年の五月二十何日か、激しい雨の夜に、時光が急にやってきて、今夜例の大食調の入調を伝授いたしましょう、と言った。宗俊卿は大層喜んだが、時光は、これからお教えする曲は、秘伝の曲ですので、譜面に書き起こされたりなどしては困ります。大納言様の御殿には、優れた速記者などもおりましょう、と言って、大極殿まで移動したが、誰か聞いているものがいるといけない、と言って、かがり火を手に取ってあたりを見回ると、蓑笠を来た男が一人ひそんでいた。誰か尋ねると、武吉です、と答える。名だたる笙の名手である。時光は、そうか、とだけ言って、結局、宗俊卿は、大食調の入調を伝授してもらえなかった。
教訓:速記文字にも、秘伝と言うほどではないが、高度なものがあって、先輩をだまして…頼み込んで教えてもらうなどということがあったものである。それはさておき、曲を速記で書きとめられるものだろうか。