8.異なる世界(8)
「ネームプレート作成も終わったので、こちらへどうぞ」
そう言って受付嬢は受付の横に置いてあるモノの方へと促してきた。
現物で見るのは初めてだが、何だか占いといえばこれみたいなよくある水晶玉だ。
「えっと、これは?」
「簡単に言うとあなた達の素質を視るための魔道具ですね。名を魂環と言います」
さっそくギルドの定番アイテムご登場ときた。
見た目はシンプルな水晶玉にしか見えないが、この玉が何をどこまで視れるというのかはまだ一切分からない。
「……ちなみに魔法以外だとどういったものが測定されるんですか?」
「測定、とはまた違いますね。別に数値化される訳ではありませんので……ちょっとした儀式みたいなものです。魂環に触れると、触れた方の力に呼応してその人の身体的才能や特徴、扱える魔法や能力などが分かります。それを『受付嬢』であると同時に『記録員』でもある私が読み取って冒険者カードに登録情報を書き込むという形ですね」
「『記録員』?」
「魂環から正確に情報を読み取るには魂環との魔力の共鳴度が高くないと無理なんです。なのでギルドで受付をしている人達はみんな記録員の資格を持ってるんですよ」
「へえ、そんなのもあるんですね」
こういうのを聞くと、ただのゲームの世界に入ったのとはまた違うという事を思い知る。
ゲームであればこうした細かい設定は省かれがちだが、この世界にはちゃんとした理由もあるらしい。魔力の共鳴度に関してはいまいちピンと来ないが。
「あ、じゃあ私からしていい? ここで幸輝には私の女神たる強大な潜在能力ってのを見せてあげるよ!」
「女神……?」
「ただの妄言なんで気にしないでください」
バレたら色々まずいのに何故自信満々に言ってしまうのかこの見習い女神は。
幸輝のありがたいフォローを見事にスルーし、リゼは言われたままに水晶玉へ手を置いた。すると突然、リゼの手が触れた魂環の中が白く輝きだす。
「お、おお……!」
元いた世界では見る事のできないような発光が幸輝の少年心を刺激していく。
マンガやゲームでよく見ていたから何となく分かる。あれはまさしくステータス的な何かを現在進行形で計っているのだろうと。
次にリゼが手を置いてある魂環に受付嬢が両手をかざす。おそらくさっき言っていたようにあの水晶から何かを読み取っているんだろう。
さすがにアレからリゼが女神だなんてバレることはないよな、と微かな不安もあるがこの際どうしようもない。普通に冒険者としての素質があることを祈るばかりだ。
彼女は何やら慢心に慢心を重ねたような顔をしているが、実際幸輝にはリゼの力とやらが駆け出し冒険者としてどのレベルかは分からないのだ。
女神としての出来はこの世界に例えるとおおよそ下級ぐらいらしく普通に見れば低ランクに思えるが、あくまで女神の中での下級だ。こういった世界ではむしろ女神的に評価が高くなっていてもおかしくはないはずだと考える。
(これはひょっとしたらひょっとするか?)
そう、何しろ女神だ。よく考えなくても普通の人間と女神では存在そのものの格が違う。
人と女神。本来比べるまでもない差があるのは当然の事だ。そんなことを考えているうちに魂環の光が落ち着きを取り戻し、受付嬢が読み取った情報を整理して冒険者カードに書き出していた。
そして受付嬢はひと通り書き終えて確認したあと、言い慣れた空気感でこう告げる。
「はい、リゼさんの能力を総合的に見ると平均より少し下って感じですね。冒険者の階級で言うと下級くらいです」
「やっぱチェンジで」
「何でそうなるの!?」
まさかの何も変わらないという、まさに何とも言えない結果に幸輝もつい本音が出る。
女神のくせして平均の冒険者以下とか転移者のサポート役として大丈夫な訳がない。
「せっかくのサポート役が役に立つと思って少しでも期待した俺の気持ちを返せこの野郎! 能力的に穴だらけかもしれない見習い女神とか安心して背中預けられるかってんだ! というか今更だけど“見習い”女神ってなんだよ!」
「なぁん!? そんなこと言うんだったら幸輝もさっさと計りなよ! 偉そうなこと言って私より低かったら分かってるんだろうね!?」
「ああ分かってるよ靴でも何でも舐めてやんよそれとも土でも食ってやろうか! こちとらさっきがボロボロすぎてもうこっちがめちゃくちゃ良いフラグしか立ってねえんだよよーく見とけ!」
「その前にリゼさんの説明をさせてもらっていいでしょうか」
「「あ、はい……」」
さすが受付嬢、数々の冒険者を送り出してきただけの事はある。幸輝とリゼの口争いにさっそく慣れてきた様子であった。
リゼの情報が書かれた冒険者カードを持った受付嬢はそれを見ながら説明を始める。
「魂環から読み取ったリゼさんの素質をざっくり説明しますね。えー、まず身体能力は一般女性と変わらない程度で冒険者としては少し不安ですが……魔力はなんと常人の五倍以上はあります。扱える魔法については干渉型の支援魔法がメイン、努力次第で具現型の支援魔法も使えるようになるとの事。基本情報はこのくらいですね。総合的に見てリゼさんの冒険者階級は下級ですが、全ての冒険者は最初にどれだけ優秀な素質を見出されても序盤は安全な初級クエストからしか依頼を受けられないので、特に心配は無用ですよ。といったところで、リゼさんの冒険者としての始まりはまあまあってところでしょうか」
「ねえどう幸輝! 私ってばまあまあだってさ! あながち悪くもないんじゃないかな!?」
(女神なのにまあまあ程度で納得できんのか……)
女神としての自覚があるのかないのか分からなくなってくる武器センスゼロ少年。
これからの事が既に不安でいっぱいになりそうだった。幸輝の悩みをよそに受付嬢はそのまま説明を続ける。
「そうですね。リゼさんの場合、常人の五倍という下級冒険者には見合わないほど魔力量が多いというのが特徴でしょうか。人によっては何か一つだけ秀でている才能や能力はたまに見かけますが、リゼさんのように駆け出しで魔力がこんなにも多いのは特に珍しいと思いますよ」
「魔力は多いに越した事はないけど……支援魔法がメインっていうのは? 魔法にもジャンル分けとかされてるんですか?」
「はい。実は支援魔法を使えるというのは結構珍しいんですよ。基本的に魔法は一人一つの系統しか使えないので、そういう意味でもリゼさんは一人で身体強化や防御魔法など様々な支援魔法を使えるという事ですね」
「ふふーんっ」
隣の女神が自慢気な反応をしているが、幸輝的にこの結果は実際ありがたい限りだ。
この際冒険者としての階級よりも大事なのは実戦でのサポートでリゼがどう役に立つかによる。
この結果だとリゼは魔力が多く、その分後方で防御魔法や強化魔法といった支援をするのがメインで決定だろう。
そして当然、クエスト中に魔物と出くわしたとなれば嫌でも幸輝は前衛での戦いとなる。どれだけ武器のセンスがないとされても、そこは冒険者になるからにはどうにかするしかないのだ。
とすればである。
「といったところで、リゼさんの説明はこれで終わりです」
「……よし、次は俺だな」
第二に重要になってくるのは幸輝の素質と魔法だ。
サポートがいくら優秀でもそれを上手く活用するための力がいる。真道幸輝に武器を扱う才能はない。ならば必然的に考えられるのは拳や蹴りといった格闘で戦うか、まだどんな才能があるかも分からない魔法に懸けるかである。
リゼがやったように魂環へ手を置く。やはり同じように白い光が内側から輝き出してきた。
受付嬢もいつも通りの流れで魂環から真道幸輝の情報を読み取っていく。
(チート能力も貰えなかったし武器のセンスまでないに等しいんだ。ならもう使える魔法がとんでもなく強いっていう可能性に懸けるしかねえ。転移者としての特典をここで勝ち取ればこの先の生活も少しは安泰になれるはず!)
緊張もあるにはある。しかし、幸輝としてはもうここで転移者特典が来ると分かっているようなものだ。
あれだけ期待を奪われた挙句、ここでもそんな事が起きるなんて絶対にない。そんなのは転移モノの展開としてご法度のようなものであるとマンガやラノベを嗜んでいる幸輝は思っている。
この緊張はどれだけ結果が良いか、自分がどんな魔法を使えるかという高揚感から来るものだ。
先ほどまでは不安しかなかったが、ここまで来ればもうその心配は無用。むしろここでまで平凡だった場合、この先どこで転移者特典を貰えるか皆目見当もつかない。
「さあ来い! 俺を最強へと導くチートステータスよお!!」
「ッ……これは……!?」
目一杯叫ぶ。それに応えるように受付嬢がリゼの時にはなかった反応を示した。
見たことのないような才能があるとか異常なまでに強い魔法の素質があったとかそういう期待しかないこの状況で、光が消え普通の水晶玉に戻った魂環から情報を読み終えた受付嬢は、幸輝の顔を確認しながらこう言った。
「えーっと……最初に結論から申し上げますと、コウキさんの総合的な階級は……あ~、その、一番下の初級……ですね……」
「うわぉ」
「だから何でだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」
真道幸輝、渾身の叫びであった。
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