7.異なる世界(7)
扱えそうな武器は何なのかという確認をしようと言われ受付嬢に着いて行くと、そこはギルドの裏にあるちょっとした広場だった。
街の中心地とは言ってもやはり駆け出しからそこそこ手練れの冒険者がたくさん集まる場所。
ギルドの裏は他の街並みとは少し違い、三メートル程の石塀で囲まれており多少の訓練ならできるほどの広さがあった。
「先程も説明した通り、ここでお二人の実力を一部測るために武器を使用してもらいます」
「あのう、一応聞いときますけど簡単な検査みたいなものなんですよね? もし教官的な人と戦えとか物騒なこと言われても普通に無理なんですけどそこんとこどうなってます?」
「ご安心を。こちらでやっていただくのは武器を使ったテストです。この広場では初心者の訓練用に使われている木刀、弓などを使って各々に合いそうな武器は何なのか、というのを軽く知っておくための確認ですね」
「……あー、なるほど?」
あらかじめ自分の得手不得手を知っておくことで、そこから己に見合う武器などを選べばいいという事だろうか。
近くを見ると木刀、両手剣、弓、斧、槍、ハンマー、他にもいくつかの武器があった。確かに武器の選択肢が多い分、最初の内にあらかた試して決めておくのは悪くないと幸輝自身も思う。いわばチュートリアルの序盤。
しかし、ここはゲームのように自由の利く世界でもない。何を使いたいか、という優しい選択肢は元より用意されていないのだ。何を使いたいか、ではなく何なら使えるのか。
全ては自分の才能と力量次第、というところに若干のプレッシャーを感じる。元の世界では運動神経は良い方であったが、この異世界でそれがどこまで通用するかは分からない。
何しろ相手はアニメや特撮でしか見た事ない怪物のような魔物だって含まれているのだ。
下手をしなくても生死が関わってくるであろう戦闘になれば、ケンカ程度しか経験がない真道幸輝にとって武器や魔法、魔物の相手なんてのは色々と未知数すぎる。
「魔法に関してはまた後ほど室内で色々見るので、ここでは自由に武器を振るうだけで大丈夫ですよ〜」
「やっちゃってよ幸輝! これから冒険者という名の勇者、真道幸輝が誕生する瞬間を見せてあげて! ただの冒険者じゃないってみんなに思い知らせちゃおうよ!」
「普通の生活をするって言ってんでしょうが! 勇者なんて肩書きは俺には重いんだっつうの!!」
とは言ってもだ。
チートめいた能力は無理にしろ、この世界で平均程度に使える魔法くらいは幸輝も欲しいと思っている。
剣を振ったり弓を射るだけのこのテストはまだ気楽にいけるが、実際一番気になるのはそこだ。
剣道は体育の授業で何度か経験はあった。弓道は未経験だが無理そうなら弓を使わなければいいだけの話。
検査と言ってもこんなのは幸輝にとって前座でしかない。
つまり、まずはこの手に取った訓練用の木刀を的に向かってそれっぽく振りかぶれば話は進む。
(センスはあってもなくてもこれから先磨いていけば良い。竹刀を自由に振り回す感覚でいけばそれっぽくはできるはず。よし……)
そして、幸輝は木刀を構えた。
──
さて、結果はと言えば。
「え~と……どの武器もセンスゼロですね……」
「何でだよ……」
ギルド内の受付前で膝から崩れ落ちていた。
「弓やハンマーといった普段使わない武器は扱いが難しくて向かない方も結構いますが、まさか剣すら向かない方がいるとは思いませんでした……」
幸輝のセンスのなさにもはや受付嬢までも苦笑いせざるを得ないようだった。
なまじ少しでも自信があった故に純情少年のショックは大きい。
「凄いよね。まるで狙ってないとこに剣振りかぶる人なんて私も初めて見たもん。しかも途中見兼ねた冒険者の人がアドバイスと一緒に訓練の相手してくれてたけど一発もまともに当てる事できてなかったし。もはや不自然レベルだったよ。多分成長の見込みもないんじゃない?」
「うがあああああああああああ!! やめろよぉ!! 俺が一番気にしてることをピンポイントで抉らないでっ!! なんか自分でも不自然なくらいにやりづらかったんだって! 先輩冒険者に至ってはお世辞も言えなくて苦笑いしかしてくんなかったんだぞそんなに哀れだったか俺!!」
「実際哀れだったよ」
幸輝、まさかのサポート役の女神にトドメを刺される始末。
誰が見てもへんてこりんな剣捌きと真剣な顔でそれを扱う幸輝のミスマッチさに、周囲の冒険者は黙って顔を背けていたのをリゼはちゃんと見ていたらしい。
魔法がどうのこうの言ってる場合ではなかった。
剣は当たらず、弓矢は明後日の方へ飛び、ハンマーや両手剣は重くて満足に振り回す事すらできなかった。運動神経は悪くないはずなのに何故こんな結果になったのか自分でも分からない。
壊滅的なセンスのなさにこれから冒険が待っているとか言われても一瞬で引きこもり生活になってしまいそうである。
「コウキさんに対してリゼさんは重い武器以外ではどれも平均程度にはこなしていましたね」
「ふふんっ、どうかな幸輝? 今のところ私は幸輝よりも断然優秀なんだけど。幸輝の期待通りじゃない女神とはいえ私を見くびらない事だね! 何せ私の方が基本能力も上みたいだし!」
「うるせえまだ全部終わった訳じゃねえだろ! 次の魔法がどうなるかまだ分かんねえんだ! むしろこっからが本番ってもんよお!! 転移者らしくここで一発ぶっ飛んだ力が俺にはあるって分からせてやるからな!」
割と何でもそつなくこなしたのは女神リゼの方だった。
突出した実力ではないにしろ、ほとんどの武器を最初から扱えるという選択肢の多さは駆け出し冒険者として結構なメリットだろう。
ドヤりながら幸輝を見下ろすリゼと、それを睨み返す幸輝の会話にちょっとした疑問を浮かべながら受付嬢は次のステップへと促す。
「えーと……では次なんですけど、コウキさんの仰っている通り魔法の方に移らせていただきますね。その過程でお二人の魔法の素質、他にも色々な事も分かるかもしれませんよ。あっ、でもその前に……」
何だか気を遣われているような気もするが、幸輝としても早く自分の能力を知りたいのでそそくさと立ち上がる。
思い出したように受付嬢が取り出したのは五センチほどの小さな細い木の板だった。
「これは?」
「ネームプレートです。ここに限らずギルドに所属している方々は全員持っているんですよ。誰がクエストに出ていて誰がギルドにいるかなどを分かりやすくするためですね」
クエストボードの方を見ると、その横にはいくつかのネームプレートが壁に立て掛けてあった。
一人一人ネームプレートを掛ける場所があるが、半数以上のネームプレートがないのを見ると大半の冒険者はクエストに行っているという事だろうか。
「ではここに名前を刻むんですけど、私もちゃんと確認しないままお呼びしてましたがお名前はコウキさん、そちらがリゼさん……でしたよね?」
「はい、フルネームはマトウコウキなんで、それでお願いします」
「私はリゼだけなので合ってますよー」
確認をとった受付嬢はその名前を羽ペンのような物でネームプレートに書いていく。その直前、一瞬だけ羽ペンの先が青く光ったように見えた。そのままペンを走らせると、ネームプレートに文字が刻まれていく。
今更ちゃんと見て思ったが、この世界の文字も理解できるようになっているらしい。というかギルド内の周囲に所々書いてある文字がこの世界の一般的な文字なんだろうが、どことなく日本語や漢字、はたまた英語っぽい表記に似ているように見えるのは気のせいだろうか。
とにかく登録された冒険者の名前を毎回書いているからか素人目で見ても何となく受付嬢が達筆だというのは分かった。
「このネームプレートは基本的にクエストボードの横にある壁に立て掛けてあります。なのでクエストに出向く際には掛けてあるネームプレートを外して持って行ってくださるとギルドには不在中という事になります。持って行ったネームプレートは依頼先で人と会う際に見せると依頼を受けた冒険者だという証拠に使えますよ。ちょっとした名刺のようなものですね」
「なるほど。けどそれって誰かに盗られたりしたら悪用されません?」
「大丈夫です。特殊な魔法ペンで私が書いたものなので、本人が魔力を込めた時にしか反応しないようになってるんですよ」
「……なんか凄えなこの世界の技術……」