6.異なる世界(6)
そうこうしてる内に街に着いた。
「さて、ここが私達のスタート地点となる始まりの街、『ラーノ』だよ!」
「実際に来てみると結構大きい街だな」
「ささっ、早くギルドに行こ!」
「そんな焦んなくてもギルドは逃げないんだし道とか覚えながらゆっくり行こうぜ」
幸輝の脳内では最初の街ほど案外小さかったりしょぼかったりするようなイメージだったのだが、案外そんな事はないらしい。
街の中を歩いていると普通に店っぽいものや様々な建築物がある。元いた世界のように現代チックなビルや家はあまり見当たらないが、赤やグレーのレンガ調といった建物が多くあったりする事からこれがこの街全体の特徴なのだろう。
「もっと少ないと思ってたけど人もいっぱいいるんだな。店も色々あるし」
「そうだよ。本来は始まりの街にこそ色んな装備やアイテムがあるべきなんだから。ゲームみたいに最初はろくでもない武器とか心許ない装備で戦いたくないでしょ?」
「確かにそりゃそうだ。……ん?」
ここで幸輝の視界に見慣れない何かが映った。というかすれ違った。
街だから色んな人々がいるのは当然だろう。特徴的な髪色や髪型をしている人がいてもおかしくないこの世界。冒険者という職業もある事から屈強そうな男性もちらほらいる。
そこまではいい。リゼから聞いて想定していたからそれはまだいい。
しかし、街の中だからこそあれはどう見ても目立っていて普通の人間じゃないような人がいた。
「な、なあ、今すれ違ったあの金髪の人って……」
「え? どれどれ?」
「ほら、あの耳が長いというか尖ってる人。まさかとは思うけどあれって……」
幸輝の指差す方向を見るリゼ。
と、同時にへらへらとした感じでこう言った。
「あー、エルフ族の人だね。さっき説明したじゃん、ああいう人達は亜人族や異種族と呼ばれてるって。新鮮で色々気になるのは分かるけど早くギルド行こうよ」
「おいちょっと待て」
「ぶぎゃう!?」
さっさと行こうとするリゼの羽衣を引っ張る。
何かがどうも噛み合ってないような気がしてならない。というか疑問しか出てこなかった。
「エルフって亜人族とかに位置してんのか? というかエルフは普通森の中に住んでて基本はこういう街中に現れないもんなんじゃねえの!? 俺の中ではもっと神秘的なイメージがあったんだけど! もっと詳しい説明がないと困る!」
エルフは基本的に人間が寄り付かない森の奥に住んでいる妖精や半神的存在だと思っていたが違うのか。
何せ始まりの街に余裕で溶け込んでいる。誰もそれに違和感を抱いていないし、それが当然とすら思って気にも留めていないようだった。
エルフという存在自体はアニメでも見た事があるため基本知識は持っている。だからこの世界にいたとしても出会うのはもっと先だと思っていた。まさかの亜人族一発目でこれである。
そして、その話をした女神は何ともなさそうな表情でこう言った。
「いや、そもそも幸輝の世界にある伝承やファンタジー知識とこっちの世界のエルフの在り方が違うのは当然でしょ。幸輝の知識を基に作られた世界でもないんだから。まあ大体は似てるから全部は否定しないけどさ。エルフについては普通に街で暮らしてたり幸輝の言ったように森に住んでたりする種族もいるよ。だから女神からすればあまり人と変わらないし説明も別にいいかな〜って」
「女神の観点で話してんじゃねえっつうの!」
この女神、全然配慮の欠片もなかった。
やはり女神は女神でも微妙な感じだとこういう説明省略みたいな事をするのだろうか。いいや女神だからこそむしろ人間や亜人族の区別なんてさほど変わらないと思っているから余計な説明を省こうとしたのか。真実は謎だ。
しかし幸輝の知るエルフとこの世界でのエルフの在り方に違いがあるのは何もおかしな話じゃない。
何せ亜人族や魔物がいる異世界だ。幸輝の持っている認識とこの世界での認識はまるで別物と考えた方がいいのかもしれない。
「はぁ……なあ、エルフがこの街にいるって事は、他の種族もラーノにいたりすんのか?」
「うん」
「そういう事も含めてもっとこっちから聞くべきだった……。リゼの説明が不足しすぎて全然補完できねえじゃねえか……」
「あー! また馬鹿にしたぁーっ!」
「これに関してはお前が悪いでしょうがあッ! 人間と女神の常識を一緒にしてんじゃねえ! サポート女神だってんなら最初に細かく説明してくれなきゃ困るんですよこちとらぁ!!」
何故サポートしてくれるはずの女神に説教しなければいけないのか。
テレビで見た通販番組の商品をいざ買ってみたら謳っていた性能と違っていてクレームを入れるようなものかもしれない。
しかしこれ以上の大声は周囲の人々の注目を集めてしまう。
茶髪を程よく立たせた程度で身長も一六九センチと真道幸輝の見た目自体は普通だが、ただ学校の制服というこの異世界じゃ多分それだけで目立つ服装をしている。リゼに至っては見た目だけは美少女そのものであり服装や羽衣も相まって余計人目が集中してしまう格好だ。何ならもう既にチラホラと視線を感じる。
このまま立ち止まっていては余計不審に見られる可能性を考えて仕方なく歩き出す。
「……ちなみにエルフ以外でこの街にいる種族ってのは?」
「ん~、エルフ以外でなら鍛冶屋にいるドワーフとかかな。他にも猫耳族とか犬耳族のような獣人もいるよ。一応他にもいるとは思うけど、今はその辺だけでいっか」
「……」
割と結構いるらしい。
周りをちゃんと見てみればそのような異種族っぽい人達もそれなりに見かける。細かい種類までは判別できなくても何かしらの獣人のようだ。ちなみに低身長が目立つドワーフ以外は特徴的なモノを抜いて見てみると完全に人間と変わらない容姿だった。
エルフやドワーフ、猫耳族に犬耳族など、その他の人間に近い種族もおそらくは人間と同じ扱いを受ける理由があるのだと思う。それかこの世界ではそれが普通という認識なのか。
ゲームなどではエルフは弓の名手だったり癒しの力を持っていたり、ドワーフは鍛冶において絶大な技術力を持っているなどの話は有名だろう。
この世界にもそういった種族としての役割を持ち人間と共に生活している、という事なのだろうか。あくまで幸輝の世界との認識の差異がなければだが。
始まりの街『ラーノ』。いわゆる駆け出し冒険者の最初の拠点となりやすいこの街で既に様々な種族がいるという事は、おそらく他の街に行っても同じと思っていていいかもしれない。
女神からすれば普通の人型生物は何でも人間に見えてしまうものなのか。魔人族は人間や亜人族には見えないのかという疑問もあるが、そこは魔を司る邪な気配とか何かで分かるのかと勝手に推測してみる。
多分聞いてもこの女神には上手く説明する事もできないだろう。知識はあっても教えるのが下手なタイプの人かもしれない。
「あ、見えてきた。あれがこの街の中心地にして冒険者が集まるギルドだよ」
「これが……」
という訳でギルドに到着した。
駆け出し冒険者が集まる始まりの街のギルド、というだけあっていかにもド派手という訳でもなくみすぼらしくもなく、とにかく普通のギルドらしい外観であった。
ちょっとだけ派手で大きな二階建ての建物以外に上手い感想が出てこないのは、幸輝の語彙力が足りない訳ではない。
「冒険者になるには手続きが必要になるらしいから、まずはそこから済ませよっか」
(緊張感とかそういうのないのかこいつは……)
そう言うとリゼは何の躊躇いもなくギルドへ入っていく。
もはや女神の一挙一動に驚く余裕もなくなってきた。
中に入ると、まるでゲームで見たような光景がそのままに広がっていた。冒険者が集う酒場、クエストボードなど、ギルドにあってこその物が勢揃いといったところだ。昼間から酒を飲んでいる冒険者もいればクエストボードとにらめっこをしている冒険者もいる。
見た目が若い者やいかにも屈強な強面冒険者など様々な人がいた。
それぞれが幸輝にとって見慣れない服装をしている。あの大女神と比べるとコスプレ感があまり感じられないのは、この世界ではああいうのが常識だと既に幸輝の中で若干受け入れつつあるからか。
「受付は、と……あっちか」
「そうみたいだね」
「いらっしゃいませー」
(こっちの世界の言葉が分かる……ってことは俺の言葉も通じるって認識でいいのかな)
幸輝達の不思議な服装に気付いたのか、酒場の店員らしき女性が声をかけてきた。
そういえばあちらさんの声もこっちにちゃんと理解できるようになってるらしい。とりあえず謎の言語だった場合の勉強とかはしなくて良さそうだ。
「おや、初めて見る顔ですね? 食堂の利用ならこちらへ、ギルドへの受付ならあちらなのでご自由にどうぞ~」
「あ、ども」
ご親切に教えてくれた。あちら側からすれば変な服装をしているはずだが、そこは店員さん特有の気遣いでスルーしてくれたのかもしれない。それとも案外この服装は珍しくもなかったりするのか?
言われた通りに受付の方へ行くと、茶髪ロングの女性が座っていた。おそるおそる話しかけてみる。
「あのー、俺達冒険者になりたいんですけど……お金とかって必要ですかね?」
「冒険者ギルドへようこそ! ええ、大丈夫ですよ。登録は無料ですのでご安心くださいっ」
「本当ですか? そりゃ良かった」
絶賛無一文な幸輝とリゼにはありがたい幸運だ。この世界での通貨はまだ分かっていないがこれで百円でも五百円でも請求されるルールだったら即詰んでいた。
「手続きの前に質問させていただきたいのですが、お二人はこれまでに武器や魔法を使った事はありますか?」
「「一度もないです」」
「分かりました。でしたらまずは裏に小さな訓練場があるのでそちらに行きましょうか」
「……え、訓練場?」
「はい、そこでお二人にはどのような武器が使えるのか確認をしてもらいます」
「い、いきなり武器ですか? それってちょっと危なかったりしません……?」
「大丈夫ですよっ。もちろん危険なことをしてもらう予定はありませんので。ちょっとした適性検査と思ってくださればよろしいかと!」
それはそれで少し身構えてしまう真道幸輝。
一応現役高校生の自分が武器を持つことに関してほんのちょっぴり抵抗があったりなかったりする。だって実際に人や魔物を斬れてしまう剣とか持っちゃう訳だ。異世界に来る前は割とノリノリだったが、いざ戦う場面が来るとなるとちょっと日和ってしまう。どうせならケンカで慣れてるステゴロの方がまだマシかもしれない。
そして隣の女神がなんかニヤニヤしていた。
「もしかして幸輝、ビビってる?」
「黙らっしゃいっ。もしそんなふうに見えてるなら幸輝さんの素晴らしい剣捌きを見せてやろうじゃありませんかあ!」