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60.孤児院にて(8)

 

 ごちそうさまでした〜という子供達の声が食堂に響く。

 夕飯を終えた。


 普段はギルド寮でリゼと二人ひもじい食事をしていたからか、子供達を交えた夕飯はとても賑やかだった。

 ギルドの食堂にいる酒臭い冒険者達とはまた違う賑わいは、正直幸輝の心に癒しさえもたらしてくれた。


 魔法の件も一応あるが、こんな平和なクエストを食事付き二泊三日だなんて普通に破格である。

 毎日地味なクエストで日銭を稼いでギリギリの生活をしているギルド寮にいる時よりも、今この時の方が贅沢な暮らしができていると言っても過言ではない。


 依頼内容は子供達の面倒を見る事。

 しかしそれだけでは悪いと思った幸輝は自ら食後の片付けを申し出た。


「ボリュアさん、皿洗いは俺がするんで休憩しててください。今日ずっと動いてたでしょ」


「え? いいわよ別に〜、これが私の仕事だもの。動いてる方が体の健康にも良いんだから」


「それでもです。毎日そんな動いてたら疲れも取れませんよ。こちとらお世話になりっぱなしも何だしこれもクエストの内ってことで、ね?」


「……ふふ、それじゃあ少しだけ甘えちゃおうかしら。ありがとうね」


「どうって事ないですよこんくらい。うちでも家事するのは慣れてるんで」


 食事を終えた子供達は各々室内で遊ぼうと別室へ行ったり、早い子は風呂に向かったりと自由な時間を過ごすようだ。

 だが大人からちゃんと教えられているのか、自分が使ったお皿などはきちんとまとめてシンク付近に持ってきている。


 シンクの前に立つ。

 そしてその光景に真道幸輝は若干顔が引き攣るのを自覚した。


「思ったよりあるな……」


 およそ二〇人超の食器がずらりと置かれている。

 当然これまで元いた世界でも自分合わせて精々家族四人分の食器を洗う事は多かったが、このレベルはさすがに初めてである。


 異世界なので食洗機とかはない。

 全部己の手でやらなければならないのだ。これを毎日やっているボリュア達は本当に凄いと思う。


 しかし自分からやると言った手前、ビビっている場合ではない。

 量は多いが最低でもこのくらいの労働はしないと逆に申し訳ない気持ちになる程にはしっかりした料理を出してくれた。


 仕事は仕事でも、毎日貧乏暮らしな幸輝からすればほとんど恩に近い。

 報える時には報いてなんぼだ。食べ物の恨みは何とやらと言うが、それと同じくらい恩は返さなければならない。少年は異世界で食の大切さを学んだのである。


「あの……私も、手伝っていいですか……?」


 お皿を洗っていると控えめな声と共に一人の女の子がやってきた。

 かくれんぼの時に仲良くなったコリンだ。


「手伝ってくれるなら嬉しいけど、他の子達と遊ばなくて大丈夫なのか?」


「はい、そっちの役割は今リゼさんがしてくれてるので」


「普通ならあいつが一番手伝うべきなんだけどな……」


 隣の棟から子供達の騒ぐ声と一緒に、リゼががおー! と叫んでいるのが少し聞こえる。

 おそらく食後の英雄ごっこでもしているのだろう。満腹状態でも子供は走り回れるらしい。


「あはは……まあ、リゼさんは依頼分のお仕事をしてると思えば納得できるかもしれませんよっ」


 そもそもの依頼内容が子供の面倒を見るだから、現状で言えばリゼはちゃんと仕事をこなしているというべきなのか?

 言われてみれば一理あるような気もしなくもないが、何だか腑に落ちないのは単純に家事は一切手伝う気がないからだろう。何なのだあの女神。


 仕方ないので幸輝は申し出を受ける事にした。


「じゃあ悪いけど、洗い終わったお皿拭いていってくれるか?」


「はいっ」


 何がそんなに嬉しいのか、コリンは嬉々とした表情で布巾を片手に幸輝の隣へ立つ。

 最初は大人しい印象が強かったけど、そういう表情もするんだなと幸輝は感心した。


 そこから皿洗いが終わるまで何の変哲もない会話が続いた。

 時間にして一〇分程度だが、主に幸輝から孤児院の事とか他の子供達の事について質問したりが多かったか。


 もうそろそろ片付けも終わりそうになった頃。

 コリンは洗い終わったお皿を手に取り丁寧に水分を拭き取りつつ、


「あのっ」


「ん?」


「コウキさんって、冒険者ですよね」


「何だよ改まって……そうじゃなきゃここに依頼受けて来れないんだぞ」


 確かに服装だけで言えばただの学生ではあるが、そんなに冒険者に見えないのだろうか?

 大女神レヴィリエから授かったっぽい加護が制服に掛けられているから毎日着ているけど、やはりもう少し別の服も買った方がいいのかなと思案してみる。そんな余剰資金があるかは別問題だが。


「やっぱり……これまで魔物と戦ったりとかもしてきたんですか?」


「………………ははっ」


「いきなり遠い目に……!? えっと、い、いったい何が……?」


「自慢じゃねえけどこの真道幸輝。冒険者になってまだ日は浅いけど、つい先日初めて盗賊と戦って死にかけたし魔物とも初めて戦って死にかけたぜ」


「ほ、ほんとに自慢じゃない……冒険者って大変そうですね……」


 コリンから何だか優しさと哀れみが入り混じったような視線を感じる。

 多分聞く相手が違う。普通の冒険者からならもっと面白い話とか聞けただろうに。


「大変だぞー。まともに戦う力がねえヤツはもっぱら採取クエストとか配達系の報酬安い依頼ばっかだからなー。あとはこういうお手伝い系もあるか」


「そ、それでよく冒険者になろうって思いましたね……」


「最初は俺も魔法が使えると思ってたんだけどな。現実ってもんはそう甘くないらしいぜ。まあ、魔力がゼロの俺にゃ才能がなかったってこった」


 せめてあの大女神が便利な能力をくれていたらもっと何か変わっていたと思うが、それも今更だ。

 無いものねだりをしたところで何かが変わる訳じゃない。『覚醒』という固有能力もまだよく分かっていない状態なのだ。


 ちゃんとチュートリアルのあるゲームってやはり優しいんだなと心から思ったのであった。

 使い方が分からなければただの宝の持ち腐れである。せめて発動条件さえ分かればいいのに。


「それで、何でいきなり冒険者の事について質問してきたんだ? もしかして将来は冒険者になってみたかったり?」


「あ、その、私は冒険者の人初めて見たから……色々聞いてみたくなっちゃって……」


「色々って?」


「う〜ん……ボリュア先生の授業で気になったからどんな魔法を使うのか見せてもらったりとか……?」


「ははは、ピンポイントで人選ミスをしてるぞコリンさんや」


 困った、どうやら自分は子供のささやかなお願いも叶えてあげられないらしい。

 そしてこういう時に限って唯一魔法が使えるリゼはいない。魔力がないのはやはり冒険者にとっては致命的なのか。


「魔法が見たいならリゼに聞くといいぞ。あいつは支援魔法使いだから危険性も特にないしな。子供の誰かが怪我しても回復魔法ですぐに治せるんだぜ」


「支援魔法かぁ……誰かを支える魔法って、素敵ですね……」


「素敵かどうかは分からねえけど、まあ頼りにはなるな」


 パーティーを組んでる以上、何だかんだリゼの魔法のお世話になっているのは幸輝だ。

 何なら今朝も子供達に英雄ごっこでボコボコにされた時に回復魔法で治してもらったばかりである。


 こんな話をしていると、いつの間にか洗う食器はなくなっていた。

 一人では退屈な後片付けも誰かと一緒にやれば苦ではなくなるようだ。


「サンキューコリン、これで食器洗いも終了だ。助かったよ」


「いえ、私も楽しかったですっ」


 気付けばコリンも今朝のしどろもどろな感じとは打って変わって、今では普通に笑顔を向けてくれるようになった。

 これで少しは仲良くなれただろうか。


「っし、んじゃコリンは先にリゼ達のとこ行っててくれ。俺は少し休憩してから行くよ」


「わ、分かりましたっ。じゃあお先に」


 軽い会釈と共に去っていくコリンを見送る。

 あの歳でしっかりした子だと思う。


 自主的に手伝いをしてくれるし、言葉遣いも年齢の割に丁寧だ。

 昼間遊んでいたのを遠目に見ていたけど、一番年長だからか視野も広く面倒見の良さもある。


 その雰囲気は過去の妹を思わせるくらいには印象が良かった。

 きっと誰からどう見てもコリンは真面目で丁寧で良い子なんだろうと思う。


「……」


 だからこそ。

 真道幸輝の表情は決して明るいものではなかった。


(まさかそっちから魔法の事について聞いてくるなんてな……)


 元々魔法で壁に穴を開けた子供を見つけるために色々探っていた幸輝とリゼ。

 今の今まで何の手掛かりも掴めなかったが、よもやここで向こうから来てくれるとは思わなかった。


 ただそれが嬉しい事ばかりではないのだけは確かだが。


 いなくなった少女の方へ視線を向けたまま、真道幸輝は心の中で呟く。


(魔法で壁に穴を開けたのはお前なのか、コリン……)


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