59.孤児院にて(7)
数秒間の沈黙の経て、真道幸輝はようやく口を開く。
「魔法で開けられた穴って……誰の、何の魔法なんだよ? ここにいるみんなは冒険者じゃないんだぞ?」
「冒険者じゃなくても教育や才能次第で小さい頃から魔法を使える子供だっているよ」
そういえば初めてセレナと出会った時も似たような事を言っていたか。
「なら何で誰もこの穴が魔法でできたって事を知らないんだ? ボリュアさんも把握してなかったし」
「そこなんだよね〜……。授業でも魔法の事について解説はしてたけど、あくまで初歩中の初歩で魔力の使い方までは教えてなかったからな〜」
両腕を組んでうーん……と唸っているリゼを他所に、幸輝は穴を見る。
壁にも天井にも四センチ程の穴が綺麗な円の形を描いている。
なるほど、確かに魔法の威力でなら穴の断面も焼き切れて綺麗になっていてもおかしくはない。
しかしここは孤児院だ。ましてや年齢の低い子供達ばかり。その中に壁や天井を貫通できるような魔法が撃てる人間が孤児院にいるという事になってしまう。
「リゼ」
「うん?」
可能性を確かめるために女神の少女を呼ぶ。
「隣の部屋を見に行こう。子供達の寝室に」
部屋を出る。
廊下には誰もいない。おそらく別の場所を走り回って隠れている者を探しているのだろう。
寝室に入るとすぐに奥へ向かう。
子供が隠れていないか一応リゼがベッドの下やらクローゼットの中を調べていたが誰もいなかったらしい。
穴がある壁の近くへ辿り着く。
幸輝はまず壁の穴を覗いてその先を確認した。それを別の穴も含めて複数回確認する。
「……やっぱり」
「幸輝?」
「正直半信半疑だったけど、この穴を開けたのは子供達の誰かで間違いなさそうだ」
可能性は高かったけれどそうじゃない可能性も信じて確認した結果、幸輝の淡い期待とは裏腹に残念だが確実になってしまった。
床を見る。
「壁の穴は天井の穴と直線で繋がるようになってた。けどその穴が床のどこにも見当たらないって事は、外から撃たれた魔法じゃない。この部屋から放たれたもののはずだ」
「じゃあやっぱり子供達の誰かって事だよね」
「ああ……」
外から撃たれた魔法ならもっと大騒ぎになっていてもおかしくない。
それがなかったのなら、やはり孤児院にいる子供達の中に魔法を撃った人物がいる。
しかしだ。
これをボリュアに報告して子供の中から犯人を探そうとは言える空気でもなかった。
それには理由がある。
「けどこの事はまだボリュアさんには言えない」
「え、どうして?」
「才能だか授業で興味が出て練習してたらたまたま出ちゃったかは知らねえけど、壁と天井を余裕で貫通しちまうレベルの魔法を小さな子供がいきなり覚えて撃ったとか言える訳ねえだろ。壁と天井だからまだ良かった。けどこれがもし他の子供に当たってたらどうなってたと思う」
「あ……」
魔法に詳しいリゼだからこそ、そういうイメージもすぐにできてしまうのだろう。
「子供の興味は純粋で無限大だ。だけどそこには当然無知ながらの危険性も孕んでる。家族同然の友達を間違って自分の手で殺めてしまう可能性もゼロじゃない。そういう可能性も含めてボリュアさんに報告して魔法を放ったのは誰かと問い詰めれば最後……下手するとその子は孤児院から追い出されるかもしれない」
「でも、じゃあどうすれば……?」
子供達を大切に思っている優しいボリュアならそんな事はないと思いたいが、孤児院には他にも守るべき子供がたくさんいる。
いつ魔法を使う、あるいは暴発してしまうか分からない地雷原と、何の力もまだ持てていない無力な子供達。
大人達の天秤がどちらに傾くかは想像できないしできればしたくもない。
これから先もみんなで仲良く暮らしてほしいのが願いだ。
だから。
「まずは俺達でどの子が魔法を使ったのか突き止める。そしてその子にリゼがある程度魔力の使い方と危険性を教えて緊急時以外は使わないように言うんだ」
「ええ、私が!? ……で、でもその子のためでもあるんだもんね……う、うん、やってみるっ」
不安を抱えながらも引き受けてくれるようだ。
普段の家事もこのくらいの気持ちでもいいから手伝ってくれりゃいいのに、とは言わないでおく。モチベーションを下げる言動は慎んでおこう。
「そうと決まればまずはかくれんぼ続行だな」
「え、遊ぶの? てっきり今から魔法使える子を探すのかと思ったのに」
「同時進行だよ。片っ端から直接聞いても本人が怯えて正直に答えるとは限らないしな。いかにも魔法に興味持ってて且つ使いそうな子に絞って目星を付ける。ある程度の確信が持てたら本人に突撃だ」
「そんな上手くいくかな〜」
「とにかくお前も注意深く子供達を見とけよ。特に男子をな」
「なんで男子?」
「こういうのは男の方が魔法に興味持ったりするのが世の常なんだよ」
──
「誰だよ魔法使えるヤツ……」
「目星付けられなかったね」
夕方になった。
あのままかくれんぼの続きをしつつ、それが終わればだるまさんがころんだ(幸輝がルールを教えた)をしたりなどしたが、どれだけ見ていても候補は見つからなかったのだ。
「英雄ごっこで一番楽しんでた男子の事も見てたけど、あれは魔法というより武器持って何かをするのに憧れてるタイプだしなあ……」
「一応女の子達ともそれとなく会話したけど、そういう素振りは一切なかったよ」
普通にどん詰まりである。
尻尾を出さないというよりは、みんなの顔を見てても何かを隠しているようには見えなかった。ただ単に幸輝とリゼの観察力が足りない可能性もなくはないが。
そもそも成績普通の平凡高校生と魔法しか頼れる知識のない見習い女神ではどうしたって推測の限界がある。
名探偵でもない限り当人を見つけるのは難しいだろう。
「うーん……もしかしたらあんまり心配する必要もなかったりするかも?」
いきなりそう言ったのは最初に魔力の残滓を感じ取ったはずのリゼだ。
「何でだよ? 貫通するくらいの魔法って、初級レベルだとしても子供にとっては危険だろ?」
「だからだよ。あの魔法は確かに危ないけど、そのことを初見で魔法を使った本人も危険だと感じたから無闇に使う事はないんじゃないかなって。だってほら、ボリュアさんも言ってたじゃん。穴は一昨日の朝にできてたって。つまり昨日は魔法を使ってない。下手に使うとみんなが危ないから使わないようにしたって考える事もできるんじゃない?」
「それは、まあ……」
そうとも言えるか。
あの歳の低い子供が果たしてそこまでの考えに至れるかという疑問もあるにはあるが、魔物という身近に危険なものがいるこの異世界ならあり得ない話でもない。
他にも一番納得できる考えとしては自分の魔法で友達を怪我させたくないから……というのが妥当だろう。
誰だって自分の不手際で家族同然の友人を不幸にはしたくない。
しかしリゼの言い分が必ずしも合っている訳ではない。
だからと言って幸輝の言っている事も正解だと言うつもりもないが、やはりこのままでは未来が少し不安だ。
可能ならば本人を見つけてリゼから色々教えてあげるべきだと思う。
見つけられるかは甚だ疑問だが。
「……ひとまず子供達の観察は続行、俺達のクエストが終わるまでは注意深く見張りつつ仕事に専念って感じにするか」
「だね。二泊三日は始まったばかりだもん。ずっと気を張ってても疲れるだけだよ。あーお腹減った〜!」
最初に緊張感を漂わせながら魔力を感じるとか言っていたくせに何とも気の抜ける言葉を出してくれる女神だ。
思わず内に溜めていた息を吐き出してしまう幸輝であった。




