5.異なる世界(5)
「魔人族……?」
「そう。普通の人間とは掛け離れた力や能力を持ってるのが魔人族。魔族に似てると言えば似てるけど、根本的には違う種族って感じかな。噂や資料によると人間と魔族の混合的存在とも言われてるの。真相は謎だけどね。だから人間と同じように知性もあるし言葉も話せる。その姿は様々で基本は人と同じだけど頭に角が生えてたり普通の人よりも体が大きかったり、完全に人間と同じ見た目の魔人族もいるんだ」
「人間と同じ見た目って、紛れてたら気付かないんじゃないのか?」
「だから魔人族は魔族と違って少し危険度が高かったりするんだよ。魔人族は単純に力だけでも人間を上回るし、もちろん魔法だって使える。個体によっては固有の能力も持ってたり体の一部や全身を魔物みたいに変えられる種族もいるらしいしね」
聞いてると魔族よりも魔人族の方がおっかない気がしてきた平凡人間真道幸輝。普通の人間に化けている可能性があるとか恐ろしい事この上ない。
しかしリゼは割とそこは気にしていないようで軽く言う。
「だけどね、そもそも魔人族は人間が住んでいる地域にはあまりいないの。辺境というか、山奥とかで割とこっそり住んでるのが多いんだって。最近は少しずつ数が増えてきてるようだけど、元々数も少ない勢力だから滅多な事がない限りは出くわす事もないんじゃないかな?」
「ふーん、まあ遭遇しないように気をつけておくべきって事か」
「で、一応本来忘れちゃいけないのが『魔王』っていう存在なんだけど」
一瞬、幸輝の中の空気がピリッと張りつめた。
いつもはゲームなどで聞くから大して気にもしていなかった魔王の存在。しかし、この世界にはちゃんと実在しているらしい。本物の魔王が。
何となく予想はしていたものの、実際に異世界に来てから聞くと緊張感というものが走る。
「幸輝も知っている通り、魔王はこの世界の悪を統べる魔の王。魔族の頂点。部下や幹部を従えて世界を征服しようとしているってのが目的らしいんだよね」
やはり魔王の考えは魔王らしい。
絶対的な力をもって世界を侵略し暴虐の限りを尽くすのは、どこのゲームや現実でも変わらないようだ。しかしそれよりも気になる事があった。魔王なんていうあまりにも脅威的な存在を説明している最中なのに、何だかさっきからリゼの口振りが軽いように聞こえるのは何故なのか。
「本当なら魔王討伐を転移者には目標にしてもらいたいとこなんだけど、レヴィリエ様が言うには別にそんな必要はないとも言ってたし……何よりこの世界の魔王って今封印されてる状態なんだよ」
「え、マジで!? 魔王既にやられてんの!? 異世界来て早々ラスボス不在とかあり得んのかよ!? ……ん? けど魔王がいないって事は、もうここは平和な世界って事か? それはそれでこちらとしてはありがたいけど」
「数十年前に勇者との死闘の末に封印されたんだってさ。あくまで封印だから死んではないけど、今もその封印は解かれてないから世界の危機には至ってない感じかな。ちなみにその時の勇者はもう年齢的に引退してどっかの山奥で隠居してるらしいよ」
「勇者の隠居情報いる?」
勇者サマとやらの個人情報が割と筒抜けであった。
正確な場所までは言わない辺りがせめてもの優しさなのか、ただ単に本当に知らないだけなのかは分からないが。女神の情報網がどこまで精通しているかも今後教えてもらう必要がありそうだ。
「だけど魔王の配下や幹部はまだ生き残ってるしどこかで徒党を組んで隠れてるって情報もある。実際魔王の代わりに配下を率いて戦力を集めてたり、逆に魔王が封印されてるのをいい事に色んな場所で好き勝手やらかしてる連中が人間含めて多くいるみたい。それでそういうヤツらをどうにかするのがこの世界の冒険者の役目って訳」
「なるほどなぁ」
「そうそう。だから幸輝には是非ともそういう魔族や悪党達と戦って世界の平和を取り戻すってのを目標にしてもらいたいの! 女神予習ノートには魔王軍の幹部が結構生き残ってるって書いてたからまずはそいつらを討伐しようそうしよー!」
なんか急に勢いよく目標を決めてきたが何を企んでいるのだろうか。この女神、出会って数十分も経っていないけど女神らしさがとっくに無くなっている。まず女神予習ノートって何だろう。
何はともあれ、元々真道幸輝は人より少し正義感が強く、そのおかげかせいもあって命を落とす運命となりこの世界へ転移してきた。
誰かを助けるため、平和のために魔王と戦うのもある意味では本望だと思っていた。
しかし、肝心な事を忘れてはならない。魔王が封印されていたとしても生き残っているその配下と戦うにはそれ相応の装備や能力がいる。それこそ十分戦えるくらいの。脳内で何となく想像してみて、すぐに結果は出た。
意気揚々な見習い女神に対し、真道幸輝は堂々とこう告げる。
「いや無理だけど」
「なんで!?」
本日二度目の女神のツッコミがきた。
「そもそも俺はあの大女神の勝手な判断のせいで貰えるはずだった特典を貰えなかったんだぞ。つまり今の俺はそこら辺の一般冒険者と一緒なわけ。何ならどこにでもいる平凡な高校生と変わらないから元にいた世界よりも命の危険度が増してるんだよ。そんなんで魔王の配下を倒すなんて無謀だろ? 絶対強いじゃんそいつら。よって俺は戦う事は諦めてこの異世界で普通の生活をする事に決めた」
「ちょ、ちょっと待ってよ。でもほら、この世界にいる冒険者も魔王軍討伐を目標としてる人がいる訳だし、別に一から頑張って強くなってから魔王軍を掃討するって選択もあると思うんだけどっ」
この異世界には元々住んでいる人達がいる。そういった中でも冒険者という職業で様々なクエストをこなし稼いでいる者は山程いるはずなのだ。言ってしまえば地道に腕を磨き強くなる事で、平和のために魔王軍討伐を目標としている者もいる。
むしろ真道幸輝のように異世界転移者という他の世界から人が来る事例の方が珍しいだろう。
転移者特典など、それこそチート紛いなモノを持っている人間はそういない。持っている人間がいたとしても幸輝と同じ転移者か、純粋にこの世界で魔法か戦闘技術を極めた達人か。
だが幸輝はそのどちらでもない。
最初からトンデモ能力を持っている訳でもなければ、達人のように何かを極めている訳でもない。リゼの言うように一から強くなるのも悪くはないが、今からそれを始めたところでこの世界にいる達人には今更追いつけるはずもないのだ。
単純に効率の問題。最初から先陣で戦える天才的なセンスか、成長速度が異常に早くなければ何の意味もない。もし自分が地道な選択を選んだとして、徐々に強くなっている間にこの世界の誰かが魔王軍の残党を残らず討伐する可能性だって大いにある。
急いだところでほぼ無意味に近い状態で、せっかく拾った命をむやみに危険地帯へ晒す訳にもいかない。
どれだけヒーローに憧れていたと言っても、自分の命を簡単に投げ出す行為はただの馬鹿だ。ならばこんな二度と経験できないような世界での生活を満喫してみるのも悪くはないだろう。
「つべこべ言っても無駄だぞ。俺はこの異世界で普通にのんびりとした生活を楽しませてもらう。恨むならあの大女神を恨んでくれ」
「うぅ……この世界に平和が訪れないと私も帰れないのに~……」
「まあ女神ってのもたまには別の世界でのんびり暮らすのもいいんじゃねえか? この際もう気楽にいこうぜ」
「幸輝は気楽すぎなの!」
評価などを頂けると大変嬉しゅうございます。