54.孤児院にて(2)
孤児院の中で勢いよく朝食にがっついてる二人がいた。
「ちゃんと味わえよリゼ! よく噛んで少しでも満腹に近付けるんだぞっ。この世界でお米が食べられるとか今の俺達にとっちゃ奇跡に近いんだからなもぐもぐ!」
「そう言ってる幸輝も食べるスピード早いじゃんかっ。大丈夫、私は早く食べてても味はちゃんと分かるタイプの女神だからぱくぱく!」
「良い食べっぷりで見ているこちらも気持ちがいいわねぇ〜」
フォークで野菜とお肉の炒め物を頬張りスプーンでご飯をかっ込む幸輝とリゼを見て、それなりに歳を重ねてきた声をする女性は優しく微笑んでいた。
ただでさえお言葉に甘えて食事を頂いているのにまさかの異世界初のお米が出てきた時には生粋の日本人真道幸輝、一口目で普通にちょっと泣いた。
これまで食べてきた米粒の数なんてもはや数えるだけ無駄だが、食べない日が続くと恋しくもなってくるものだ。
パンも悪くはないのだが、やはり安心感で言えば段違いである。腹持ちだってお米の方が優れているので満足感もあるのだ。
「昨日の残りのおかずでごめんなさいね。子供達の朝食はもう終わってるから、残ってたのが昨日の夕食分だけだったの」
「いやいやそんなっ、いきなり情けない姿を見せてしまったのに食事を出してくれただけでもありがたいですよ! ご飯とか特に最高です! ほらリゼ、お前ももっと感謝しなさい!」
「凄く美味しいよ! 幸輝が泣くくらいだもん!」
「ほんとに泣いてたものねぇ。そこまで言ってくれるなら私も安心したわ」
出会って早々倒れてる上に仕事よりも先に食事をご馳走されるという、本来なら呆れられてもおかしくない状況なのにこの女性はむしろ笑みを崩さないでいた。
孤児院で子供の面倒をよく見ているからか包容力が多分桁違いなのかもしれない。
ともあれここに来た目的は仕事だ。
ずっと食事をしていてはいつまで経っても依頼をこなせないので、とりあえず食事は味わいつつ手早く済ませる事にした。
リゼと二人でごちそうさまでしたと手を合わせて一息つく。
そういえば腹を満たす事に集中しすぎて名前を名乗る事すら忘れていたのを思い出す。
「えっと、紹介が遅れてすいません。改めてラーノから依頼で来ました、真道幸輝です」
「私がリゼです!」
「依頼を受けてくれてありがとうね。ギルド協会の人から今朝連絡が来たから助かるわ〜。私はボリュアっていうの。孤児院の経営をやってるわ」
幸輝とリゼがネームプレートを見せるとボリュアはすぐに依頼内容の話に入る。
ちなみに幸輝のネームプレートは現在受付嬢のサラが冒険者協会に問い合わせて魔力がない幸輝専用のネームプレートを用意できないか聞いてくれているらしい。
それまでは今持っているネームプレートにサラがギルド公式の判子を押し、何とかギルド公認の冒険者という体裁を保っている訳である。
ボリュアは食べ終えた食器などをまとめながら、
「やってほしい事は依頼内容に書いてあった通りよ。最近一緒に働いてくれてた人が体調を崩しちゃって数日休む事になったの。うちも余裕がある訳じゃないから人手が足りなくてね〜。だから子供達の面倒を見てくれる若い人が来てくれてありがたいわ〜!」
「ええ、受付嬢の人にも大体は聞きました。それで、子供達は今どこに?」
「あなた達よりも前に朝食を食べ終わったから、今はみんな裏の方で洗った衣類とかを干してる頃かしら」
「へ〜、そういうのちゃんと自分達でやるなんて偉いねっ」
「子供は何人くらいいるんですか? それとボリュアさんと休んだ人以外の大人の人っています?」
「ええ、私以外の孤児院で働いてる女性の大人が二人よ、今は一人休んでるけども。それで子供達は全員で二三人。みんな大体一〇歳以下の小さい子達なの。あ、でも一週間くらい前に入ってきた子は一三歳って言ってたかしら」
(二三人か……)
孤児院にいる子供の平均人数なんてものがあるのかは分からないが、少なくとも幸輝は少し多いと感じてしまった。
言ってしまえば少なくともそれだけの人数の子供が家族を失ってしまった、あるいは家族と暮らせない状況にあるという事だから。
そうなってしまった原因は色々あるだろうが、この異世界だとやはり魔物関連なのかと結び付けてしまう。
ただ言えることは孤児院の現状が喜ばしい訳ではない事か。経営をしているボリュアには悪いかもしれないけれど、家庭環境が極端に酷いのを除けば孤児院にいる子供なんて少ない方が良いに決まっているはずだ。
ただ、クエストを受けてやってきただけの自分にそこまで踏み入る資格はないのだが。
まあこういう施設が子供達のための居場所になっているのなら、それはまだ救いがあるのだろうと勝手に思っておく。
「あっそうだわ。子供達の紹介は後でもいい? 先にちょっと気を付けておいてほしいというか見てもらいたいものがあるんだけど……」
「見てもらいたいもの?」
「朝ご飯も食べたし久しぶりに身体の調子がフルパワーになったから何でも来いだよ!」
遠回しに真道家の食卓では不十分だったと言われているような気もするが、何も言い返せないのでここは不問にしておいてやろうと少年は口を噤む。
うちにある食材が食材なのだから仕方ないのだ。
「こっちに来てもらえる?」
ボリュアに付いていきながら何となく内装を観察してみる。
外から見てて何となく察しはついていたが、この孤児院は全部平屋スタイルで何棟か分かれているらしい。一つ一つは大きくないけれど、さっきの小さな食堂のように一部屋や一棟ごとに何かしらの役割があるのかもしれない。
「まずはこの部屋よ」
(まずは……?)
ボリュアの言葉に少し疑問を抱きつつ案内された場所はドアの前。
ドアプレートにはこちらの世界の言葉で寝室と書いてあった。
「子供達が寝る部屋なんだけど、とにかく入ってみて」
「「?」」
リゼと顔を合わせながらドアを開ける。
そこには子供達のためのベッドがたくさんある大部屋となっており、それ以外には特に気になるような箇所は見当たらないと思ったのも束の間。
室内なのにベッドに降りかかっている無数の光があった。点灯用の魔輝石を見ても部屋の明かりは点いていない。
自然と目線は部屋の上に向かれていた。
「天井に、穴? それに壁にも……」
「しかもいっぱいあるね」
なんか天井に複数の穴が開いていた。よく見れば天井近くの壁にも。
一個ではなく複数、パッと見だけで一〇個はあるか。およそ四センチ程の穴がそれだけ開いている。
「なんでこんなに穴が?」
「私も分からないのよ。一昨日の朝にはもうあってね、子供達は寝室でもお構いなく遊ぶから最初は誰かが物でも投げて開けちゃったのかとも思ったんだけど……」
「子供の力じゃ無理なんじゃないの?」
「そうなのよねぇ〜……子供達に聞いてもみんな分からないって言うし……」
子供の力で天井に穴を開けるほどの物を誤って投げてしまう、そんな偶然があるのかと疑問に思ってしまうのも無理はない。
しかも穴は複数だ。もし意図的だとしても、それなりにちゃんと作られている家の天井や壁にこれだけの穴を開けるのは大人でも困難を極めるはずだが。
「穴じゃなくて軽い傷やヘコみくらいなら俺も昔はやらかした事あったけど、穴が開くまではいかなかったぞ」
「その時の幸輝は何したの?」
「……」
まさかの追及が来てしまった。
しかも悪気はなく純粋な疑問で聞いてくるから答えないのも何だかこっちが悪いみたいな空気になってしまう。
「いや……ヒーローごっこでおもちゃの剣を振り回してたら手からすっぽ抜けたんだよ……言っとくけど子供の頃の話だからな?」
「……ほーん、幸輝にも無邪気な時期があったんだねぇ〜」
この見習い女神、片手で口元を隠しながら微笑んでいやがる。
何ならニマニマした顔が隠しきれていないので絶妙に腹が立つ表情だ。
チョップでもかましてやろうかと思っていたら、
「ヒーロー……って何かしら? ごっこ遊びなら分かるんだけど、今の子供達にも流行ってるの?」
「えっ、あー……」
今度は別方面から純粋な疑問がぶつけられてきた。
(こっちの世界だとヒーローって言葉は馴染みがないのか)
いくら異世界の言葉が分かるようになっていたとしても、こちらの世界の言葉の意味が異世界の人に必ずしも通じる訳じゃないらしい。
だから簡単に通じる方で言い換える事にした。
「えっと、英雄ごっこみたいなものですよ。ほら、冒険者役と敵役に分かれて遊ぶ的なっ……」
「ああ、なるほどぉ〜。コウキ君の故郷では英雄ごっこをヒーローごっこって言うのね〜」
「そんなとこです」
地方出身っぽい事にして何とか事なきを得た。
だがこのままだと話が進まないのでいい加減本筋へ。
「そういえばボリュアさん、さっきまずはこの部屋って言ってましたよね。なら他にもあるんですか?」
「ええ、といっても隣の部屋よ。そこにも天井に穴ができちゃったの:」
「隣の部屋は何に使われてるんですか?」
「ただの物置き部屋になってるわ」
(物置き部屋……なんでそんなとこにも穴が……?)
疑問が止まらないまま、幸輝は天井や壁に妙な穴がたくさんある寝室を後にする。




