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53.孤児院にて(1)

 

「パジャマとか買っといて正解だったね〜。まさかこんなにも早く活躍する時が来るなんて!」


「寝巻きじゃなくてパジャマでも通じんのかこの世界? どっちでもいいけど」


 時刻は朝の八時半。

 なんて事のない会話をしながら馬車に乗る。

 今回はナラタ村とは逆の方向なので道中に退屈な思いはしなさそうだ。この前の帰りはほとんど気絶していたし。


 なけなしの報酬で買った安いリュックに着替えなどを入れ、椅子に置く。

 どうやら四十分くらいで着くらしいので適当に景色でも眺めながらのんびりさせてもらおう。


「シャーフ村か〜、どんなとこなんだろうね?」


「サラさんが言うには畑や牧場が多いナラタ村とはまた違う意味でのどかな村だってよ。それなりに店があったり宿屋もあるしで至って普通の村らしいぞ」


「まあのどかなはずのナラタ村で襲撃されたんだけどね私達」


「いらん事を言うでないリゼさんや。それがフラグになりかねんでしょうが」


 完全に治ってるのでジュレオンにやられた傷が疼くとまではいかないが、普通にいつ死んでもおかしくない状況の中戦っていた事を思い出すだけで震え上がりそうだ。

 元の世界で巻き込まれていた喧嘩なんて今思えば生温いとさえ思ってしまうレベルである。


「そういえばさぁ」


 足をぶらぶらさせながらお行儀の悪い見習い女神が言う。


「あの金色の光の事はまだ何も分からないの?」


 リゼの言う金色の光とは、この前ジュレオンを倒した時に幸輝の拳が光ったアレの事だろう。

 幸輝自身も気になっていたからラーノに帰って落ち着いてから事の経緯を話した上で聞いてみたのだ。


 しかしリゼもそれが『覚醒』の力なのか幸輝の光魔法の力なのかよく分からなかったらしい。

 見習いとはいえ女神の彼女が分からないならもうほとんどお手上げ状態なのだが、幸輝も自身の体に何か変化や気付いた事などがあればリゼに報告するという事になっている。


「残念ながら何も。採取クエストの時に何度か意識して発動できないか試したけど全然だしな〜。やっぱこういうのはお前の分野なんじゃねえの?」


「う〜ん、魔法に関しては結構自信あるんだけど、私の中の知識をどれだけ探っても出てこないんだよねぇ。あー魔法なら分かるのにな〜」


「ならやっぱり魔法じゃなくて『覚醒』の力とか?」


「それもちょっと引っかかってるんだよね。『覚醒』という能力が魔力を必要としない力なら、いったい何を源にした力なんだろ? 幸輝に魔力がないんだったら、もっと別の何かが金色の光を出した事になるよね。……例えば生命力を引き換えに、とか?」


「いや怖えよ! なんでわざわざ異世界転移までしたのに生命力を代償にさせられてんだ! 下手したらそのうち死ぬやつじゃん!」


 しかもそれが絶対に間違っていないとも言えないから余計怖い。

 未知の力とは使う本人でさえ恐怖の象徴にもなり得る。頼むからやっぱり内なる魔力であってほしいと願わざるを得ない少年であった。


 リゼは幸輝の力についてしばらく考えていたが、


「あぁ〜ダメ……お腹減って頭が回らないよ〜……」


「まあそうそう危険な事にはならないだろうし、考えるのはまた今度でいいだろ」


「うぅ〜ん……」


 幸輝の言葉を流すようにリゼはぐったりしながら外の景色を見始めた。

 馬車の中に沈黙が生まれる。


 リゼと出会ってまだ二週間も経っていないが、特にこの沈黙の時間が気まずいと思う事もない。

 まず一緒に暮らしている時点で今更でもあるが、どちらもコミュニケーション能力が低い訳でもないので適当な話でもそれなりに続いたり時には言い争いになったりと、普通に素の自分を曝け出せるくらいの関係にはなっていると思う。


 何というか、幸輝からすればリゼは手の掛かるとまではいかないまでも、わんぱくな妹という認識が強いかもしれない。

 所々ポンコツだったりわがまま言ったり食い意地が張っていたりと、見習いとはいえとても女神だとは思えない性格をしているのがそう思わせているのか。


(陽菜とは大違いだな)


 ふと自分の妹とリゼを比べて、乾いた笑みが出てきた。

 見た目だけで言えば年齢は妹と同じように見えるが、そういえば女神って年齢の概念とかあるのだろうか。一応神様の類であるならば普通に年齢が三桁とか四桁、あるいは五桁くらいいっていてもおかしくはない。


 このまま興味本位で質問して四桁くらいの返答が来たら脳内がバグりそうなので、平均寿命が八〇そこらの人間である少年は何とか踏み留まった。

 そういやこの異世界では歳が三桁を超える種族が普通にいる世界なのを忘れてはいけない。ラーノに長命種のエルフがいた時点でそれはもう確定しているのだから。


 こんな事を考えていると外を眺めていた女神の子がこちらに振り向いて言った。


「ねえ幸輝、今日こそ馬車の中で睡眠チャレンジのリベンジしてもいいかなっ」


「寝んな」


 ──


 シャーフ村に着いた。

 馬車から降りるとまず心地良い風が二人を出迎えてきた。


「ここがシャーフ村か。ナラタ村とはまた違う感じの穏やかさがあるな」


「お店とかも普通にあるっぽいね」


 ナラタ村は放牧場があったりすぐ近くに森があったりとしていたが、シャーフ村は別にそんな事もなく至って普通の村のようだ。


「さて、と……肝心の孤児院は」


「いつも通り私が聞いてこようか?」


「いや、事前にサラさんからこの村の簡単な地図貰ったから大丈夫だと思う」


「え、いつの間に……」


「お前が食い物の事を呑気に考えてる時だよ」


 リュックから地図を取り出し居場所を確認する。

 地図といっても元いた世界にあるような正確なものではなく、受付嬢のサラができるだけ丁寧に書いてくれた手書きの地図なので多少の誤差などはあるかもしれないが、それでも何もないよりかは遥かにマシだろう。


「村の端っこで小さな川が見えるとこだから……今は大体ここら辺か」


「孤児院は?」


「えーと、村を真っ直ぐ歩いて少し離れたとこにあるらしい。とりあえず行ってみるか」


「うん」


 村全体で農林業や畜産業をやっているナラタ村とは違い、シャーフ村には普通に服屋だったりパン屋だったりがある。

 すれ違う人達も老若男女様々だ。村は村でもそのご当地特有の特徴とかあったりするのだろうか。


「ふわぁ、良い匂い……ねえねえ幸輝っ、私パン食べたい!」


「まずは依頼主に会うのが先だっつの。……ぐぬぅっ、ま、負けるな真道幸輝、焼き立てパンの誘惑になんて負けるなぁ……!!」


 パン屋の前を通りかかるだけで何だか良い香りがしてくる。

 常時空腹デバフが掛かってる二人が必死にパンの誘惑に抗い何とかパン屋を過ぎる。店一つ通過するだけで足が重くなるのはどうしてだろう。


 その後も村にある酒場から漂ってくる香りに小さな商店にどどんと置かれている焼き魚の匂いなど、様々な誘惑を鎖を断ち切る思いで後にした。

 周囲から誘惑の匂いがしなかった分、ナラタ村の方がまだマシだったかもしれない。


「つ、着いた……これが、孤児院……」


「もうダメぇ〜……せっかく今まで我慢してたのに美味しそうな匂いで私のお腹は悲鳴を通り越してもはや絶叫してるよぉ〜……」


 二人して孤児院を前に倒れ込む。人間は腹が減れば頭が回らなくなり体もだるくなってくるから不便だ。

 まさか料理の匂いだけでここまでグロッキーになる冒険者が果たしているのだろうか。多分いない。


 せめてパンの一つでも買って半分ずつ分けて食べれば良かったと思っていたら、前方から足音が近付いてきた。

 それは足早に倒れ込んでいる幸輝達までやってくる。

 女性の声がした。


「あの、大丈夫ですか……?」


 孤児院の方から走って来たという事は、おそらく関係者の人かもしれない。

 とりあえず力が抜けて情けない少年は倒れたまま自己紹介する事にした。


「あ、どうもぉ、依頼を受けてラーノからやってきた冒険者の者でーす……」


「右に同じ〜……」


 いよいよ声にも力が入らなくなってきたらしい。

 二人して間抜けな声だった。


「あら、あなた達がそうなのね。助かるわ〜! ……それはそうと、どうして寝転んだ状態なの?」


 至極真っ当な疑問である。


「いやぁ、まあちょっと色々ありまし」


「もの凄くお腹が減ってるからぁ〜……」


 遠回しに言い訳をしようとしていたらとても素直な見習い女神様(笑)がド直球で全てをぶち壊した。

 もう面目が立たないどころではない。クエストを受けにやってきたはずの冒険者が目の前で空腹のまま倒れてる状況とかいったいどうすれば挽回できるというのだ。


 全体的に栄養が足りてない人間様(笑)は両手で顔を隠すしか思いつかなかった。

 で、そんな二人を前にし、リゼの言葉で状況を把握したっぽい孤児院の人が何かを思い出したかのように、


「なるほど……なら先にあなた達の朝食を済ませましょうか。それでもいい?」


「「いただきますッ!!」」


 まさかの助け舟で救済される事が確定した。

 それと同時に、時には素直に言う事も大切なのだと少年は見習い女神様から学んだ。


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