終章.初級冒険者(1)
戦いは終わった。
ジュレオンは崩れ落ちて倒れたまま起き上がってこない。
あくまで頬に一撃を入れただけだから死んだ訳ではないと思うが……。
(何だったんだ……? 俺の手が、光ってたような……)
幸輝も見たのだ。自分の手が金色に光っている所を。
本来ならたかが強化魔法を受けた幸輝のあの一発でジュレオンを倒せるはずなんてないのに、まるであの一撃で終わるような気になっていたのは何故なんだろう。
思い当たる節が一つだけあった。
(まさか、これが俺の持ってる『覚醒』の力……? あのでかいジュレオンでも一発で倒せたんだし、普通に考えるならそうだよな? 発動条件だけがまだいまいち分かんねえけど……)
ともあれひとまずジュレオンを何とか止める事ができた。
これでナラタ村が襲われるような最悪の結末だけは回避できたか。
(セレナの方も上手くいってればいいけど)
「幸輝っ!」
ここでずっと後方にいたリゼから声がかかった。
振り向くともうすぐそこまで駆け付けてきている。
そしてすぐさま至近距離まで近付いてきて、
「大丈夫!? 怪我は……当然してるよね。すぐに回復を……の前に、この左手は何かな? もしかして私の盾魔法が壊されかけた時に自分で刺したの?」
なんかご立腹であった。
「えっ、いやぁ、これは……」
「すぐに否定しないって事はやっぱりそうなんだね!! どうしてあんな無茶をしたの!? 左手だけじゃない、危険な魔法に向かって走って行ったりぎりぎりで何とか回避できたりはしたけど……幸輝は全体的に自分の体を酷使しすぎなんだよ!」
「や、だってああするしか打開策出てこなかったし……そもそも戦いって基本的に危険だから体を酷使するものなんじゃあ……」
「なぁん!?」
「……あ、はい、すいませんでした……」
もう普通に謝るしかなかった。
この見習い女神の少女は幸輝の事を心配して怒っているので何も言い返せない。
「まったく! 幸輝ったらまったく!」
何やらすげープンプンしている彼女をどうしたものかと考えていると、
「コウキ! リゼ!」
上から少女が降ってきた。
風魔法の使い手であるセレナだ。どうやら空を飛んできたらしい。というかなんか持っている、人間的な何かを。
「良かった、ちゃんと生きてた……! そうだっ、魔物はどこ? 後は任せてちょうだい、私がすぐに倒してあげるからっ」
「大丈夫だよセレナ。ジュレオンなら幸輝が今さっき倒したとこだから」
「……………………え、まじ?」
ラーノ一番の実力者が壊れかけの人形みたいにぎこちなくこちらへ振り向いた。
「「まじ」」
幸輝が指差した方をセレナが見ると、そこには倒れているジュレオンの姿がある。
彼女はジュレオンと幸輝を交互に見てから、
「……アンタ、何者?」
「至って平凡な人間ですが」
「平凡な人間、しかも初級冒険者が言葉を話す魔物を倒すだなんて、そんな話聞いた事もないんですけど……」
「俺だってめちゃくちゃ必死だったんだよ。何度死ぬと思ったか……」
自分の手が金色に光った事はセレナには黙っておく事にした。
変に言ったらラーノを出る直前に言ってた手合わせをしようとか言い出しそうでおっかない。
セレナは幸輝の姿を見て色々察したらしく、
「……まあいいわ。勇気と無謀を履き違えるなって説教でもしようと思ったけど、そんだけボロボロになっても生き残ったんなら、間違いなくアンタの勝ちって事でしょうしお咎めはしないでおいてあげる。……とにかく、二人共無事で良かったわ」
「うんっ」
「おう」
「それよりセレナ、それって……」
リゼが地面に転がっている人間を指差した。
わざわざここまで持ってきたという事は。
「そ、こいつがザオロ、盗賊のリーダーよ。私と目が合うなり逃げ出したから捕まえるのにちょっと苦労したけど、とんだはずれくじを引かされたもんだわ」
「やっぱセレナが来るまで時間稼いでた方がよかったなこれ……」
まさかの黒幕の一人であるリーダーがこんなにもあっけなく捕まるとは、やはり上級冒険者は一味違うようだ。
多分ジュレオンが相手でも普通に勝ちそうな雰囲気がある。
そんな風に思っていると、急に体が軋むような感覚が起きた。
「ッ……ぐ、ぁ……!?」
「幸輝!?」
「どうしたの!?」
幸輝が苦悶の表情を浮かべた。
理由は分かる。
「リゼの、強化魔法の効果が切れたんだ……。い、今まで何とか我慢できてた痛みが……一気にぶり返してきたらしい……」
強化状態中でも悲鳴を上げていた体がいよいよ限界に近付いていた。
根っこの鞭で打ち付けられた全身の打ち身の感覚を含め、自分で突き刺した左手がとにかくやばい。常に体の全体に電撃が走っているような痛みがする。
意識を強く保っていないとすぐにでも気を失ってしまいそうだ。
「リゼ、早く回復魔法を! 治る速度が遅くても今の状態が長引くよりかはマシなはず!」
「うん! 治癒!」
リゼが両手をかざすと、幸輝の左手部分に薄いオレンジ色の光が現れ、何だか陽だまりのような暖かさを感じてきた。
すぐに痛みが引く事はないが、不思議と心が落ち着くような気分になってくる。
「出血が酷いから左手を先に治していくねっ」
「あ、ああ……」
よろけて倒れてしまいそうになる所をセレナに助けられる。
男として情けないなぁと思いながらも肩を貸してもらう事にした。
とりあえず黒幕の二人はここにいて、どちらも倒れている状態だ。
幸輝に肩を貸しているため満足に両腕を使えないセレナはザオロの方へ指をくいっとやると、
「ほいっ」
そこに風が発生してザオロの体を浮かせた。
他人も浮かせられるのか、あの風は。
「さて」
そしてセレナはもう一人の方の黒幕を見る。
魔物、ジュレオンを。
真道幸輝はジュレオンと戦い、実際にジュレオンから戦う理由や人間を狙う理由を聞いた。
だから全てにおいてあの魔物だけが悪いとはどうしても思えなかったのだ。
しかし、セレナは違う。
元々この世界に住んでいる彼女は上級冒険者で、色んな人達から頼りにされて依頼を受けている。
上級冒険者とは、それだけ悪党や魔物と戦ってきたという証拠でもある。
故に、彼女は魔物に対して遠慮や容赦なんてしない。むしろいらないと考えていても何らおかしくはない。
分かっているのだろう。倒れてはいてもジュレオンはまだ死んでいないと。
だから、セレナはジュレオンの方へ手を向けた。
ザオロにやったように指を上げるのではなく、手のひらを向けて。
それは、紛れもなくとどめを刺すための動作だった。
全身の痛みで意識が朦朧とする中、幸輝が何とか口を開こうとするも間に合わずセレナが魔法を放とうとした瞬間。
「なに、あれ……?」
まさに風の塊を生成していたセレナが発した言葉だった。
視線はジュレオンの方に向いている。幸輝もゆっくりとそちらに目を向けた。
そこには。
何かの光に包まれながら徐々に体が小さくなっていくジュレオンの姿があった。
その大きさは、最終的に二〇センチくらいまで縮んでいた。
「これまで色んなのと戦ってはきたけど、あんな現象を見るのは初めてよ……」
「リゼは……何か分かるか?」
「私も分からないかも。ジュレオンは木属性の魔法を使うし、固有能力も擬態だから小さくなってるのとは何も関係ないはずだけど……」
熟練者のセレナでも魔法に博識なリゼでも分からないともなると、唯一考えられるのはやはり真道幸輝の金色に光っていた拳が原因だろうか。
攻撃を当てた瞬間、ジュレオンの体は金色の光に包まれて体内から出てきた黒い靄のようなものを、金色の光が消滅させた。
(まさか、あの黒い靄みたいなのが消えたから小さくなった……? でも何で……)
原因は分かっても理屈が分からない。
三メートルもあったジュレオンがニ〇センチ程まで縮んだのは何故なんだ?
「ヤツが起きたわ」
すると、これまで気を失っていた魔物が目を覚ました。
言葉を話す魔物ジュレオン。
人間への憎しみを持っていた魔物が立つ。
ただし四足歩行で。
「「「……」」」
緑と茶色を基調とした体表面、目玉が出ているんじゃないかと思ってしまう程目立っている眼球、爬虫類特有のトカゲっぽい顔。
それがニ〇センチの大きさ、しかも四足歩行で堂々と佇んでいる。
あれではまるで……。
「……カメ、レオン……?」
そう、ただのカメレオンにしか見えないのだ。
「ねえ……アレって本当にアンタ達が戦ってたジュレオンって魔物なの? なんか……ただの動物にしか見えないんだけど」
「ああ、そのはず、なんだけど……」
もしかしたら固有能力がもう一つあって、最初は人間にも擬態していたし小さくなって普通の動物にも擬態するのではないかとも思ったのだが。
ジュレオンは無機質な目で虚空を見つめているだけで全然動こうともしない。
しまいにはどこからか飛んできた小さなハエみたいな虫を舌を伸ばして絡め取って食べていた。
見れば見るほどただのカメレオンだ、あれ。いや、そもそもこの世界にカメレオンとかいるのか? まあ形は少し違うが牛や鶏もいるくらいだしいてもおかしくはないかもしれない。
「……うーん、まあいっか。さっきの現象がよく分かんないけど、あの様子だともう魔物じゃなくて無害な動物になったみたいだし、このまま手をかけるのは気が引けるわ。ただの動物だってんなら、放置でいいでしょ」
「殺さ、ない……のか?」
「何、そっちの方がいいの?」
「……いや、助かる……」
これで一応ジュレオンは殺されずに済んだようだ。
リゼに至っては一旦回復魔法を中断してからカメレオンとなったジュレオンを手に持って近くの木の枝に乗せている。あの女神の中では既に危機は去ったらしい。
「バイバイ、もう悪い事はせずに自然の中でのんびり暮らしてね。この森なら悪い人や動物もいないから暮らしやすいはずだよ」
ただのカメレオンとなったジュレオンに小さく手を振っているリゼを見てセレナは微笑みながら、
「それじゃ私達も帰りますか。拠点で眠ってる盗賊達は後で村の人達に連れてってもらうから、私達はザオロを連れて帰りましょ」
「ああ……」
返事をする。
その次にはもう、幸輝の意識は薄れかけていた。
(ダメだ……もう、保てない……)
ジュレオンも殺されず、ザオロを含めた盗賊は全員確保。
ナラタ村の危機は完全に去ったという安心感が、真道幸輝を緊張感から解放する。
それは魔物という脅威と戦い勝ってみせた少年が、ようやっと安心して意識を手放す瞬間を意味していた。
第一章は次で終わるので、明日の12時10分更新とさせていただきます。




