51.少年は悲劇を許さない(12)
「また避けたか。いい加減楽に死んだ方がまだ苦しまずに逝けると思うんだがなぁ? これまでの冒険者は絶望しながらも最後は諦めて潰されていったぜ?」
「ッ、テメェ……どうしてそんな惨い事を平気でやれんだ!! 人の命を何だと思ってやがる!!」
すぐさまジュレオンの下へ走る。
だが、ヤツもそれを簡単には許してくれず、今さっきやったのと同じようにまた巨大な鞭を横へと走らせてきた。
「人の命だぁ? ヒヒッ、そんなのは虫けらと何ら変わらんだろうがぁ! 住処に入ってきた目障りな羽虫を潰していちいち罪悪感にかられるか!? しないだろそんな事ぉ!! 害虫や害獣駆除と一緒さ! オレ様はそれを少しでも楽しめるように自分で工夫してるだけに過ぎないんだよぉ!!」
「強化!」
リゼの強化魔法が再びかかると同時に今度は自ら巨大な鞭へと向かう。
上へ跳ぶのではなく跳び箱を跳ぶ時のようにスレスレのラインで跳び、鞭に一瞬手を置いて飛び越える。
「そもそもそれは人間である貴様らも同じだろう!! 魔物と人間、生まれた時から決して相容れない存在、敵同士、先祖代々から争い殺し合って、お互いを狩り合っている歴史がそれを証明してるんだぁ! 貴様ら人間は魔物の命をどう思っている? オレ様が何もしなかったら人間はオレ様を殺さないのか? 違うだろぉ!? こっちが魔物の時点で見つければ貴様らは問答無用で殺そうとしてくるだろうがぁ!! 殺らなきゃ殺られるはこっちも同じなんだよぉ!!」
「ぐぁっ……!?」
巨大な鞭が乱暴に地面に叩きつけられるだけで風圧が襲ってくる。
これではまともに近付けない。
魔物は人間に害を及ぼすから殺さなければならない。
人間は魔物に害を及ぼすから殺さなければならない。
この世界ではそれが遥か昔から当然のようにあった常識。
だからどちらの存在もそれを疑う事なく今も殺し合いという争いを無条件で続けている。
かくいう真道幸輝も異世界からやってきた異物ではあるが、冒険者という身になり魔物討伐というクエストを受けた事もあった。
その時は失敗したが、何の疑いも持っていなかったはずだ。
魔物を倒す……殺す事に対して何の思いも抱いていなかったはずだ。
バロッグと戦っていた時にようやく冒険者と盗賊、人間同士の殺し合いを聞かされて気付かされたのだ。もうゲームみたいな感覚ではいられないと。
自分の手で生き物を殺すというのがどういう意味を持つのかを。
だから武器を扱えなくて良かったと今は思っている。相手を倒すならせめて自分の手でと昨日の今日で思うようになってきた。
殺さなきゃ自分が殺される。
なるほど、確かにそれは人間側だけでなく魔物側でも同じ事を言える。それも言葉を話せるほど知能を持った魔物なら尚の事。
お互いが目障り。
殺す事に違和感を感じていない。
それが当然という認識がどちらにもある。
であれば。
「そうか……」
ジュレオンの言葉を聞いて真道幸輝はそれを全部飲み込んだ。
ヤツが今まで手を掛けてきた冒険者達もみんな殺さなきゃ自分が殺されるという同じ事情を持っていて、だからこそ争い、ジュレオンが勝ち残ったという事なのかもしれない。
別に魔物側の言い分を全て肯定する訳でもないが、それを聞いて何も思わなかった訳じゃない。
ある意味、別の世界から来た真道幸輝だからこそ思い至った到達点かもしれないが。
聞かずにはいられなかった。
「なら、お前は人間と魔物が共存できる方法はないか考えなかったのか?」
「………………………………………………………………あぁ?」
思わず巨大な根っこの鞭の動きも止まった。
三メートルもある巨体が、今だけは少年の言葉にポツンと立っている事しかできなかったのだ。
「見つかった時点で殺さなきゃ自分が殺される。ああ、確かにそうだ。ここはそういう世界で、お前達はそうやって生きてきたんだろうな。冒険者は魔物に被害を受けた人から依頼を受けて討伐しに行って、魔物は人間が来たから迎え撃つ。お互いがこれからも生きるために。それが当たり前の生き方だったんだろ。……だったらさ、そこまで考えられたなら、何でお前は人間と魔物が共存できるような世界にしようと思わなかったんだよ」
「何を、言ってる……?」
さっきまで響いていた戦闘音が嘘だったかのように静寂に包まれる。
「魔物の中でも物事を考えられるくらい知能を持って、せっかく人間とも言葉を交わせる貴重な存在だってのに、本当に敵対を選ぶしかなかったのか? お前ほど強いヤツなら人間を殺す前に対話をしてみる選択肢だってあったはずだ。人間に対してどんな憎しみがあるのかは知らねえけど、痛ぶる前に、弱らせる前に、お前の魔法で拘束してからでもちゃんとした話をする事だってできただろ」
「……」
「お前が一番最初にすべき事はこの争いに疑問を持って対話を持ちかける事だった。なのにそれもしないで魔物と人間の殺し合いは当たり前だと決め付けて、悪趣味な事に手を染めた挙句ナラタ村の罪もない人達を殺そうとしてるなら……お前は無意味な悲劇を広げるだけの卑怯な魔物で……俺の敵だよ」
この世に生まれた瞬間から本能で人間は敵だと感じていたのか、何かしらの事情があってそう思うようになったのかは分からない。
しかし今だけの現状を見ると、ジュレオンは盗賊や罪もない人達を利用しようとし、気分が変われば殺すとも言っている。
事情や因縁があってもなくても、今ジュレオンがやろうとしている事は決して許される事ではない。
それだけは確かだった。
だから真道幸輝は堂々と立っている。
全身が傷だらけでも、左手がほとんど使えなくても。
絶対にここでジュレオンを止める。
それだけのために。
周囲からは風で揺れる草木の音やどこかで鳥が鳴いている声しか聞こえない。
ジュレオンとの戦闘が始まってからこんなにも静かな時間が続いたのはこれが初めてだった。
沈黙を破ったのは言葉を話す魔物の方であった。
「人間は敵だ……憎むべき存在だ」
「……」
「そうやって生き残ってきたんだよオレはぁ!! 存在してるだけでただただ危険だからと人間共の勝手な都合で冒険者達は森の奥に住んでいただけのオレ達の縄張りを襲い、仲間諸共皆殺しにした!! 縄張りから少し離れた所で景色に擬態してたオレだけが残って後は全滅だ。オレ達の縄張りが今どうなっているか知ってるか人間? 行商人だの馬車だのが通るために木々は伐採されご立派な人間サマが使う道になってるさ!! これで人間は敵じゃないなどと言えるかぁ!? 言えないよなぁ!? なのに共存? 対話だぁ? それを最初にしてこなかったのは貴様らだろうが。自分勝手な都合で仲間を皆殺しにし、選択肢を潰したのも人間なんだよぉ!!」
ジュレオンの声色からは憎しみしか感じられなかった。
仲間が全て皆殺し。その中にはジュレオンの家族だっていたのかもしれない。
ただ森で住んでいただけなのに人間側の都合でみんな殺され、生き残ったジュレオンは人間に強い憎しみを覚えた。
人間と魔物。この世界で決して相容れない存在同士。だから殺し殺されるのも仕方ない。
そんなので済まして良い訳がなかった。
ジュレオンが人間を憎むのも当然だと、真道幸輝は思ってしまったから。
「……だからオレ様はこれからも人間を殺すぞ。一瞬で殺すんじゃ気が収まらねぇ。可能な限り痛ぶって、精神的にも屈辱的な気分を味合わせて、絶望させきった所で最終的にぶっ潰してやるんだよぉ!!」
復讐。
あるいは敵討ち。
仲間が殺され、縄張りを失ったジュレオンはそうする事で今日まで生きてきたのかもしれない。
そういえば最初の方にナラタ村を縄張りにしようとしていたのもこのためだったか。
人間に縄張りを奪われたのなら、人間の住んでいる場所を自分がまた奪えばいいと考えたのだろう。
むしろ盗賊だとしてもよく憎んでいる人間と手を組んだものだ。いいや、どうせ裏切るつもりだったからその辺も復讐と変わらないか。
ジュレオンの言い分は分かった。
真道幸輝でさえ、人間を憎んでも仕方ないと思うような出来事だった。
これじゃ対話なんて夢のまた夢の話だと思う。
魔物だけじゃない、人間側も分かり合おうとしていないのだから当然争いが絶えない訳だ。
「……悪い。やっぱり俺はお前を止めるよ」
その上で。
「お前の気持ちは分かるなんて言ってやれるほど、俺は強い憎しみを持った事や悲しい別れを経験した事がないから、お前に寄り添えるとも思ってない。もし寄り添ったとしても、それでお前の憎しみが収まるとも思ってない。何よりお前が人間を憎む理由が理解できちまったから、言葉で止めようにも無理なのも分かったんだ」
少年は立ちはだかる事をやめなかった。
「けどさ、俺も人間だから……やっぱり人間側に気持ちが傾いちまうんだよ。ナラタ村の人達は優しかった。昨日と今日しか接した時間はないけど……体を気遣ってくれたり、食べ物をたくさん食わせてもらったり、みんな穏やかで温かい人達だったんだ」
ジュレオンの復讐に対してこんな薄い気持ちで立ちはだかるのは筋違いかもしれない。
だけど、それだけで脅威に立ち向かえるのが真道幸輝という人間だった。
「そんな優しくて無関係な人達を、これ以上怯えさせる訳にはいかない。お前だってもう止まれないんだろ。ならジュレオン、お前の復讐はここで終わりだ。冒険者としてじゃねえ。この真道幸輝が……テメェの憎しみごとまとめてぶん殴って止めてやる!!」
「ハッ! どうせ貴様を殺す事に変わりはねぇんだ。最後には絶望して死にやがれぇッ!!」
人間と魔物。
結局は逃れられない最後の戦いが始まった。




