47.少年は悲劇を許さない(8)
(ちくしょう、どこに行った!?)
まばたきをしていなかったのにジュレオンを見失った。
普通ならありえない。だけど実際に真道幸輝の目の前からジュレオンは消えたのだ。
「リゼ! ヤツがどこに隠れたか分かるか!?」
「ダメ! 私から見てもすぐに消えちゃったから分からない!」
後方から見てても一緒だったという事は、ジュレオンが消えたのは幸輝の見間違いじゃないらしい。
「気を付けて! ジュレオンは主に木の根っこや木の弾丸の魔法を使ってたから、おそらく魔法の属性は『木』だよ。だからジュレオンが消えたのは魔法を使ったからじゃない。消えたのはジュレオン自身が持ってる固有の能力だと考えて!」
「あいつ自身の能力?」
ここにきて初の対魔法戦だけでなく対固有能力持ちまで追加されるのは普通に厳しすぎる。
言葉を話す魔物というのはそこまで厄介なものなのか。
周囲を警戒するもジュレオンの姿は見当たらない。
いつの間にか木の根っこも消えている事から魔法を解除したのだろう。
ヤツの口振りからすれば逃げたと考えるのはまずない。
悪趣味なジュレオンの事だ。必ず近くで見ているはず。諦めずに立ち向かおうとしてくる幸輝を痛ぶる方法でも考えているに違いない。
相手を痛ぶって弱らせるのが趣味なら、まず何をするか。
癪だがヤツの立場になって考えてみる。
(……姿を消せるのがあいつの能力で、相手を痛ぶるのがヤツの趣味なら……………………まさか)
最悪な想像ができてしまった。
(だとしたら、めちゃくちゃまずい!!)
「ジュラン!!」
焦りが態度に出たのが失敗だったかもしれない。
そのせいで反応が遅れた。
どこからともなくジュレオンの声が聞こえたと思ったら、根っこの鞭が幸輝の下から一気に二本も飛んできた。
根っこの鞭とは言ってもその太さは人間の太ももぐらいはある。そんなのが突然来たらもはやどうしようもなく、リゼの防御魔法も間に合わないまま鞭は幸輝の腹部に直撃した。
「ごッ……!?」
「幸輝!?」
それだけでは終わらない。
根っこの鞭はそのままの勢いで幸輝の体ごと左へ方向転換。スピードを殺さずに一人の少年は体全体を大木へ打ち付けられ、鞭と大木に挟まれる形となった。
「ぶごぁッ!? ぁ、がっ!?」
一瞬前後左右の感覚すら分からなくなり、力無く地面へと倒れてしまう。
「かはっ、はぁ……はぁ……!」
体が酸素を求め必死に呼吸を繰り返す。
しかしそんな時間も長くは続かない。
ジュレオンの魔法はまだ発動したままだ。
つまり。
(……く、るッ……!!)
触手のような動きをしながら根っこの鞭がまた迫ってきた。
呼吸も整わないまま幸輝は横に避ける事で何とか回避。
周囲を見渡してもヤツの姿はない。けどさっきの声は近くで聞こえた。
ということは遠くで見ている訳ではないはず。声の距離感からしてまだ近くにいる。ヤツの趣向から考えると相手が弱っていく姿は遠くではなく近くで見ていたいと考えるのが妥当か。
「どうだ、怖いかぁ?」
「ッ!?」
急に後ろから声が聞こえ、ほとんど脊髄反射で裏拳のように腕を振るうが、当然空を切るだけだった。
「敵の姿が見えないってのは怖いだろぉ? しかも攻撃も飛んでくるのに自分からは何もできない。その無力感が相手の精神を擦り減らしていくんだぜぇ?」
今度は右から声がした。
音源の方へ走り拳を振るうも空振りに終わる。
「くそっ!!」
「強化!」
効果が切れると同時にリゼから魔法が掛けられる。
攻撃が来る場所が分からないとリゼからの防御魔法もあまり期待できそうにない。
「ヒヒヒッ、この一方的な蹂躙感……最っ高だなぁ!!」
声は確かに近くで聞こえるのに詳細な場所までの特定ができない。
何となくで場所を絞って拳を振るったり蹴りをしても何の意味もなかった。
そもそも姿を消しているとはいってもだ。
ジュレオンが透明のまま目の前にいたとして、そこへ殴り掛かれば透明でも当たるのか、透明だからヤツがその場から動いていなくても当たらないのか、それすらちゃんと分かっていない状態である。
(あいつの声がした方に俺が攻撃しに行ったらヤツはもうそこにはいなくて別の所に移動してた。もし俺の攻撃を躱したと考えるなら、透明になってても場所さえ分かれば俺の攻撃は当たるはずだ……!)
しかし一番の難題はジュレオンの姿が見えない事にある。
不可視を相手にするのは当然初めてだ。どう戦えばいいかなんて分かるはずもない。
「っ!」
考える時間もなく、次の一手は既に迫ってきている。
真下の地面が不自然に膨らみかけるのを見た瞬間、幸輝は慌てて転がるように前方へ回避行動をとる。
一秒もしない内に地面から根っこの鞭が飛び出してきた。
そしてまだ油断はできない。鞭の攻撃があれで終わりじゃないなら消えずにすぐこちらへ仕掛けてくるはずだ。
全神経を集中させる。少しでも動きを予測して避けるために。
だからだろうか。
「っ?」
幸輝の耳に、正確には左方向からザザッという異音が聞こえたのは。
あれは足下と地面の砂利が擦れる音だった。決して自然に聞こえて来るような音じゃない。
しかもすぐに来ると思っていた鞭の攻撃はすぐには来ず、およそ三秒後に幸輝目掛けて突っ込んできた。
本来なら幸輝も避けるはずだった。何せそのために集中していたのだから。
「……」
しかし根っこの鞭は真道幸輝に当たった。
真っ直ぐに飛んできた一度目は避けたが、そこから横へ薙ぎ払うような攻撃に変わって当たったのだ。
「ぐッ……!!」
地面を滑るようにして飛ばされるも、何とか腕のガードが間に合って直撃は免れた。
ヤツの姿が現れる。
「ほぉ、上手く防御できたようだなぁ。いいぞぉ、それでこそ嬲りがいがあるってもんだぁ!」
「はぁっ……真正面から堂々と戦えねえのか、テメェは……」
「ハッ! 安い挑発だなぁ。悪ぃがそれには乗らねえぜ? オレ様にはオレ様のやり方ってのがあるからなぁ」
この間にジュレオンの姿をくまなく観察する。
ヤツは完全に真道幸輝を下に見ている。それか戦う相手には毎回こうやって精神を擦り減らすような煽りをしているのかは分からないが。
「まあ安心しなぁ。貴様がボロ雑巾になっていく様はちゃんと近くで見といてやるからよぉ」
そう言ってジュレオンの姿がまた消える。
だが、今度はちゃんと見えた。
さっきはまるでヤツが一瞬で消えたように見えたが、今回は一瞬ではなく徐々にスゥ……と静かに消えていくように見えたのだ。
消えると消えていくではまるで違う。
そしてジュレオンの正体も姿を観察して何となくだが分かってきた。
(下半身は木の表面みたいな茶色、上半身は葉っぱや草むらのような緑色。両腕は緑から茶色に変わっていってる)
思い出すように直前の記憶と照らし合わせてイメージを出していく。
(体表面は茶色の所がまるで本物の木みたいで硬そうだった。対して緑色の所は葉っぱみたいな色だけど、肌はどちらかというと爬虫類のような、それも蛇とかじゃなくトカゲ類みたいな感じだった……)
砂を塗り固めたようなざらつきのある肌は爬虫類。
そして最初にジュレオンを見た時の印象として強かったのが、目玉の形が分かるほど浮き出ている事。そんな爬虫類には覚えがある。
(ジュレオン……おそらくあいつはカメレオンの特性を持った魔物。姿が見えないのは透明になって消えてるからじゃない。周囲の草木に擬態して極限まで見えにくくなってるんだ)
さっき幸輝が前方に回避した時に聞こえた音。
あれは正面近くで相手が弱る様を見たいジュレオンが、幸輝から離れた時に出た足と地面の擦れる音だった。
今まで気付かなかったのは、根っこの鞭に気を取られすぎて周りの音を気にしてる場合じゃなかったからだ。
相手の姿が見えない場合、まず対処しないといけないのがどこから襲ってくるか分からない根っこの鞭となる。まさに相手にそう考えさせる事で本体への注意を散漫にさせるのがヤツの狙い。
そうやって過去の冒険者達はやられたのかもしれない。
なまじ攻防戦に慣れているからこそ、相手の攻撃を武器で防いだり魔法で応戦した時の激しい衝突音がジュレオンの移動音を聞き逃してしまう結果となり、次第に擦り減らされた精神は見えない敵への絶望に変わってとどめを刺される。
こんな悲劇をヤツは繰り返してきた。
だが真道幸輝は聞いた。ヤツへの手掛かりの音を。
武器が使えないから、魔法が使えないから頑張っても避ける事しかできず、しかしそのおかげで余計な音が出ずにヒントを掴む事ができたのだ。
三メートルもの巨体であれば、その時の移動音を抑えるのは容易ではない。だから受け止めもせず応戦もしないまま不意に自分の方へ避けてきた幸輝を回避するのは、ヤツにとっても緊急事態だった。
周囲の景色と常に一体化してるようなものだから透明になっているように思っていただけで、実際はそこにちゃんと存在しているのだ。
擬態性能自体はカメレオンよりも上かもしれないが、物理が通じるなら希望だってまだある。
「オレ様を倒すつもりでいるんだろぉ? ならもっと奮戦してみなぁ!」
特定はできないがおおよそ右斜め前辺りから声がした。
(……大丈夫。何も分からなかったさっきと比べたら、微かな光はちゃんと見えてきてる)
恐怖心はまだ拭えないが、それでも自分の意思でまだ立てる。
許してたまるか、こんなヤツにナラタ村をめちゃくちゃにされるなんて。
罪もない人々を散々利用された挙句、価値がなくなったら殺される未来なんて。
絶対にあってたまるか。




