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46.少年は悲劇を許せない(7)

 リゼから強化魔法を掛けられた直後に前へ飛び出す。

 そうする事で相手の注意を支援役のリゼから少しでも幸輝に移すのが目的だ。

 それと。


(あいつが普通の魔物じゃねえなら何をしでかしてくるかは一切分からない。だったらいっそ近付いて選択肢を狭める!)


 ジュレオンが魔法を主体に使うにしろ何かしら固有の能力を使うにしろ、離れていてはまず危険だ。

 どんな魔法を使ってくるか分からない。であればヤツに近付いて魔法なり能力なりの攻撃力を最小限に抑えなければならない状況をこちらから作る。


 自分の魔法の攻撃範囲を知っているなら、ヤツだって自爆行為になるような強い魔法は使えないはずだ。

 そう思っていた矢先。


 ジュレオンが手を地面に付けた。

 次の瞬間。


「『ジュラン』!」


「っ!?」


 地面から太い木の根っこのようなものが一本飛び出してきた。

 先端は尖ってるようにも見えるがよく見ると丸みを帯びている。地面の中にもあるであろう根っこみたいなものがどこに繋がってるかも分からないが、それはうねうねと蠢いていた。


(何だ、あれ……? 木の、根っこ?)


 思わず幸輝の足が止まった。

 その時点でこちらの思惑は潰されたのだが、既に魔法が発動された以上は迂闊な事はできない。


 おそらくあれがジュレオンの魔法。

 ならそこから読み取れる情報は……。


(木を操る魔法……? それにあいつ、魔法を使う時に魔法名を言ったよな。確かセレナの話だと強いヤツほど魔法は言葉にしなくても発動できるって言ってたはず……。だとしたら、あいつはあの魔法をまだ使い慣れてないって事か? それか俺を甘く見てるからって新しく覚えた魔法を試そうとしてる? いや、どっちみち危険には変わりない……!)


「さあてぇ、貴様はどこまで耐えられるかなぁ?」


(っ、来る!)


 ジュレオンが手をこちらにかざすと、それまでうねうね動いていた根っこの触手みたいなのが突然猛スピードで幸輝に襲いかかってきた。


「くッ!!」


 幸輝は横に跳び掛かるようにして、ほとんど間一髪でそれを避ける。

 地面から伸びたままの根っこが幸輝とすれ違うように真反対へ飛んでいっている間に態勢を立て直し、ジュレオンの方へ走っていく。


 見た感じあの攻撃は木の根っこを地面から伸ばしたまま鞭みたいに自在に操る魔法だ。

 どこまで伸びるかは分からないが、ああいう操作系の魔法は自由が利く分大体広範囲だったりする。


 つまりヤツがあの根っこの鞭を元の位置に戻す前に間合いを詰めれば、ヤツの視界の大半が幸輝に埋め尽くされ操作の妨害ができる。

 操作系の攻撃の弱点は自由度が高いだけに、それを封じられると一気に発動した本人が無防備になるという事。それだけでこちらにも多少なり勝機が見えてくる。


(まずは懐に……!!)


「発動できるのが一つだけだと思ったかぁ?」


 気付けばジュレオンが手を地面に付けていた。

 さっきはあの状態で魔法を発動した。

 という事は……。


「ジュラン!」


「なっ!?」


 ジュレオンに近付こうと走っている幸輝の真下。

 そこから同じように根っこの触手が飛び出してきた。


 根っこの先端がまともに顎下へ直撃する。


「がッ……ぁ……!?」


 鋭利なアッパーカットを喰らった気分だった。

 脳が揺さぶられ一瞬意識が飛び掛けたが、背中が地面に落ちた衝撃のおかげで何とか気絶するのは免れたらしい。


「幸輝っ、大丈夫!? ごめんねっ、防御魔法が間に合わなかった!」


 背後の方からリゼの声が聞こえる。

 無理もない。リゼからの視点じゃ幸輝自身が死角になって相手の魔法がよく見えてなかったのだ。


「気に、すんな……リゼはタイミングが合いそうな時に防御をしてくれりゃいい……!」


 顎の辺りがじんじんするが、やはり強化魔法のおかげで一応全体的に丈夫になってるらしく、痛み以外の異常は感じられない。

 生身への攻撃だったのに大したダメージと思えなかったのは、あの魔法の威力自体はそんなに高くないという事か?


 視線をジュレオンに戻すと、ヤツの左右に根っこの鞭が二本存在している。

 さっき放ってきたのも既に元の位置に戻っているという事は、速さも相当なものだろう。


(くそっ、やっぱ魔法って相手にすると面倒すぎるな……。これならまだある程度予測できてたバロッグの方が全然戦いやすかったぞ……)


 しかし戦いを始めたからにはもうつべこべ言っていられない。

 まずはジュレオンに近付くところから始めないと戦況は何も変わらないのだ。


 もう一度、強く地面を踏み出して走り出す。


「このオレ様に接近戦を挑もうとは、勇敢か馬鹿か……ヒヒッ、後者の方に決まってるかぁ!!」


 ジュレオンが両手を前に突き出すと同時に根っこの鞭が二つとも幸輝の方へ向かってきた。

 速さは凄いが、観察する事も忘れない。ヤツの動きをよく見る。当たる直前に下に屈む事で根っこをかわすと、触手は両方幸輝の後ろへ飛んでいったままとなった。


 態勢を低くしながらジュレオンに近付きつつも警戒は怠らない。


(おそらくあの魔法は操作系の中でも手動で操るタイプだ。そしてあいつは現状両手で根っこの鞭を操ってる。普通に考えるなら二本の腕で操れる根っこの数は二本が限度。三本以上だと手動でどれをどう操作すればいいか分からなくて混乱するものなんだから。だから俺の予想が正しければ、あいつはもうこれ以上根っこの鞭を増やせない!)


 根っこの鞭を自在に操作できるからといって、今から二本の鞭を方向転換させて幸輝の方に飛ばそうとしても距離的に幸輝の方が先にジュレオンの懐に辿り着く。

 まずは一発でもいいからあいつをぶん殴る。そう決めたのだ。


 しかし、ジュレオンを見ると。

 ヤツは笑っていた。


「なっ……」


 ジュレオンが両手の指先をくいっと自身の方に向けると、二本の根っこの鞭が幸輝に向かって伸びてくる。

 しかも今よりスピードを増した状態で。これでは幸輝がジュレオンに辿り着く前に鞭の方が幸輝に辿り着いてしまう。


 咄嗟にだった。


「ぐっ……リ、ゼぇぇええええッ!!」


 サポーター役の名前を叫ぶ。


「『(シルド)』!!」


 すると幸輝の背後にガラスのような六角形型の盾が一枚出てきた。

 それはジュレオンが放った根っこの鞭を弾くように防ぐ。リゼの防御魔法で防げたという事は、やはりあの鞭自体の攻撃力は低い……?


 ともあれ根っこの鞭を防いだ今、時間は稼げた。

 その間にも真道幸輝はジュレオンに近付いている。距離にしてあと十メートル程。


 だが、根っこの鞭が防がれたにもかかわらずジュレオンの顔に焦りはなかった。

 それが不気味でならない。確かに近付いている。近付いてはいるが、本当にこれでいいのだろうかとさえ思ってしまう。


 そして予感は的中してしまう。

 ジュレオンは根っこの鞭を幸輝の左右に伸ばしたまま挟むようにして近付けてきた。二本の鞭に挟まれる事によって幸輝とジュレオンの間にできるのは一本道。


 何故か根っこの鞭を叩きつけてくるような事はしてこなかった。

 だから不安が先にやってくる。誘い込まれているような感覚があるのだ。分かりやすい攻撃ではなく、もっと別の何かをしてくるような気味悪さ。


(っ……何かをしてくる前にぶっ飛ばす!)


 地面を強く踏み出す。

 それでジュレオンとの距離は二メートルまで縮んだ。


 ほぼ至近距離。

 だからか。


 ジュレオンが根っこの鞭の操作をしていた両手の形を変えた。

 しかし、二本の鞭は幸輝を挟むようにしているだけで動く気配はない。


 両手は手を合わせる直前みたいに半ば合わせるようにし、木の色をしている角ばった指は五指ともこちらに向いている。

 別の何かをしてくる、そんな嫌な予感がした時にはもう遅かった。


「『ジュガン』」


 相手より先に攻撃をするつもりで踏み込んでいたのと、左右を二本の根っこの鞭で逃げられないようにされていたのが運の尽き。

 ジュレオンの両手の指先から三センチほどの木でできた無数の弾丸が、真道幸輝の全身へ襲い掛かった。


「ご……ばッ……ッ!?」


 無数の木の弾丸が腹部に押し寄せ、少年の体が根っこの鞭に挟まれたままくの字になって真っ直ぐ後方へ飛ばされていく。

 冗談抜きに体内の空気が強制的に全部吐き出された。


「がはっ! ごほっ……かはッ……!!」


 転がったまま何とか態勢を立て直す。

 呼吸をするのも苦しいが、痛みでいえば耐えられないほどではない。


(痛いのは痛いけど、ダメージが大きい訳じゃない。けどさっきから何だ、この違和感は……)


 根っこの鞭もそうだったが、ジュレオンの魔法は致命的なダメージを受けるくらいのものじゃなかった。

 まだ他にも使える強い魔法があるかもしれないが、そうだと仮定するなら何故最初からそれを使ってこないのか。


(まさか、わざと……?)


「気付いたかぁ?」


 ジュレオンが見下すような態度で言う。


「そうさ、オレ様の趣味は獲物を痛ぶる事。一撃で終わらせちゃつまらない。少しずつ、少しずつ弱らせて相手が絶望しきったところでとどめを刺す。これが堪らねえんだぁ!」


「くそ、野郎が……」


「ああぁ、それだぁ。そういう態度をとってくるヤツを完膚なきまでに叩きのめしてじわじわ嬲り殺すのが楽しいんだよぉ!! 貴様もすぐには殺さんぞ。オレ様の作戦を台無しにしたんだからなぁ。ゆっくり、ゆ〜っくり痛めつけて全身の感覚が無くなるまで遊んでやるよぉ!!」


 何とも魔物らしい悪趣味だが、生憎そんなのに付き合う義理もない。

 一秒でも早くぶん殴ってやりたいが、実際ヤツの魔法は厄介だ。近付こうにも根っこの鞭でこちらの行動範囲を制限され、近付けたと思えば回避不可能なスピードの木の弾丸で反撃される。


 たった二つの魔法で相手を翻弄し痛ぶり尽くす。

 そうやってこれまでやってきたんだろう。いったいどれだけの被害者がいたのか想像もしたくない。


 少なくともあいつはそれが趣味で、今日まで普通に過ごしている事から確実に被害者はゼロじゃないのだ。

 ここで止めなくては、今度はナラタ村の人達がそんな風にされる。


(させない……絶対にそれだけは、させないッ!!)


「その目、まだ希望を失ってないなぁ。どこかで一発逆転を狙っている目だ。いけないなぁ……なら、その希望がどれまで持つか、試してみようかぁ?」


 ギョロリとジュレオンの目がぐるっと回る。

 すると二本の根っこの鞭が消失した。どうやら魔法の発動を解いたらしい。


 つまり、新しい何かをしてくる。


「何を、するつもりだ……」


「なぁに、見てれば分かるさぁ。……いいや、()()()()()()()()()()


 そう言ったと同時に、だ。

 真道幸輝は自分の目を疑った。


「…………………………は?」


 ヤツから目を逸らしてはいない。むしろ警戒していたからこそ注視していた。

 だから、なのに。


 前方にいたはずのジュレオンが、忽然と消えたのだ。

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