45.少年は悲劇を許さない(6)
下半身は茶色、上半身は顔も含め緑色、両腕は上から手にかけて緑色から茶色に変わっている。身長に関しては約三メートルもあった。
他に変化が激しい所はといえば顔の形がトカゲっぽいのもそうだが、何より眼球の丸い形が外から見ても分かるほど浮き出ている事か。
いいや、それよりもだ。
「魔、物……?」
人間のはずだった。
確かに人の姿をしていて、外の変化に慌てて飛び出てきたのだからそいつが盗賊のリーダーだと確信していたはずだった。
なのに。
まさか。
「まさか、お前が……魔物だったのか!?」
「あぁ、普段は人間の姿の方が都合が良いからなぁ」
だとしたら既にこちらの作戦は破綻している。
倒す相手がそもそも違うから実力がまず見合っていない。言葉を話せる魔物はセレナじゃないと倒せないのだ。幸輝なんておそらく瞬殺されてお終いの可能性だって全然ありえる。
(くそっ、人間に擬態できるなんて聞いてねえぞ……! セレナはバロッグから全部聞き出せていなかったってのか!? ……いや、それとも……あいつが人間の姿になってた事を、バロッグ達も知らなかった……?)
セレナの話によると魔物はリーダーのザオロとしか会っておらず、会う時間帯も早朝か深夜でザオロに許可された者のみが入れる首領室だけ。
もしその言葉がバロッグですらザオロに聞かされた話と自分の推測からでしか話せなかった内容だとしたら?
つまりザオロ以外誰も魔物の姿を見た事がないのは、誰も魔物を見ていなかった訳ではない。
最初からいたのだ。早朝でも深夜でもない。白昼堂々盗賊の仲間面をしながら必要以上の接触はせず、リーダーに呼ばれた体で首領室に入っている人間の姿をしていた魔物が。
「ザオロと手を組んで手下共に発表する前に新人の盗賊として加われば、その後魔物と手を組んだと発表があってもオレ様が人間に擬態してる魔物だって疑われる事はまずないからな。とってもやりやすかったぜぇ?」
「……目的は何だ?」
「目的ぃ?」
本来なら今すぐにでも撤退してセレナの方に逃げるべきなのだが、それをヤツが許してくれるとは限らない。
ならまずは落ち着いて相手の出方を見るべきだ。戦いが始まってしまえばその時点でこちらが死ぬかもしれないのなら、いかにそれを回避するかが重要になってくる。
「ナラタ村は平和な村だった。周りに害獣も魔物もいないからみんなが毎日を平穏に暮らせていたんだ。それを……何でわざわざ襲うような真似をした!?」
「平和……平穏……ねぇ……?」
完全に化物と化した魔物が幸輝の言葉を噛み締めるように呑み込んでいく。
そして、一瞬で表情がおぞましい形に変わった。
「だからだよぉ!!」
「…………………………………あ?」
「平和って事はつまり他の魔物も盗賊も手を付けていなかった場所だ。食料も労働力もたんまり貯まっているあの村なら、全部オレ様が独占したって構わないって事さぁ!! 家畜を貪り、人間を働かせ、歯向かってきたり腹が立ったら殺すのもありだなぁ!? 他の魔物に見つかる前に手にすればオレ様の縄張りにできるしぃ? 盗賊共と手を組めばもっと楽にできると思ったんだが、貴様らが邪魔してくれたせいで面倒な事になった」
ギロリと、大きな眼球がこちらに向けられる。
「貴様らがここに来たという事は、一回目の襲撃に向かったヤツらがヘマをして捕まった挙句に拠点の居場所を吐いたって事だろぉ? あ〜あぁ、ダメだなぁ……そりゃあダメだぁ……」
呆れというよりかは、侮蔑と失望を感じさせる言い方に聞こえた。
「オレ様達の居場所を教えるってのはぁ、オレ様に対する裏切り行為だもんなぁ‥……だったらバロッグ達は敵だって事になるよなぁ? 敵なら殺さなきゃだよなぁ?」
「……お前らの居場所を言わせたのは俺達だ。バロッグは言わされただけで、裏切った訳じゃねえ」
「一緒さぁ! 吐いた時点でオレ様は裏切りとみなした。裏切り行為は罰しなきゃだからなぁ。罪滅ぼしとしてオレ様直々に殺してやらねえと」
「仲間なんじゃねえのか」
「仲間ぁ? おぉいおい、何を言い出すかと思えば、仲間だってぇ? 笑わせるなよぉ人間。魔物が人間と本気で手を組むと思ってるのかぁ? そんな訳ないだろ。用済みになればオレ様はザオロも殺すつもりなんだぜぇ? 人間なんて生かすも殺すもこっちの自由だぁ。利用価値があると思ったから使ってやってるだけに決まってるだろぉがよぉ!! あぁ、今からもう楽しみだなぁ……ザオロの崩れる顔を見るのがさぁ!」
「……」
やはりか。
ある程度予想はしていたが、魔物なんてものはやはりこんな思考をしているような生き物なのか。
人間と敵対している勢力。たとえ盗賊と手を組んだとしてもそれは一時的なもので、魔物の気分が変われば簡単に裏切り殺す。
人間側の善悪すら気にしない。その全てを貪り、嘲り、好きにする。根本的に相容れない思考回路をヤツは持っているのだ。
「だがまず掃除するのは貴様らだ。作戦を台無しにして駒を減らしやがったんだからなぁ。報いは受けてもらうぜぇ?」
敵意が殺意に変わる。
だが、それがどうした。
「リゼ、作戦はそのままだ」
「うん……」
一歩後ろにいる女神の少女も否定はしなかった。
おそらく同じ事を考えているのだろう。
別にバロッグや盗賊達に同情するつもりは毛頭ない。あっちはあっちで悪党だからしかるべき罰は当然受けるべきだと思っている。
だが、その前にわざわざこんなヤツに裏切られて殺されていい理由なんかどこにもないのだ。
そしてそれ以上に、真道幸輝はこいつが気に入らない。
やり方もそうだが、いかに人を陥れて無惨な目に遭わせようかと考えている魔物が気に食わない。
見据えるは目の前の敵のみ。
「あぁ? 何だその目はよぉ? まさかオレ様と戦ろうってのかぁ? 知らねえのかよ、言葉を話す魔物はそこら辺の魔物よりも知能が高くて強ぇって事をさぁ」
「知ってるさ」
「ほぉ? だったらそりゃ無謀だって事くら」
「だから何だ」
「……あぁ?」
「お前が他の魔物より強い? 知るかよ。こちとらそんなどうでもいい話はしてねえんだ。このままお前を放っておいたらまたナラタ村が襲われて被害者が増える。だったらここで止めるさ。これ以上村の平和を脅かす訳にはいかねえからな」
セレナがいるのはもう大分向こうだから戻るのも難しい。そもそもヤツが行くのを許してくれないだろう。彼女にはザオロの方をどうにかしてもらう事にする。
だって決めたのだ。
この魔物はここで倒す。
力量の差なんて関係ない。こいつの言い分に、やり方に、性格に腹が立つから。
こんなヤツのためにナラタ村で無駄な血を流させる訳にはいかない。
立ち向かう理由なんてそんなものでいい。
「ハッ! だったらそうしてみなぁ。馬鹿な冒険者は魔物にとっちゃただの獲物だって事を教えてやるよ。この優しいジュレオン様がなぁッ!!」
ギョロリと大きな目玉が開かれる。
相手は人間ではなく魔物。それを強く思い知らされるも、怖気付いてはいられない。
これまでスライムもまともに倒せず、凶暴な猪や狼には強化魔法が掛けられた拳もほとんど効かなくて追いかけられるなど散々な結果に終わってきたが、ここだけは引けない。
一発ぶん殴ってやらないと気が済まないのだ。
「リゼ! 今朝話した通りのままでいくぞ。タイミングは俺が言わない限りは基本全部そっちに任せる! お前は後方で被害が及ばねえように下がってるんだ!」
「うん! ……私達でナラタ村を守ろう、幸輝! あんなヤツに好き勝手させないで!」
「ああ、当たり前だ!」
リゼも幸輝と同じでジュレオンと名乗る魔物が許せないのだろう。
魔物だから人間なんか殺して当たり前などと言うあの魔物が。バロッグとはまた違う嫌悪感を抱いているのは幸輝も同じだ。
いいや、やってきた事は許せないけど盗賊仲間をちゃんと思っているだけまだバロッグの方が幾分かはマシか。
どっちみち碌でもないヤツらなのは確かだが。
構える。
これ以上の悲劇を起こさせないために。
「行くぞおッ!!」
「強化!」
「すぐに死んでくれるなよぉ人間ッ!!」
そして。
初級冒険者と中級相当レベルの魔物が衝突する。




