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40.少年は悲劇を許さない(1)

 

「はぁ……はぁ……っ」


 バロッグは目を覚まさない。勝敗は決した。

 最後に立っていたのは真道幸輝だ。自分よりも遥かに図体のでかい盗賊を相手に勝った。個人的には歴史的勝利で雄叫びを上げたいところだが、少しも疑問がない訳ではない。


(……あいつの剣が砕けたのは何でだ? ずっと使ってたから元々ガタが来てて、たまたまあのタイミングで壊れたとか? それとも拳の当たり所が良かった? まあ……何にせよ、運が良かったな……)


 だが勝因の疑問の前にやる事がある。こちとら勝利の余韻に浸っていられるほど余裕はない。じっとしている訳にもいかないのだ。

 武器が砕けたといっても身動きを封じないと絶対の安心は得られない。もし目を覚ましてしまったらもうあの手は使えないのだから。


(何か、縛るものを探さないと……)


 辺りを見回そうとしたところで強化魔法の効果が切れた。

 それでも先にバロッグを縛り上げるのが最優先だ。これまでもそうだった。他の盗賊を倒した時もそうやってすぐに身動きを封じていた。今までの流れがそうさせた。


 だから、真道幸輝は過ちに気付くのが遅れたのだ。

 あれだけド派手に暴れ回っていたのなら、戦いが終わった時にすぐにしなければいけない事は周囲の警戒だったのに。


 背後の方でガタンッという音がした。

 同時に違う方向から声があった。


「幸輝! 後ろっ!!」


「っ!?」


 櫓にいるはずのリゼの声が何故か近くから聞こえたが、それに反応するよりも先に幸輝は音源の方へと顔を向ける。

 家の横にある荷車から角材が落ちた音だったのだろう。


 そこにはこちらに向けて弓を構えている盗賊がいた。

 太陽光が反射して光って見えるのは間違いなく矢だ。遠距離からでも獲物を仕留めるための武器が、まるで昔の戦の現場みたいに平気で人間へと向けられている。


(しまっ、そういやまだ盗賊が一人残って……!)


 バロッグを倒した事で一時的に盗賊の人数を忘れていた。

 最後にボスを倒して終わりじゃないのだ。現実の場合は残りの残存兵の確認もしっかりしておかないと周囲一帯は安全地帯にはならない。


 相手はもう射る寸前だ。

 しかしこちらは油断していて動作に遅れが生じているし、強化魔法も掛けられていない。あれだけ頑張って盗賊を数人倒しても、あの矢が頭か首にでも当たれば一瞬で真道幸輝の命なんてものは貫かれて終わりだ。


 回避は間に合わない。

 息を呑む事もできなかった。


 そして盗賊が矢を射ろうとした瞬間。

 盗賊が薙ぎ払われるかのように勢いよく吹き飛ばされていった。


「……………………………………………………………………え?」


 むしろ呆気に取られたのは真道幸輝の方だった。

 本来なら一秒もしない内に死んでいたであろう自分はその場に立っていて、命を奪う立場であったはずの盗賊は立っていた場所からおよそ二十メートルほど離れた所まで飛ばされていたからだ。


 まるで空気の塊というか、暴風をそのまま一点に集中させたような何かが人間を簡単に吹き飛ばしていったように見える。

 何が起きたのか理解できず脳内がバグり散らかしているのも束の間、それをやった張本人が幸輝のすぐ側に舞い降りてきた。リゼを抱えながら。


「ふぅ……間一髪だったわね」


 この異世界に来てからは割と早めに聞き覚えた声だった。

 そう、何なら今日も数時間前に会ったばかりの人物。


 始まりの街ラーノにて最強と謳われている若き冒険者、セレナ・グレイス。

 彼女があの盗賊を倒してくれたらしい。


「セ、レナ……? 何で、ここに?」


「何でも何もないわよ。ナラタ村から救援要請が来たから急いで飛んできたの。普通に馬車とかで来ると一時間くらいかかっちゃうから私的には自分で飛んだ方が早いしね。アンタ達がナラタ村に行ってる事は知ってたし、早く来て正解だったわ」


 どうやら幸輝達のために目一杯かっ飛ばしてきてくれたようだ。

 おかげで幸輝も命拾いをした。救援が来るのに一時間はかかると聞かされていたからどうしたものかと思っていたが、スピードも道も全て無視できるセレナなら一直線で三十分もかからないのは普通に凄すぎるのではと感心が先に出る真道幸輝。

 さすがラーノ最強冒険者である。


「それにしても……最後以外の盗賊はみんなやっつけちゃうなんて、何だかんだ結構やるじゃないアンタ」


「これでも必死だったよ……あ、そうだ。そういやまだ取り残されてる村の人にもう大丈夫って言わな……」


「ちょ、コウキ!?」


「幸輝!?」


 言葉は最後まで続かなかった。

 言い終える前に少年の視界が不自然にぐらつき、今まで強化魔法のおかげで耐えていた全身の痛みが一気に襲いかかってきたのだ。


 おそらく全ての盗賊を倒し切ったのと、頼りになるセレナが来た事で張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。

 自分でも驚くほど抗う事ができず、真道幸輝の意識はここで途絶えた。


 ──


 何か香ばしいような匂いが鼻腔をくすぐった。

 パチパチと木々が焼けるような音と共に食欲をピンポイントに刺激してくる香りだ。


 本来食べ盛りの現役高校生の真道幸輝だが、異世界に来てからは貧乏生活を余儀なくされまともな食事などほとんど取れていない。

 ここ数日は常に空腹状態だったために、美味しそうな香りには大変敏感になっているのだ。


 つまり意識の覚醒である。

 空腹すぎて匂いで目が覚めるなどよっぽどのグルメ漫画でない限りないと思っていた少年だが、まさか自分がそうなるとは思ってもいなかった。


 食べ盛りの高校生なんてのはもう誰にも止められない。むしろ良い匂いのせいで余計に腹が減ってきた。

 腹ペコ男子を舐めるなよ。たとえ誰かに止められようとも、せめて最初の一口を食べるまでは誰にも一切の邪魔はさせないぞ。


 そして空腹は最高のスパイスを実感した真道幸輝が目を覚ました。

 あれだけ全身痛かったはずなのに誰もが驚くほど派手に身を起こして良い匂いの正体を探る。それはすぐ近くにあった。


「ステーキッ!!!!!!」


 もはや条件反射で飛び付くように焼かれていた肉へ手を伸ばす。

 この際熱さなんてどうでもいい。一瞬で口の中に入れてしまえばあとはもうどうにでもなれだ。多少の火傷くらいステーキのためならこの真道幸輝、全然許しちゃう。


 刹那。

 幸輝の前にあったステーキが消えた。

 …………消えた?


 いいや細かく言えば幸輝の手が届く直前に、ステーキに木製のフォークをぶっ刺した見習い女神のリゼが二〇〇グラムはあろう肉の塊を一口で平らげやがったのだ。

 空腹は満たされなかった。残り香だけが空間を漂っている。


 空腹は最高のスパイスと言うが、そういえばこんな言葉も聞いた事があったか。

 お腹が空くと人はイライラする、と。


 矛先は当然見習い女神であった。


「てんめぇ〜リゼこの野郎俺の肉を今すぐ返しやがれそいつは俺の腹の中に入りたいってずっと語りかけてたんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


「今まで気絶してたのにそんな訳ないじゃんこのお肉はずっと私が大切に育ててじっくりこんがり焼いて食べ頃になったから食べただけで私は何にも悪くないもぉ〜んもぐもぐ!!」


 肩を揺さぶられてもハムスターやリスのようにほっぺに肉の塊を寄せてもにゅもにゅさせている女神の少女は全然動じなかった。

 今すぐ膨らんでいる両方の頬を勢いよく手で挟むように押せば口から肉を救出できるだろうかと本気で考えていた幸輝だが、実行に移す前に止められた。


 横にいる別の少女の声で。


「起き抜けになんでステーキ戦争おっ始めてんのよアンタ達……」


「あれ、セレナ? なんでここにいんの?」


「お肉のせいで記憶までぶっ飛んだのかおのれは」


 呆れとドン引きが入り混じっていた。

 こちとらマジの腹ペコ状態なので軽蔑だけはしないでほしい。ただ肉が食べたいだけなのだ。


「ほっほっほ、心配せんでも肉ならまだまだありますよ。ナラタ村が誇るナラタ産のナラ牛ステーキ、ぜひともコウキさんにはたらふく食べてもらいたいので」


 よく見ればナラタ村の村長さんもいた。

 というかここは村長の家だ。どうやらステーキに目が眩んで周囲も場所も気にしていなかったらしい。


「とにかく座んなさい。その様子だと戦いの直後の記憶はぼやけてるようだし、私が色々説明したげるから」


「その前に、村の人達は無事なのか?」


「ええ。アンタが連中を倒してくれたおかげでね」


「……そうか」


 守りたい人達とその場所は守る事ができた。

 とりあえずはこれで安心できる。


「あとステーキの恨みはもう忘れなさい。アンタの怪我が完治したのはリゼのおかげなんだから」


「リゼの?」


「そ。何ならさっきまでずっとアンタに回復魔法かけてたのよ。この子、回復速度は遅いけど魔力は結構多いみたいだから、それで時間をかけつつもアンタを治したって訳。んで魔力をたくさん使ったからお腹減って今もバクバクお肉食べまくってるのが現状よ。ちゃんと感謝しときなさいね」


 そういえばあんな派手に体を起こしたにもかかわらず痛みを感じなかった。

 気を失う前は体中が唸るような悲鳴を上げていたのにだ。改めてバロッグに剣を当てられた脇腹に触れてみるも何ともない。


「あー……ありがとな」


「別にいいよ。体を張ってナラタ村を守ったのは幸輝だもん。だから傷付いた幸輝を治すのは私の役目。役割を全うしただけだしお礼なんていらないよもぐもぐ」


「……」


 良い事を言っている最中にステーキを頬張るせいでちょっと様になってない感がすごい。

 見習いでも女神の風格をもう少し出してほしいが多分無理だろう。既にリゼの意識は幸輝からステーキに向けられている。


 我慢ならんので幸輝もステーキを頂く事にした。

 久々に立派なお肉を食べられた少年はその瞬間だけ神様に本気の感謝を捧げたっぽい。横にいるのは見習いだからノーカンである。


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