39.対人戦(13)
(死ねないっ……)
こんな所で終われるはずがない。
自分が死ねば危険に曝されるのは居場所が割れているリゼとまだ村に残っている村人達だ。
そんな事は絶対に許されない。
人の命を軽んじるようなこいつを倒すまでは、倒れてはいけないのだ。
全身が痛む。動けば動くほど体の中が軋むような感じがする。
だからどうした。痛がるだけならこいつを倒してからでいい。
(このクソ野郎をぶっ飛ばすまでは!!)
怒りがアドレナリンとなり全ての痛みを無視させる。
元々正義感が強めの真道幸輝とどうしようもない悪党のバロッグ。
性格も信念も真反対だからこそ相容れない。
許してはならないのだ。くだらない悪行なんて。
だからここで断ち切る。
悲劇の元凶を叩き潰す。
胸ぐらを掴まれてはいても手足自体は自由。
幸輝は剣を突き立てられる前に右足でバロッグの脇腹につま先を叩き込む。
「ぢッ……!? こ、んの……!」
どうやら当たり所が良かったらしい。瞬間的に胸ぐらを掴んでいた手が緩まるのを逃さず、そのまま体勢を崩しそうになったバロッグによじ登る形で最終的に両肩に足を乗せる。
当然タフなバロッグだ。即座に幸輝をどかそうと立ち上がるが、それをジャンプ台のように利用して真上へ跳んだ。
強化状態という事もあり、その高さは二十……三十メートル程まで届く。
だが忘れてはならない。真上へ跳んだという事は、真道幸輝は今空中にいるのだ。
数分前はそれでどうなったか。何をされたか。
さっきは死を覚悟した。本当にここで終わりなのかとさえ思った。
空中ではまともに身動きはできない。相手の攻撃を躱せない。
むしろバロッグならまたそれを利用してくる可能性だってある。
だからこれは一種の賭けだった。
強化状態でもバロッグに一撃を入れる事は簡単な事ではなくて、打撃が入ったとしても倒すとこまではいけない。時間が経てば経つほど有利になっていくのは戦闘慣れしているバロッグの方だ。
ならやる事は一つ。
(重力の落下スピードを加速させた上で、渾身の一撃を入れる!)
これが上手くいくかどうかは正直分からない。
避けられればそれだけで作戦とも呼べない賭けは終わるし、そもそも当たったとしてもしバロッグが倒れなかったらジリ貧の戦いはまだ続き、状況が厳しくもなってくる。
しかしそう思うなら何故こんな馬鹿げた賭けをしようと咄嗟に考えたのか。
簡単だ。バロッグは頭が切れる。ゲームで見かける単純な盗賊とは違い、ヤツは力だけではなく戦闘知識も高い。それに加えて今は幸輝との戦いをつまらないと言い早く終わらせようとしている。
つまり、さっきと同じで幸輝が空中にいて躱す事もできないこの状況は、バロッグにとっても好都合なのだ。
まるで腹が減っている猛獣の目の前に脂の乗った特大の餌を釣り糸で垂らすような行い。
「ハッ! 焦って判断をミスったか! それでさっきどうなったか分かんねえのか!? 格好の餌食だぜ!」
釣り針に食い付いた。
ゆったりと落下が始まる。
その間もバロッグは声を荒げて嗤っていた。
「重力で落下速度を上げて一撃の攻撃力を高めるってかぁ! 苦し紛れだなあおい!!」
やはり気付かれている。
それでもバロッグは幸輝の落下地点から離れない。むしろ待ち構えているようだ。
「いいぜ、お前の最後の作戦に乗ってやるよ。今度こそ冥土の土産だ。お前の最後の賭けを俺の剣で受け止めてやる。そんでそいつが俺に効かなかった時点でお前は終わりだあ!!」
応戦ではない。鋒を幸輝に向けるカウンター攻撃でもない。
あのでかい片手剣の側面で受け止めるつもりだ。であれば微かに勝機はある。
(当てる直前に何とか位置をズラしてあいつの顔面に叩き込めば……!)
そこまで考えて。
真道幸輝は自分の考えを否定した。
(……いいや、ダメだ)
「安心しろよ。お前を殺した後は櫓にいるお前の仲間と一緒に櫓から吊るしといてやるからよおっ!!」
「ッ!!」
歯噛みする。
おそらくもうあいつにこれ以上の言葉は通じない。価値観や倫理観の歯車が一ミリも合わない時点で説得も和解も不可能だったのだ。
その上堂々と幸輝の後にリゼを暗に殺すと言った事で、真道幸輝の中にあった最後の良心が切れた。
拳を固く握る。怒りの一撃をここに全て込める。
たとえ受け止められたとしても、片手剣ごとヤツを叩き潰す勢いで。
もはや視線はバロッグにのみ注がれていた。
だから真道幸輝は気付かなかった。
強化魔法の白く半透明な薄いオーラとはまた違う、輝くような金色の光が徐々に自分の拳から発生していく事に。
落下スピードが増す。
衝突はもう目の前だ。
咆哮があった。
「おおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァッ!!!!!!」
「来やがれ冒険者ぁッ!!」
真道幸輝の拳とバロッグの片手剣が激突する。
あえて避けずに真っ向から受け止める選択をしたバロッグは、性根こそは腐っているが戦士としてはまだマシな方だったのかもしれない。
避けられたらそこで何もかもおしまいだったからだ。
だからそこだけは、真道幸輝も認めていた。ヤツなら避けずに対峙してくるはずだと信じてこの行動に出た。
その結果として、まずバロッグの片手剣に変化があったのだ。
幸輝の拳が当たった瞬間、片手剣にヒビが入り始めた。すぐに亀裂は大きくなり広がっていく。
バロッグが自分の相棒とも言える武器の変化に気付くのもほとんど一瞬だった。
冒険者の拳を受け止めたはずが、何故か自分の武器にヒビが入っていたからだ。気付いた時にはもう遅い。亀裂から欠片が飛び散り、徐々に砕けていく。
「……………………………………………………あ?」
一秒にも満たない瞬間がまるでスローモーションのようだった。
いくら落下スピードが乗った威力のパンチだからといって、それはカットラスの剣を砕くほどのものではないはず。
なのに現実として片手剣は砕けていく。
そして、だ。
その事実は、常に劣勢だったこれまでの局面を大きく覆すものとなる。
つまり。
落下スピードを乗せた真道幸輝の一撃が、バロッグの顔面へと突き刺さった。
ドゴォアッ!! と、後頭部から地面にめり込む程の衝撃音が周囲に響き渡る。
もはや勝敗なんて分かりきっていた。
今度の今度こそ。
盗賊の大男、バロッグは意識を手放していた。




