38.対人戦(12)
「お前……何で盗賊なんかやってんだ」
「ああ? んだそりゃ」
思わず口から零れ出たのは、少年には理解し難いものだったからだろう。
「魔法も使わないで、武器とその身だけで十分強えのに……何で盗賊なんかやってんだって聞いてんだ! そこまでやれんなら……そこまで強えなら誰かの役に立てる冒険者の道だってあったはずだろ!! どうして誰かを殺して傷付けるような事なんかしてんだよ!!」
分からない。
だってこっちは普通の人間なんだから。
まるでテレビで殺人事件のニュースを見て、どうして悪い事と分かっていて人を殺すんだろうと疑問に思ってしまうような人間なのだ。
そもそも悪人の思考回路なんて分からなくて当然。
百歩譲って腹が立った、積年の恨みがあった、そうしないと自分の身が危なかったなど、そういった理由があるのならまだ感情移入の余地くらいはあると思っていた。
こんな異世界でもそういう事情がない訳じゃないと、同じ人間だから分かっているつもりでもある。
しかし。
「ハッ! いきなり質問してきたかと思えば何だそのくだらねえ質問はよぉ」
目の前の大男からは、そういった事情なんか一切感じさせないような邪悪な笑みが溢れ出ていた。
「んなの決まってんだろ。楽しいからだッ!! クソ真面目にのうのうと生きてルールを守ってる連中が俺に怯えて逃げる様を狩る瞬間がなあッ! いいもんだぜぇ、縛られるものがないってのはよぉ。金なんか払う必要もねえ。何か必要になったら適当に襲えそうなヤツらを襲って殺して奪えば済むだけなんだからな。冒険者の道? 笑わせんなよ。合法なんか興味はねえ、非合法だからこそスリルもワクワクも味わえるんだろうが。俺は自由に奪って自由に殺すのが一番性に合ってんだ。そしてそれをやれんのが盗賊っつう訳。どうだ、最高だろお!?」
「…………………………そうか」
盗賊は笑っている。笑顔で悪党を貫き、誰かの大切な人の命を奪う事に何の躊躇いもない。
ただただ楽しいからやっている、あの野郎はそう言った。
「もういい」
真道幸輝は異世界に来てからまだ日が浅い。
だけどラーノという街で出会った人達は他所から来たチンピラを除いてみんな良い人ばかりだった。ナラタ村もそうだ。合計で言うと一時間もいなかったけど、村長だったりさっき出会った祖父を守ろうとしていた女性だったり、村を歩いていると見えた人達の表情はみんな生き生きしていた。
決してそういう人達ばかりじゃない事くらいは分かっている。
最初に街で出会ったチンピラのように、元の世界にすら不良や犯罪に手を染める者がいたのだ。魔物などが蔓延っているこの異世界にはそれらを超える悪者がいても何ら不思議ではない。
にしたって、だ。
こんなどうしようもないヤツがいるのかと、真道幸輝は思う。
心の中も頭の中も既に煮え滾っていた。強化魔法が解けたタイミングでリゼがまた魔法を掛けてくれた。ちょうど良い。
もはや怯えはどこかへ消え去った。蓄積された痛みも関係ない。心にあるのはただ一つ。
あのクソ野郎を完膚なきまでぶん殴る。
「これ以上の悲劇は広げない。テメェは俺がここでぶっ飛ばす!!」
「言ってろガキがぁッ!!」
平凡な少年と盗賊の大男が真っ向から衝突する。
──
真道幸輝は臆せず正面から立ち向かう。
この学ランはバロッグの片手剣の刃を通さない。生身のとこさえ当たらなければとりあえず即死は防げる。
ならば相手の間合いよりも内側に入って戦う。正確には懐、ヤツが伸ばした腕よりも中へ。
そうするだけで武器を使う者はリーチを上手く活かせず、片手剣はただ当てにくいだけのお荷物となるからだ。
バロッグのフィジカルも相当なものだが、もはやお構いなし。
死にさえしなければこちらのものだ。
(絶対、負けねえッ!!)
──
「チィッ!!」
逆に間合いを詰めてきた少年にバロッグは舌打ちをする。
牽制できるような魔法も使えず、ただ武器を使う事しかできないバロッグにとってこの戦法を使われるのは実際厄介な事だった。リーチのある武器というのも考え物だ。こういう時は実に扱いづらい。
(こいつ、さっきとはまるで違え……! 迷いがなくなったか。チッ、もう距離を取らせるための揺さぶりは通じねえな!)
大抵の武器はもちろんそうだが、リーチのある武器は距離さえあればその分自分の安全圏が広がり牽制もできるので優位性が高まる。
しかしその弱点として極端に近付かれると、途端に武器を当てづらくなるのだ。
それは腕の可動範囲やスペースの問題。
剣を振るのも基本的には腕を伸ばしたり曲げながら振るうなど、そういった動作が必然的に必要になる。しかもその攻撃力を最大限に発揮するには、一定の距離感が必須なのだ。
つまり一六九センチの真道幸輝が約二・五メートル程もあるバロッグの懐に入ってくると、腕の可動範囲からして上手く剣を振るう事や防御ができず、優位性が崩れだす。
対して少年は両手フリーの喧嘩スタイル。間合いなんて詰めれば詰めるほど優位性が高くなっていく。
それをさせないためにこれまで相手が怯えるような事や剣をチラつかせ、極力自分から近付き相手には近付けさせないようにしていたのに、まさか堂々と来るなんて思わなかった。
目付きが違うのだ。
盗賊としてこれまで様々な冒険者と戦った事もあるから分かる。
あの目をするヤツは脅威の塊だ。
(だがあくまでこいつの武器は自分の拳と足だけだ。何かやられても死にはしねえ。それに何度か喰らってるが今までの冒険者にやられた魔法に比べりゃ耐えられる程度のもんだ)
目の前の少年とはそもそもの体格差と鍛え方、経験までもがまるで違う。
確かに懐に入られたのは厄介だが、それは最初に会った時にあの冒険者がいきなり突っ込んできた時と同じだ。咄嗟のアドリブなら経験の差でバロッグの方に分がある。これだけ恵まれた体格に筋肉の量だ。
(片手剣が封じられたからどうした。こっちはお前の動きが見えてる上に剣だけじゃなくてパワーでごり押す事だってできんだぜえ!!)
若い冒険者が拳を繰り出そうとしていた所で、空いている方の左手で相手の肩ごと掴もうとする。
ただでさえ巨体なバロッグの手は真道幸輝の顔よりも若干大きく、それだけでプレッシャーを与える事が可能だ。
これで生意気な冒険者は後ろに回避してまた距離を取れる。
そう思っていた。
「ッ!」
「っ、あぁ!?」
掴もうとしていたバロッグの左手が空を切った。
理由は単純。幸輝が拳を放つのをやめてより低く屈んだからだ。
右手の片手剣は今まともに使えない。
左手も空振った。
とすれば当然、真道幸輝はそれを逃さない。
バロッグの顎下からアッパーカットをするように、少年の拳が飛んできた。
「がッ……!」
まともに直撃する。
やはりだ。やはりさっきと動きが全然違う。
同じような行動でもさっきと今では瞬時の判断力と行動力がまるっきり異なっている。
確実に目の前の敵を倒すための行動を取っているのだ。
たかが格下の冒険者が。
このバロッグを相手に?
「……な、めんじゃ……ねえぞおッ!!」
「なっ!?」
バロッグが自慢の片手剣を地面に突き差し、即座に幸輝の胸ぐらを掴んだ。
そのまま片手剣を取り……はしない。この冒険者には自分が誰と戦っているのか分からせる必要がある。
バロッグは胸ぐらを引き寄せ、幸輝の二倍ぐらいはある太さの剛腕を容赦なく顔面へ放った。
「ぶっ、ばぁ……ッ!?」
胸ぐらを掴んだ手は離さない。
獲物はここで仕留める、絶対に。
地面に突き差していた片手剣を取る。
バロッグが幸輝を掴んでいる以上、距離を取る事も逃れられる事もできない。今度は首を斬る。それでこの戦いは終了だ。
「最後は少しだけ楽しめたぜ。あばよぉ冒険者ぁッ!!」
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