37.対人戦(11)
カットラスとも呼ばれる湾曲した刃が特徴の大きな片手剣。
それが回避不可能だった真道幸輝の腰辺りへと当たる。
「かっ……はッ……!」
ゴギュッ!! という音と共に、バロッグが片手剣を振り抜いた先の地面へ勢い良く打ち付けられた。
吐きそうな程の痛みが全身に襲いかかってくるのに、意識を失わせてもくれない悲鳴が体中から聞こえてくる。
「ごぶっ……ぐぶぁ、ごほッ……!?」
というよりも、だ。
痛みに苛まれながらも真道幸輝の脳内にはまず疑問が浮かび上がってきた。
全身の痛みがある?
視線は自然と自分の下半身に向けられた。
(からだが……繋がった、まま……?)
バロッグからあの片手剣で思いっきり斬られたはずなのに、何故自分は生きている?
何故この体は真っ二つになっていないのだ?
よく見れば刃を当てられた腰の辺りにも切り傷一つなかった。
そもそも学ランの制服にすらまともな傷が見当たらない。痛みの中でかろうじて確認できたのだって、斬られた制服の繊維がほんの僅か見えるだけだった。
(そういや、この世界に来る直前に大女神が何か言ってたっけか……)
幸輝をこの世界に落とす寸前にレヴィリエが言っていたのは確か、元の世界から持っていける唯一の服だから特別品として特殊な加工を施しといてあげる、と。
つまり真道幸輝が真っ二つにならずに済んだ理由はここにあった。
(この制服には……防刃みたいな特別破れにくいような何かが施されてる……?)
これがどこまで防いでくれるかの許容量は分からないが、揺るぎない事実としてバロッグの片手剣では斬る事ができなかった。
あのパワーを以てしても、だ。
お金がなくて武具屋でまともに装備を買えなかったのが逆に功を奏した。袖の下に着けているアームガードも、例え防いだとしてあれだけの力でやられると普通に中身だけ斬れそうだ。
学ランじゃなかったら今頃真道幸輝の体は上半身と下半身に分かれていたかもしれない。
とりあえず命は繋がった。新発見として刃物相手でもこの学ランなら斬られる心配もひとまずはないと考えていいだろう。
だが生き残ったからといって安心していられる状況でないのもまた事実。
「あん? んだよ斬れてねえじゃねえか。俺の相棒でも斬れねえのは中々だなぁ。もしかしてその衣服、見た目とは裏腹にめちゃくちゃ頑丈って感じか?」
「ぐっ……!」
脅威はまだ目の前にいる。
あの一撃を受けて生きていたというのは確かに幸運ではあったが、状況で言えばこちらがまだまだ不利なのは何も変わらないのだ。
しかも斬られてないだけであって体に受けたダメージ自体はとてつもなく大きい。
殺意増し増しで峰打ちされたようなものだ。痛みでどうしても呼吸が浅くなってしまう。
ピンチは続く。
「じゃあ次は首を狙うか。さすがに生身の部分をやりゃあ斬れねえ事はねえだろ!」
「く、そっ……!」
相手は待ってくれない。
慈悲もなく斬りかかってくるバロッグを恨みがましく睨むも効果がない事は既に知っている。
さっき剣を当てられた腰辺りの骨や筋肉がミシミシと変な悲鳴を上げているが気にしていられない。
幸輝は無理矢理自分の体を起こし、すんでの所でバロッグの片手剣を躱す。
(この野郎……マジでいきなり首を狙ってきやがった!!)
もし今のが当たっていたら今度こそゲームオーバーだった。
現代人としては戦国時代の打首を今更体験させられるのは御免被りたい。
さっきみたいにまた荷車にある木材を利用されると厄介なので、相手との間合いギリギリを必死に保って避けていく。
バロッグに片手剣以外を使わせないように意識させるためだ。
ヤツは現在進行形で真道幸輝を本気で殺しに来ている。
それでも何とか避けられているのは、やはり強化魔法のおかげか。回避に集中すれば相手の動きもよく見える。
さっきよりもバロッグの動きもキレが増して鋭くなっているが、やはり強化魔法の恩恵が大きい。
躱せる事が分かっていれば、自ずと心にも多少の余裕が出てくるものだ。
(大丈夫、見えるっ。落ち着け、相手の動きをよく観察するんだ。あの片手剣があいつの得意武器だってんなら、そこに逆転の手掛かりがあるはずだ……反撃のチャンスが!)
得意武器というのはとどのつまり、ほぼ全ての戦闘に於いてその武器を使うほど長けている事を意味する。
それだけ気に入っているという事は、言い換えると執着にもなるのだ。使いやすい、手に馴染む、拘りがあるなど、それらは持ち主に他の武器を使わせないほどの魅力がある。
長年愛用している武器ならば、その武器なりの扱い方が自然と出てくるもの。
ずっと使い続けてきた物だからこその、本人が意図しない自然で不自然な動きの流れがあるはず。
つまりは。
(癖……! ヤツが片手剣をどういう風に振ってるか、動きのパターンから腕の振りや足の動きを見てれば次にどう動くかくらいは大体予想できる!)
そしてパターンの動きさえ分かれば、自然とできる隙も見えてくるものだ。
バロッグが左足を先に前に置く。腕は真上に振り上げ、そのまま振り下ろしてくるつもりだろう。
今まですんでの所で躱しながら後ろへ下がっていた幸輝が突然止まる。
「っ!」
片手剣を振り下ろす直前、バロッグが何かに気付いたようだったがもう遅い。
回避専念はもう終わりだ。さっきは重い一撃を貰った。だからここいらでこっちもお返しをするとしよう。
一歩詰める。それだけで簡単に懐に入れた。
おそらくさっきの一撃で少年は当分反撃をしてこないと踏んでいたのだろう。明らかに先程よりも反応が遅れていた。
もちろんダメージはまだ残っている。
激しく腰を捻ろうとすればツンと刺すような痛みが響くし、主に上半身がほとんど鈍痛のようなもので苛まれている。
だがやられてばかりじゃダメなのだ。
生き残ったからには、村の人に誓ったからには、こいつをぶっ飛ばすという責任がある。
まずは重い一撃を返そう。
拳で響かないなら、蹴りはどうだ。
「ッ……らァッ!!」
「ぐっ……ぼぁ……!?」
強化状態の蹴りがバロッグの腹へ直撃した。
元々こちらに迫ってきていた分、衝突の際の威力も相まってバロッグが軽く十メートルくらい吹っ飛んでいく。
「ッつ……!」
そしてこちらも決して平気な訳ではない。
蹴った時の反動で普通に脇腹が激痛である。まるで鉄の棒の先っちょでずっと一点を連続で突かれているような感覚だ。
とはいえお返しはした。
重い一撃を一発。さすがにあれでノーダメージという事はないはずだ。
倒れ込んでいたバロッグがゆっくりと起き上がる。
さっき頬に拳をぶつけた時より体が揺れているという事は、確実にダメージは入っている。
はずなのに。
「……良い蹴りじゃねえかぁ。さっきので死にびびったか?」
それでも盗賊の大男は笑みを浮かべていた。
ここまで来るともはや不気味の領域まで達している。ただの盗賊だと思っていた。ゲームや漫画で出てくるような、作中ではモブに等しく決して強敵の立ち位置ではないただの悪党だと思っていた。
では何が。
何があの男をあそこまで奮い立たせているのだ?




