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36.対人戦(10)

 

 しかし、現実はそこまで甘くはなかった。


「あーあ、やっぱつまんねえわ、お前との戦い」


「……は?」


「ただのステゴロ相手じゃその辺のチンピラと同じって事だ。ハラハラもワクワクもしねえ。ちったぁ頭は回るようだが、所詮は覚えたての喧嘩レベル。殺し合いとは程遠い」


 空気が変わる。

 急に冷めた顔になったバロッグは、まるで子供の喧嘩に付き合ってやっていたような雰囲気を出しながらゆっくり幸輝の方へ歩み寄ってくる。


(っ、来るッ!)


 近づいてくる相手に腰を低くして臨戦態勢を取る。

 だがここでタイミング悪く強化状態が解けた。白い半透明の輝きが消える。しかし焦りはしない。作戦通りすぐにリゼが魔法を掛けてくれるから、自分は黙って相手の出方を警戒しておくのが大事だ。


 そう思っていたのに。


(…………………………………………………………リゼっ?)


 五秒待っても強化魔法が掛けられてこない。さっきまでは一秒も経たずにしてくれていたのに、だ。

 今までとは違いすぐに強化魔法が掛けられなかった。作戦に支障が出た。その刹那の思考から思わず櫓のある方へ向く。


 いいや、正確には幸輝の視界に櫓は映っていなかった。

 幸輝と櫓の間には改築中の木造建築があって、それは櫓から真道幸輝の姿を遮るように建っていたのだ。


(しまったッ……あいつの攻撃を避けるのに必死で櫓から見える位置に移動できてなかった……!)


 それにバロッグの攻撃を躱す直前まで幸輝の視界は顔面を殴られた直後という事もあり、視界が揺らいで正確な場所の判断ができていなかったというのも痛手になっていた。

 そしてバロッグという盗賊は戦闘能力以外に頭もキレるヤツだったという事を、この時の幸輝は忘れてしまっていた。


 思わず櫓の方を向いてしまった、その動作が何を意味するのかを。


「ああ、お前の仲間はあの櫓にいんのか」


「なッ」


「強化魔法が切れてもすぐにまた掛かってねえって事は近くにはいねえって事になる。それに違和感を抱いたお前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……って辺りか」


 敵の痛い所を言い当てたはずのバロッグは、しかしながら心底つまらなさそうな顔をしている。


「焦ってんのが丸分かりだぜ。チッ、経験不足の冒険者ってのはこれだから狩る魅力も少ねえんだ。少し作戦のレールから外れただけですぐボロが出やがる。んでもって一度ボロボロと崩れた作戦はもう建て直せねえ。あとは怯えて逃げるだけの草食動物だ。お遊びはここまでだぜ、マトウコウキ」


(とにかくリゼから見える位置に移動する!)


 幸輝はすぐさまバロッグから背を向け走り去る。

 櫓から見える位置まで行けばリゼがすぐに魔法を掛けてくれると信じて。


 背後からこんな声が聞こえた。


「だからもう死ね」


 振り返りたくなる気持ちを押し殺して今は走る事に集中する。

 十秒も経たないうちに少し開けた場所に出た。櫓が見える。


 それからすぐに自分の体全体が半透明の白いオーラに包まれた。

 リゼの魔法だ。これでまた戦える。あの大男には負けられない。あんなヤツにこの村を好き勝手にさせてはならない。


 バロッグの方へ振り向く。

 ヤツは近くまで迫ってきている。


 大きな片手剣は脅威も脅威だが、強化状態なら割と躱しやすい。

 警戒しなければならないのは片手剣の他にヤツの巨体だ。殴られても大して動じないタフさと素の状態で強化魔法が掛かっている幸輝へまともなダメージを入れてきたあのパワー。本当にただの盗賊かと疑ってしまうくらいに強い。


(あっちの攻撃には極力当たらないのが大前提。でもってこっちは頑丈なあいつが倒れるまでぶん殴る!)


 こうなったらとことん持久戦へ持ち込む。

 いくらバロッグがタフでもずっと攻撃を受けてたらどこかで必ずダメージが入るはずだ。確実に一発当てて回避を繰り返せば勝機も見えてくる。


 幸輝が負ければ次に襲われるのはリゼだ。

 それだけは何としてでも絶対に避けなければならない。


 先に次の行動を起こしたのはバロッグの方だった。

 さっきまでと同じようにただ斬りかかってくるのではなく、近くにあった木材の入った荷車を豪快に蹴り上げたのだ。


「っ!? 俺と同じ事を……!?」


「冥土の土産に俺とお前の違いってやつを見せてやるよ。同じやり方でも確実に敵を殺すやり方をなあッ!!」


 少しだけ違うのは迫ってくる側のバロッグが蹴り上げた事と、バロッグが蹴り上げた方は木材がさっきよりも上に飛んでいるという点だ。

 空中に木材が舞う。

 本当に幸輝と同じやり方で来るならここでバロッグから視線を外すのは論外。


 しかし舞っている木材だって無視はできない。

 先程の幸輝よりも上に蹴り上げた分、空中を彷徨っている時間が長いのだ。それはつまり、嫌でもバロッグと木材の両方を長く意識させられてしまう時間。


 その上、このままだとバロッグ自身にも落ちてきた木材が当たってしまうかもしれない。

 なのにヤツの走るスピードは変わらなかった。


(くっ! 今のあいつに背を向けるのは危険すぎる……。前と上の脅威から同時に逃れる方法はっ)


 強化状態では全ての身体能力が上がる。

 それはギルドの裏で一番最初に試しで強化魔法を掛けられた時にした事だった。


(後ろに跳ぶっ!)


 一瞬だけ上の木材を確認し、それが当たらない所まで思いきり跳んだ。

 真道幸輝の体がおよそ五メートルほど宙に浮く。放物線を描きながら落ちていく木材と同じ高さにまでなった。


 これで警戒すべきはバロッグだけとなる。

 しかもヤツは自分で蹴り上げた大量の木材を上から被るリスクまで犯しているのだ。木材を避けるために結構後ろの方へ跳んだので着地までバロッグに追いつかれる事もない。


 勝負はそこからだ。

 そこから何としてでもあの盗賊を倒す。


 バロッグの方を睨む。

 上空から見たその大男は、獰猛な笑みを浮かべていた。


「……跳んだな?」


「…………………………………………は?」


 その瞬間。

 バロッグの走るスピードが急に上がったのだ。


 しかも落ちてくる木材を全て避けながらスピードも緩めずに。

 まるでさっきまではお遊び感覚だったかのように。


(あいつ……まさか最初から本気を出してなかったのか!?)


「お遊びはここまでって言ったよなあ!」


 開いていた距離がすぐに詰められる。

 おそらくバロッグが本当に狙っていたのはこれだった。


 真道幸輝はまだ着地できていない。

 つまり強化状態を利用して躱せていた先程とは違い、今は何をされても躱す事ができない状況にある。


 着地まで約二メートル。

 それが永遠にさえ思えた。


 ヤツが目の前までやってくる。

 大きな片手剣を手に。


(しまっ……)


「あばよぉッ!!」


 そして、真道幸輝の体に横薙ぎの一閃が直撃した。


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