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35.対人戦(9)

 

 真道幸輝の拳がバロッグの頬へもろに入った。

 だがここで勝ちを確信するほどヤツを甘く見てはいない。


 吹っ飛んでいくバロッグに追い討ちをせず、いつでも動けるように腰を低くしておく。

 そしてそれはすぐに正解だったと気付いた。


「……ハッ! やればできんじゃねえか!! その調子で頼むぜぇオイッ!」


 バロッグがすぐさま体勢を立て直して幸輝へ向かってきたのだ。

 殴られた時に口内を切ったのか、口の端から血が出ているのも気にせず笑いながら。


(何だよ、あれじゃあいつがタフなのか俺のパンチが弱かったのか分かんねえじゃねえかっ。やっぱ利き腕じゃねえから力の入れ方が甘かったか!?)


 ここでちんたら考え事をしている暇はない。

 バロッグはすぐ目の前まで来ている。今度は斜め斬りだった。さっきと同じように直前で躱すも、相手のバランスを崩すような事はしない。


 ヤツの事だ。例え同じ事をしても対策をしてきて反撃を喰らう未来が視える。

 だから今回は違う。真道幸輝の取った行動は、バロッグとすれ違うように走り抜けヤツが来た道を引き返すことだった。


「あん? 何だぁ? 追いかけっこでもしながら作戦練るつもりかぁ!?」


 当然バロッグが追いかけてくる。それでいい。

 目指している場所はさっきバロッグが向かってくる際に幸輝が一瞬だけチラリと見た木材が入っている荷車だ。


 とある事を思い出していた。


(今日の朝飯の時、元の世界でもやってた事だから今まで不思議に思わなかったけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)


 真道幸輝に武器を扱う才能はない。

 そう、()()()()()()()()()()

 しかし元の世界では剣道の竹刀や、使い方を間違えると危険な金属バットなどは野球の授業をする時に於いてちゃんと使えていた。


 なら何故この世界に来てからそういった類の物を使うことができなくなったのか。

 何故武器は使えないのに刃物の包丁は普通に扱えるのか。


 これはあくまで仮説だが。


(剣は使えないのに包丁は使えた。推測だけど……一般的に武器としてカテゴライズされてる物だけが使えないと仮定するなら、日用品の包丁は普通に使えた事にも納得がいく。つまり武器じゃない物なら俺にも使えるかもしれない……!)


 荷車のとこに着き、すぐさま木材を一つ手に取る。村長が村の家を順に改築していると言っていたので、おそらくそれに使用するためのものだろう。

 しかし今は緊急時だ。なりふり構ってはいられない。自分の中の疑問を解消するついでに、幸輝は明確な敵意を持って木材をバロッグへ投げ付けた。


 本当に武器を扱う才能がないのなら、投げた木材はこの前の弓矢のように変な方向へ飛んでいくはずだ。

 だが、投げられた木材はバロッグに真っ直ぐ飛んでいった。しかしそれに反応できないヤツではなく、片手剣を振る事で簡単に木材を切り飛ばす。


「足止めにもなってねえぞおッ!」


 バロッグは走る勢いを止めずに向かってきている。

 ()()()()()()()()()()


(木材はそもそも武器じゃない。だから俺があいつに投げても真っ直ぐ飛んでいった。俺の推測は間違ってなかったんだ。とするなら次は……!)


 バロッグが迫ってくるのを確認しながら木材の入った荷車を二人の間に挟むような形で移動する。


(ごめん村のみんな……少しだけ散らかっちまうけど許してくれ!)


 ナラタ村の人達に心の中で謝罪して、幸輝は思い切り荷車を前へ蹴り出した。

 思い通り、満タンに入っていた木材がバロッグの方へ飛び散らばっていく。


「チィッ! 今度はばら撒きかぁ!? 小賢しい真似してんじゃねえよ!」


 さすがに量が多いと判断したのか、バロッグは飛び散らかる木材の中から明確に邪魔になるものだけを片手剣で薙ぎ払う。

 その間およそ三秒。


「……あん?」


 しかし、三秒あれば人を見失うには十分な時間だった。

 バロッグの足が止まりかける。


「どこに隠れ」


 そして。


「てねえよッ!!」


 バロッグのすぐ近くまで転がってきた荷車の影に潜んでいた真道幸輝が姿を現す。

 武器は扱えなくてもそれ以外のものなら大体扱える。


 これだってそうだ。荷車や木材は決して武器と呼ばれるような代物ではない。

 例え武器であっても相手に当てる目的ではなく、物の散乱のみを目的とするなら適当にばら撒くだけでそれは達成されるのだ。


 要は使い様である。

 切羽詰まった状況での土壇場な頭の回転の早さも、元の世界で喧嘩によく巻き込まれていた時の経験が活きた。


 バロッグから見て左下に真道幸輝はいた。

 利き手の右拳を握り締める。さっきよりもヤツの隙は大きく、だからこそしっかり構える事ができた。


 狙うのは身長差を考えて顔面ではなく左の脇腹。

 そこへ渾身の一撃を叩き込む。


「おぉあッ!!」


「ぎっ……!!」


 殴られた反動で力が緩んだのか、バロッグが握っていた片手剣を下に落とした。

 そして幸輝がチャンスとばかりに追撃をしようと右手を引っ込める直前。


 バロッグの左手が幸輝の手首を掴んだ。


「なっ」


「よお……俺も殴らせろやあ!!」


 手首を引っ張られバロッグの方へ引き寄せられてしまう。二・五メートルもある筋骨隆々の大男の力は、余裕で少年の体を浮かせてきた。

 そして判断が遅れたと気付いた時には既にヤツの拳が目の前まで来ていた。


 ドゴァッ!! という音が真道幸輝の顔面から聞こえた。

 力任せだけでも十分に威力のあるバロッグの拳は、強化状態の少年をいとも簡単に吹っ飛ばす。


 真道幸輝の体が藁を乗せた別の荷車まで飛ばされる。

 運良くそれがクッション代わりになってくれたようだ。幸い衝撃自体は大分軽減できた。しかし顔面へのダメージは大きい。


「ばふっ、がはっ、ぐぉぇあ……ッ!?」


 防御力が上がっている強化状態でもこれだ。

 冗談抜きにこれまでの喧嘩や事故で受けた痛みよりも遥かに今のが群を抜いて痛い。不幸中の幸いか、強化状態のおかげで鼻や歯は折れていないようだが。


 視界が定まらない。まともに顔面に喰らったせいで頭の中までダメージが響く。

 しかしこれで終わりのはずもなく、


「ッ!?」


 目がチカチカしている状態でも聴覚は正常に働いていたらしい。

 こちらに迫ってくる足音が聞こえ、視界が安定しないまま幸輝は瞬時に藁の山から飛び出るようにしてそこから離れた。


 次の瞬間にはバロッグが荷車ごと大きな片手剣で真っ二つに斬ったのだ。

 もしあのままあそこにいたらと思うとゾッとする。


(ちくしょう、なんでピンピンしてやがんだあの野郎っ。リゼの強化魔法が覚えたてだからまだ効果がそんなに強くない……? けどペンダントの効果である程度増幅はされてるから他のヤツらは一発で何とかできたし……単純にあいつがタフって事か)


「っくぅー、脇腹に響くねぇ〜。……だがその程度だ」


 脇腹を軽く押さえながらバロッグは平気な顔をしていた。


「俺はこれまで冒険者とも戦ってきたんだぜ。当然お前よりも強えヤツと戦り合って魔法の攻撃を何度も喰らった事だってある。もちろん鈍器で殴られたり剣で斬られたりとかな。けどよぉ、そういう激戦を生き残ってんだよこっちは」


 視線だけを動かして周囲を見渡す。

 木材や藁が入っている荷車、農具用の道具入れもあるしあの中には武器じゃないが武器として使えそうな鍬や鎌などもあるだろう。


 武器じゃない物なら扱える。それはおそらくさっき証明できた。

 勝てるかどうかは置いといて、木材を剣のように振るって戦う事だって多分できるはずだ。


 しかし、それであの大きな片手剣を相手にできるかは分からない。

 いいや、確実に無理だろう。きっと鍬や鎌を使ったって持ち手が細いし、何より木製なら武器ごとあっさり斬られるかもしれない。


 そして、心のどこかに武器を使ってしまう自分に対して抵抗があった。あるいは拒絶心か。

 武器を使えば多少なりとも勝率が上がる可能性もある。だが、それは一歩間違えば相手を殺してしまう事だってあるのだ。


 盗賊のバロッグにはその気があっても、ほんの少し前まではただの高校生だった真道幸輝に相手を殺す覚悟や殺す気だって微塵もない。

 どうせ相手を傷付けるなら自分の手でいい。その方が自分の性に合っているから。


 両の拳を握る。

 相手がどれだけの殺意を持っていたとしても、決して同じ立場なんかには立ってやらない。殺して終わりではなく、ぶん殴って罪を償わせてやる。

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