34.対人戦(8)
この大男が何を言っているのか一つも理解できなかった。
何だ、何を言っているんだこいつは? 逃げ惑うヤツらとは村の人達のことで、それを追いかけて殺すってだけでも理解できないのに、それを狩り呼ばわりだと?
挙げ句の果てに殺し合いじゃないと面白くない? 楽しませろ?
この大馬鹿野郎は、いったいどれだけ人の命を見下しているんだ?
「……俺は、お前と殺し合うつもりなんか一ミリもねえ」
「へえ、そうかい。冒険者は護衛クエストの最中に襲いかかってきた盗賊を殺したりすっから、そこら辺はお互い様だと思ってたんだが、お前みたいなのは珍しいな」
この世界ではそういうのが当たり前なのかもしれない。
殺し殺されを繰り返す。盗賊だから旅人や村を襲って殺して物を奪い、冒険者だから襲ってきた盗賊は護衛やクエストの責務として捕まえもするにはするだろうが時によっては断罪し殺す事もある。
それが一般的であり、普通なのだとしても。
平凡な少年にはそれができなかった。
「簡単に人を殺そうと思える方が異常だよ……。いいか、俺はお前と一緒の立場なんかにはなってやらねえぞ。お前をぶん殴って牢屋ん中で今までの罪を償わせてやる!」
「……ハッ、言うじゃねえか」
大男が吐き捨てるように嗤う。
目付きが変わる。まるでお遊びはもう終わりだと言うかのように。
「俺の名はバロッグだ。お前は?」
「……真道幸輝」
「マトウコウキか、オーケー」
お互いが足に力を入れる。
宣告があった。
「じゃあ精々死なねえように頑張るこったなあッ!!!!」
「ッ!!」
幸輝とバロッグが同時に前へ飛び出す。
一見無謀にも思える真道幸輝の行動だが、これにも一応考えがあった。
(こっちの動きがあいつに見えてるのは承知の上。だけど、それはこっちだって同じだ!)
「っ!」
バロッグが片手剣を大きく横へ振りかぶる直前に下へ屈む。
そう、バロッグの不意打ちだった一撃目と二撃目だって回避できたのだ。なら戦うと覚悟を決めた上の強化状態で、動体視力と反射神経も数倍強くなっている幸輝が避けられない訳がない。
右から左へ勢いよく振り抜いた遠心力のせいで今のバロッグは隙だらけだ。
そのまま逆に振って斬りつけようとしても数瞬の時間は必ず必要になる。そしてその数瞬さえ時間があれば十分だった。
懐に入る。今回は当てる。
全力で右の拳をヤツの腹目掛けて放つ。
はずだった。
当てる寸前、バロッグの口角が上がっているのが見えた。
普通隙を見せてしまった相手にする表情ではない。どうしようもない違和感と嫌な予感がするのと同時に、今度は幸輝の下からバロッグの膝が迫っていた。
既に拳を繰り出そうとしていたが故に、回避はできなかった。
「ぐぁ、は……ッ!?」
バロッグの膝蹴りが腹部を直撃して後ろに飛ばされる。
体の中の空気が強制的に全部追い出されたような感覚があった。
「はぁっ……ハ、ァ……!」
片手剣を振り切ったバロッグは走ったままの勢いを殺さずに、半ばタックルに近い態勢で低い位置にいた幸輝へ膝蹴りをかましてきたようだ。
二・五メートルもある巨体からの攻撃も凄まじいが、幸い強化魔法のおかげでダメージもいくらかは軽減されている。もし素の状態で喰らっていたらと思うと想像もしたくない。
追い討ちをかけてくる訳でもなく、ヤツはその場にいた。
「武器が片手剣だけだと思ったか? 俺があいつらを従わせてんのはこの剣が理由なんかじゃねえ。武器なんかなくてもこの体格と力だけで十分戦えるからだよ。お前みたいな中途半端な強化魔法を掛けられたヤツ相手でもな」
ヤツの言っている事に偽りはないのだろう。
実際幸輝はそれでバロッグから一撃を貰ったのだから。
確かに不意を突けたと思った。しかし現実は逆に幸輝がバロッグから不意の一撃を喰らう羽目になった。
油断をしていた訳じゃない。だからこそ分かる。こいつは本当に強い相手だと。
(ぐっ……! さすがに喧嘩の経験だけじゃどうにもならないか……)
腹部の痛みを我慢しながら立ち上がる。
何とかリゼに相手からの攻撃にタイミングを合わせて防御魔法をお願いしたいところだが、そうすればリゼの居場所がバレるリスクも高まるので難しい。それに残りの一人もまだどこにいるか分からないのだ。迂闊に声をかけるのはやめといた方がいいかもしれない。
(くそっ、本気でピンチだってのに『覚醒』の能力が発動する気配すらねえ。条件も分かんねえしやっぱ全然当てになんねえな……)
やはり一か八かの能力覚醒は期待するだけ無駄だと悟る。
分かりもしない謎能力より信じられるのは己の肉体のみだ。遠距離武器も当然持っていないので戦うなら近距離戦しかない。
(無鉄砲に突っ込んでもさっきの二の舞になるだけだ。何か考えねえと……)
「いつまで休憩してるつもりだぁ? そろそろ行くぞお!」
もちろん相手が作戦を練るまで待ってくれるはずもなく、バロッグがこちらへ向かってきた。
最悪他の攻撃は喰らっても片手剣の攻撃だけは喰らわないようにヤツの動き一つ一つを見ておく必要がある。
見極めるのだ。
どこかに必ずある隙を。
と、ここでバロッグの右手側にある木の角材が入っている荷車へ視線が行った。
一秒足らずのよそ見。しかしこれは強化魔法で動体視力や反射神経などが強化されているからできた事でもあった。
「……」
「さあこっからどうするよ!!」
「っ」
またも大振りの一撃が来る。
今度は横ではなく縦の一閃。
リーチは向こうの方が上。
だが縦一閃の攻撃なら左右どちらかに避ければいいだけなので、強化状態の幸輝が避けるのはとても簡単だ。
ぎりぎりまで引き付けて当たる直前に左へ避ける。
その動作の流れで幸輝は左手の甲で剣を握っているバロッグの右手を払いのけるように強く押した。
「お……ッ!?」
地面に食い込む形で刺さっていた片手剣ごと押されたせいでバロッグのバランスが下に崩れる。
既に幸輝は次の行動を取っていた。思いっきり力を入れる。
「おおあァッ!!」
「ばぐぁッ……!?」
強化状態の幸輝の左拳が、バロッグの頬にまともに突き刺さった。




