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30.対人戦(4)

「あーらら、まさか俺って逃げ遅れた村人の第一発見者って感じぃ?」


「ぅ……」


 恐怖でほとんど声にもならない声が漏れた。

 他の村人がみんな外のどこかに逃げ隠れた中、ナラタ村の若娘、ミレル・サーヘンは足を痛めて歩けない祖父を庇うように前へ出る。


「ふーん、村に残ってんのはお前と後ろのジジイだけかぁ。……確か若い女は交渉に使うから一人は拉致って価値のねえ老人は殺せだったっけかなぁ」


「っ」


 足が震える。この盗賊、今わざわざ声に出して確認するようにしていたが、その表情はこちらを見て笑っていた。

 つまり今から自分達がどのような扱いを受けるか認知させ、わざと恐怖を煽るように言ったのだ。


 そしてその思惑は悔しくも当たってしまう。

 流したくもないのに目から涙が滲み出てきた。立ち塞がってはいても、もうこの態勢から動けそうもない。ここは家の中だ。出口は盗賊の真後ろだから当然逃げ場もなかった。


 絶望と恐怖が押し寄せてくる。

 どうしてこうなったんだろう。平和なナラタ村のはずだったのに、何でこんな事になったんだろうと、盗賊が目の前にいるのにも関わらずミレルはそんな事を考えてしまう。


 両親は今他の街に野菜を届けに行っていて不在だ。祖母は数年前に亡くなってしまったが、それでも悲しみを乗り越え両親と祖父と今日まで頑張ってきた。

 最近祖父が畑仕事中に足を痛め家で療養中だったのだが、まさかこんな事態に巻き込まれるなんて思ってもいなかった。


「安心していいぜぇ。お前は村との交渉役として生かしといてやるからさ。……ま、後ろのジジイは殺すけどぉ」


「ッ……!」


「そう怖い顔すんなって。こっちだって何も村人全員皆殺ししようって訳じゃねえんだ。ただ定期的にここの食料とか金になりそうなもんをくれりゃあ、俺らが変に暴れて村の誰かが死ぬなんて事にはならねえかもって話よ」


「……な、ならおじいちゃんを殺すのもやめてよっ……」


「そりゃ無理だ。老人は体力も衰えてるし労働力としては戦力になんねえ。これからこの村には俺達のために畑仕事なりを頑張ってもらわねえとなんだぜ。食いもんだけ無駄に消費するような老い先短い連中にはさっさとご退場してもらわなきゃなぁ」


「そ、んな……」


 盗賊が短刀を引き抜いてこちらに刃先を向けてきた。


 彼らの決定事項は覆らない。利用価値のある者はまだ生かしておくが、殺すと決めたターゲットは必ず殺す。

 自分の祖父も、このままではあの短刀で殺されてしまう。なのに、この足は動いてくれない。今にも恐怖でどうにかなりそうだった。


 大好きな祖母は病気ながらも最期は安らかに眠っていった。大好きな祖父には病気にならずそういう終わり方をしてほしいと思っていた。

 たったそれだけの些細な願いだったのに、それすら叶わずこんな終わりが来てしまうのか。


「……い、やだ……」


「ミレル……もういい、変に抵抗するとお前まで何をされるか分からないんだぞ……!」


 もはや祖父の声が遠くに聞こえる。

 視界も涙が滲んでぼやけてきた。金縛りに遭っていると錯覚するくらい体は恐怖で硬直している。


 この空間の支配権は完全に盗賊側にあった。

 何かしなければ祖父が殺される。だけど何もできない。体が言うことを聞いてくれない。


 いよいよ盗賊がこちらに一歩踏み出してきた。

 決定的な何かが動き出す。自分じゃ変えられない結末が来てしまう。どうしようもない悲劇が。


 そしてぼやけていたミレルの視界、正確には盗賊のいる奥の方に影が見えた。

 家の外に誰かがいた。自分がさっき叫んだせいで盗賊の仲間が来たのかは分からない。

 しかしその誰かはいきなりこちらに向けて叫んだのだ。


「伏せろおッ!!」


「……ッ!?」


 ミレルはほとんど反射的に両手で頭を庇うようにしてしゃがむ。

 今まで全然動かなかった自分の体が、まるで催眠術が解けたかのように声に反応した。


「ごぁッ……!?」


 別の悲鳴が聞こえたと同時に、何かが壁に衝突した音がした。多分声質からして盗賊のものだろう。

 何が起きたか分からないままミレルがおそるおそる目を開けてみると、


「……ふぅ、三人目っと……」


 目の前には見慣れない服を着た茶髪の少年が立っていた。

 少年の視線の先を追うと、そこには顔から壁にぶつかったのかそのまま気絶している盗賊がいる。おそらく後頭部から蹴られて吹っ飛んだのだろう。


 盗賊をやっつけたという事は、少なくともこの少年は敵ではない?


「ぁ、あの」


「(静かにっ)」


 少年がしゃがみこんで視線を合わせにきた。

 そして内側の胸ポケットからギルド協会に認められた者にだけ渡されるネームプレートを見せてくれる。どうやらマトウコウキというらしい。ただネームプレートが魔力で光ってないのだけが少し気になる。不具合か何かだろうか。


「(盗賊の仲間がまだ四人くらい外にいるんだ。家の中から金目の物とか食料を盗るつもりらしい。だからアンタ達は今からでも外に逃げ……られないか)」


 不意にミレルの後ろへ視線を向けた少年が祖父に気付く。

 それだけで何かを察したようだ。


「(あ、うん……おじいちゃんが足を痛めちゃってて、それで動けないから私達は逃げ遅れたの……)」


「(そうか)」


 マトウコウキという少年は大して驚きもせず何かを考え始めた。

 彼は冒険者のようだが、確かナラタ村に来るような冒険者は初級クエストしか受けられないようなひよっこ冒険者だと聞かされた覚えがある。


 もしそれが本当なら彼もまだ初級冒険者のはずだ。

 見る限り武器も持ってないようだし、最初のうちはよっぽどでもない限り魔法もそんなに使えなかった気がする。だとしたら、まだ完全に安心するには早いのではないか……?


 そう思っていた矢先。


「(分かった、じゃあアンタ達はここにいてくれ)」


「……え?」


「(さっきの悲鳴はあいつの仲間にも聞こえてるはずだからまだ危険だとは思うけど、今のところ来ないって事は人質候補が見つかったくらいで駆け付ける程じゃないと思ってる可能性が高い。といっても危ねえのには変わりないから、俺がこの家の近くであいつらを倒すか引きつけておくよ)」


「(えと……ちょ、ちょっと待ってっ)」


「(あっ、そういやそこでのびてるヤツのこと紐か何かで動けないように縛っておいてくれるか? 悪い、あんま時間ねえんだ)」


「えっ……あ、うん……」


「頼むな。じゃっ」


 それだけ言って少年は警戒しながら外へ出ていった。

 取り残されたミレルとその祖父。さっきまでのどうしようもない恐怖はいつの間にか消えている。彼が来てからはまるで嵐が来てすぐ過ぎ去っていったかのような感覚だった。


 しかし震えは止まっている。涙でぼやけていた視界も気付けばハッキリしていた。

 もうダメだと思ったのに彼の声が聞こえた時、咄嗟に動けたのは何故だったのだろうか。答えは分からない。けれど間違いなくあったのは安心感だ。


 確信めいたものは何もないが、あの少年の声にはどこか心が落ち着くような何かを感じた。

 何とかしてくれるかもしれない。そんな不確かなものを信じてみてもいいと思える何かが。


「ミ、ミレル……盗賊を縛らんとっ……」


「……あっ、そ、そうだね」


 今はマトウコウキという少年を信じて任せるしかない。

 そう思いながら、ミレル・サーヘンは祖父に言われた通りロープを探し始めた。


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