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21.クエストへ(6)

 ものの見事に報酬の六〇〇〇ラルを全て酒場の食事に使い切り再び一文無しとなった真道幸輝御一行。

 お持ち帰りする予定だったのに普通に全部平らげてしまった事実に驚きと後悔を隠せない。それほど空腹だったのかと高校生の食欲を自ら舐めていた。


「つーかまだ三時くらいじゃん! 夕飯まで時間ありまくるじゃん! 結局消費期限ギリギリのコーンスープで夜を過ごすしかないじゃんかよーう!!」


「この世界に来てから初めて満腹になったかも〜。酒場のまかないだとどうしても足りなかったし」


 その時の勢いとテンションで散財するとどうなるか自分の身で思い知った満腹少年。

 幸い空腹を無くせたのは良いが、数十分前まで考えていた節約スケジュールは一瞬でパーとなった。


 腹を満たせた幸福感とまたお金のない絶望感で感情が複雑を極めていた時、


「あ、そうだ。幸輝、ちょっと裏の広場行こ」


 何かを思い出したかのようにリゼが幸輝の腕を引っ張ってきたのだ。

 裏の広場と言えば、確か冒険者の訓練場みたいなものだったはずだが用でもあるのだろうか。


 ということで広場に来てみる。

 訓練場と言っても、訓練するくらいならクエストで雑魚敵を狩る方がお金稼ぎも兼ねて一石二鳥と考える者ばかりなので冒険者は数人程度しかいない。というか訓練しないで寝てるヤツとかもいる。


「で、何でここに来たんだ? できれば明日用にクエストボード見ときたいんだけど」


「魔法覚えたから試したいんだよね」


「サラッと重要な事を軽く言ってませんかねリゼさんや!?」


 知らぬ間にサポート女神が魔法を覚えていた。


「魔法を覚えたって……そんないきなり? まさかさっきの労働にすらならないクエストで何かしら進展したってことか……?」


「そうみたい。急に頭の中にふわっと浮かんできたの。最初に魔法を覚える時ってこんな感覚なんだね〜」


「やってるクエストは一緒だろ? だったら俺も何か成長した実感みたいなのあってもいいと思うんだけど何でないんだ……」


「私が支援型だからってのもあると思うけど、味方をサポートするために早く覚えられるとかそんな辺りかも。魔力も多いらしいしね私。……いや、それとも私が優秀だからってのも考えられるかな!」


「おい自称魔法に詳しい女神ここぞとばかりに自分の株を上げようとしてんじゃねえ。実力は下級のくせに何言ってんだ」


 その理論だと自分は初級だから余計どうしようもないという現実から目を背ける。

 ちょっとこの世界の階級制が憎くなってきた。

 幸輝の小言もリゼは華麗に流しつつ、


「単純に幸輝の魔力がなさすぎて魔法を覚えられるのはまだ先か、『光魔法』っていう希少な属性持ちだからそう簡単には覚えられないとかならありそうだよね。まあそもそもまだ魔力ないから無理だろうけど」


「最後のが突き刺さりすぎるんですけど」


 この世界の魔法に自称詳しいリゼでも断言まではできないらしい。

 仮説としてリゼの言葉を採用するなら一応納得はできる。世界に一人か二人しかいない『光魔法』持ちだから初級魔法であっても覚えるのはまだ先なのだと。まあその分苦労は絶えないのだろうが。


 と、リゼがふんすと鼻息を鳴らしながら、


「そんなことより早く私の魔法試させてよっ!」


「つーか良いのかよ。訓練用の広場っていっても魔法は危ないからやめといた方がいいんじゃねえの?」


「私のは支援魔法だから危険とかないし大丈夫だよ」


 そういえばそうだった。誰かに危害を加える魔法でなければ特に問題はないか。

 すぐにでも試したかったのか、痺れを切らしたリゼは両手を幸輝の方へかざす。そして唱えた。


「『強化(ブースト)』!」


 リゼが叫んだ瞬間、すぐさま変化があった。

 薄くではあるが幸輝の体、正確にはその周囲が白く光っている。


「お、おお……?」


 回復魔法か防御魔法かと思っていたら違うらしい。

 対象が自分だったのには驚いたが、全身が少し白いオーラに包まれているようには見えてもそれ以外には特に何かが変わったように感じない。


「ブーストって事は、強化魔法か何かか? 強くなったみたいな感覚とかはまだないけど」


「身体強化の魔法だから、幸輝の身体そのものが強化されてるはずだよ」


「……おっ、何かだんだん力がみなぎってきたような」


 不思議と体は軽くなっているのに拳を握ると今まで以上に力が入っている感覚があった。

 真道幸輝、異世界にて初めて魔法を体験した瞬間である。他人様のおかげで。


「うーん、分かりやすく実感できる方法は……そうだっ。幸輝、ジャンプしてみてよ。普段より高く跳べるはずだから!」


「わ、分かった」


 確かに身体強化されたとしてもいきなり岩に向かってパンチしろと言われたらちょっと怖い。強化の具合にもよるだろうが、もしも普通に岩の方が硬かったら拳の骨はおじゃんである。

 そのためにジャンプはむしろ安全で分かりやすい。凡人のジャンプなんてたかが知れている。故に今は強化魔法の恩恵でそれより高く跳べる事は分かっているのだ。


「ふぅ……」


 一ミリの恐怖もないと言えば噓になる。

 ただしそこには未開への興味も確かにあり、息を吐いて腰を低くし少し膝を曲げる。


 そして。

 跳んだ。


「う、お……っ!?」


 口から出たのは恐怖の感情から来るものよりも驚愕からであった。

 高さおよそ三~四メートルの空中まで幸輝は跳んでいた。普段なら一秒にも満たず着地するとこを、三秒間ほどじっくりかけて地面に着地。


「おお、凄い! ちゃんと魔法かかってるね!」


「……ああ」


 本当ならもっとテンションを上げて魔法を体感できた事を喜ぶべきなのだろうが、いざ魔法の世界へ触れてみるとむしろ冷静になってしまった。

 何というか、一気に現実離れした体験をしたせいで状況を把握できていない様子だ。


 ただエスカレーターやエレベーターで昇って二階からの景色を見たのとは違う。

 自分の足のみで跳躍してその景色までに至った。いわば日常からの脱却。


 しかも全力で跳んだ訳じゃない。最初だから一応安全面も考えて抑えながら跳んでこれである。

 本気なら八メートルくらいは行っていたかもしれない。幸輝自身はまだ魔法は使えないけれど、リゼの支援があれば少しは戦う事もできそうな予感がしてきた。


「ははっ……こりゃ凄えや」


「でしょでしょ!」


「これなら色々と活用できそうだな。で、この魔法の効果時間はどのくらいなんだ?」


「うーん、大体三分くらいかな」


「短いのか長いのか分かんねえな」


 序盤に覚える初級魔法と考えたら短い方と考えるのが妥当か。中級や上級になったら時間が延びるのか、時間はそのままで単純に身体能力がもっと上がるのか。またはその両方なのかはまだ分からない。

 ただ何も使えなかった今までと比べたら立派な進歩だ。


「これなら最弱の魔物討伐くらいならいけたりしねえかな。とにかくボッコボコに殴りまくって戦闘不能にするとか」


「言葉だけ聞いたら剣で斬るとかより暴力的だね」


 殴る蹴るしかできないんだから仕方ない。

 幸輝としても使えるなら剣とか魔法を使いたいに決まっているのだ。

 にしても、である。


「身体強化って事は全体的な能力も上がってるんだよな」


 こういう時にどれだけ能力が上昇したか確認できれば良いのだが、生憎ステータス画面なんてものは表示されない。

 少し気になることがあったからサポート役に聞いてみる。


「強化魔法受けたら一時的に身体能力は上昇するんだろ。こういうのって身体には何も変化ないもんなの? 例えばちょっとムキムキになるとか」


「ならないよ。強化部分はあくまで身体能力だけだからね。見た目が変わるほどの肉体的な変化は基本的にないんだよ。身体強化じゃなくて肉体強化の魔法だったら変化はするけど、その魔法は支援魔法じゃなくて変質型の強化魔法になるから、ジャンルとしては全くの別物になるかな」


「へえ、特別見た目が変わるとかじゃないんだな。まあ変わらない方が体の動かし方も慣れてるしやりやすいか。ただある程度でも見た目に変化があったら、悪い冒険者とか盗賊とか魔物にも牽制くらいにはなるかなって思ってさ。そういう意味でもやっぱ俺も体とか鍛えるべきかな」


「そもそもこの世界じゃ見た目で実力の判断とかほとんど無駄だよ。そんな事したらこの前のチンピラみたいにセレナのような冒険者に瞬殺されるのがオチだし」


 確かに一見ただの女の子にしか見えなかったセレナがチンピラ二人を初級魔法の一撃で仕留めていたか。


「例えば筋骨隆々の人と一般体型の人が戦うとするでしょ? 幸輝の世界なら普通に考えると前者が勝つよね」


「そりゃあ、な。合気道とか空手とかその道のプロじゃないと難しいとは思うけど」


「そう、武器がない限り大体は見た目で分かっちゃうからそう思う訳。けどこの異世界だとそうとは限らない。魔力や魔法があるからこそ、それ故に見た目だけで判断できる世界とは違ってここでは()()()()力が重要視されるの」


「……あー、何となく分かってきたかも」


「多分その考えで正解だよ。成長した分だけ人は強くなる。だけど見た目自体に判断材料なんてものは基本ない。分かりやすく言えば筋トレだけで戦闘経験もないままマッチョになったとしても、戦闘経験を積んで強くなって色んな魔法を覚えた一般体型の冒険者には勝てないの」


 つまりはマッチョでちゃんとした魔法を使える冒険者が一番ヤバイので逆らわない方が良いという事だろう。

 見た目で判断できないからこそむやみにケンカを売ったらうっかり殺されてしまう可能性もあり得る。この先は見た目以外にも色々と見極める観察眼が必要になってきそうだ。


 と、ここで身体強化(ブースト)が切れた。約三分経過したからだろう。

 みなぎっていた力はどこかへ消え去ったのか、もうジャンプしても普通の人と変わらない。


「聞いといて何だけど魔法以外の事なのにやけに詳しいな。リゼの事だから適当に言うかと思ってた」


「幸輝は私を馬鹿にしすぎかも。事前知識は大体入ってるし、知らない事があってもギルドの人に聞くとか二階の書庫にある本を読めばあらかた分かるんだからね! もうこの街の地図も覚えたし魔物のことだっていっぱい知ってるんだから!」


 そういえば出会った時も勉強とか頑張ってたと言っていたか。

 意外と知識欲はあるらしいので、この先もサポート役として俄然頑張ってもらうことにしようと内心押し付ける幸輝であった。


「まあ結局のところ鍛えるにしても魔力を増やすにしても、クエストこなして経験を積んでくしかないってことか。こういう時ステータス画面とかあったら便利なのにな〜」


「普通はそういうものでしょ。体を鍛えてもどこの部分がどれだけ細かく筋力アップしたか分からないのと同じだよ。ゲームのような異世界かもしれないけど何でもかんでも数値化やグラフ化される訳じゃない。その辺りは幸輝の世界と基本同じと思っていいかも。部活の練習と同じでランニングを続ければいつの間にかスタミナが増えてたり、サッカーだとシュートの練習をずっとしてたら精度が良くなったりするようなものかな」


「練習、あるいは修業と似たような感じか」


 ゲームと同じ感覚でいるなという注意喚起だった。

 漫画とアニメをよく見ていたせいでこういう事にすぐ結び付けるのはあまり良くないかもしれない。


 リゼはゲームのような異世界と言っていたが、そんな生易しいものではないと早めに気付けただけ幸いか。

 夢ではなくこれは現実だ。自分のいた世界と違うからといってここが理想郷という訳でもない。むしろここからもっと不便だと思う事があってもおかしくないのだ。


 そして幸輝のズレた認識を修正するためにサポート役としてリゼがいる。

 何だかんだ彼女の存在は幸輝にとっても必要不可欠だろう。


「どう、少しは分かった?」


「ちゃんと覚えとくよ。そんじゃ試すもんも試したしそろそろ中に戻ろうぜ。明日受けられそうなクエストでも見にいこう」


 そう言ってギルド内へ足を向ける。

 色々言い合っていてももう数日は常に一緒にいる仲だ。お互いの性格も何となく分かっている。遠慮なく何かを言い合える関係というのも悪くない。


 こういうのを相棒、と言うのだろうか。

 と、不思議な気持ちになりながらも隣を歩く少女に歩幅を合わせて共に歩んでいく。


 ──


 その夜の事であった。


「だああああーッ!! お前リゼこの野郎なけなしのコーンスープの粒全部自分とこに入れやがったな!? 数少ねえ固形物なんだぞちょっとはこっちに寄越しやがれえ!!」


「最初に私にお玉渡してトイレに行ったんだからそっちの責任だよ! レディーファーストかと思ってありがたく丁寧に一粒一粒お椀によそった私の努力は無駄にしないんだから! 絶対にあげないもんね!」


 醜い争いが室内で行われていた。

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