20.クエストへ(5)
「湖って言うからどんだけでかいのかと思ったけど、結構小さいのな。池って言われても納得するわ」
「でも小さい方が目的のお花も見つけやすくていいじゃん。大きかったら対岸に行くのめんどくさいし」
「それもそうか」
あくまで目的は湖岸に咲いている花の採取であってこれが湖か池かというのは問題ではない。
真道幸輝、残念ながら自然の景色などに特に興味がある訳でもないので見惚れる素振りすらせず湖から地面へ視線を移した。
「確か依頼書に書いてあったのは青い花だっけ? 名前は……シュロウミーだったか」
「うん、薬草やお薬の調合とかに使うから三〇輪ほど採ってきてほしいって。シュロウミーは湖岸にしか咲いてないから分かりやすいはず……ほら、さっそくあった!」
「薬の調合に使われるくらいだしもっと毒々しい見た目と思ったら意外と普通の花じゃん。この辺りに群生してんのか」
見れば湖岸の近くにシュロウミーとやらはたくさん咲いていた。
調合に使われると言っても別に毒がある訳ではないので見た目も可愛らしい花と変わらない。花の見た目から元の世界の似ている花だけで言えばカンパニュラ・ポシャルスキアナという種類に似ているが、花に詳しくない幸輝ではそんな例えも出てこなかった。
群生しているのであれば目的の数を採取するのも難しくはなさそうだ。ブチッと、割と太めの茎を手で千切って採っていく。
感覚は違うが何となくトウモロコシの収穫を思い出して止まりそうになる手を動かす。今回は三〇輪採取すればクリアになるからすぐに終わるだろう。
周囲を軽く見渡しても魔物がいるような気配もなくただただ平和な時間が流れているように感じる。
魔物が棲んでいない絶対安全の街の外。だからこそ幸輝達も無理に警戒することもなくクエストに出掛けられている。
(やっぱクエスト感はあんまないよなー。まだ草むしりの方が労働っぽいぞ多分……)
考えながらできるだけ立派そうなシュロウミーを摘んでいく。
幸輝とリゼの二人だから一人十五輪ずつ採取していく形となっている。とはいえ群生しているから摘むのも早かったりするのだ。
「幸輝ー、私の分は摘み終わったよー!」
少し離れた所でリゼが手を振っていた。
「おーう、こっちも今終わったとこー」
やはり初心者向けの採取クエスト、いざ気合いを入れても始まってみれば簡単なクエストほど呆気なく終わってしまうもの。
何というかトウモロコシの収穫の方が達成感があったのは疲労感の違いか。いくつか初級クエストをこなしてきたが、いまいちこれで本当に実績を積めているのか半信半疑になりつつある。
「これをギルドに持って帰ればクリアになる訳だもんな。子守りとか酒場のバイトより簡単だけどいいのかこれ」
「まあまあ、これで報酬六〇〇〇ラルなんだからお得だよね~。この調子だと案外初期装備も早く買えそうじゃない?」
「本当にこの調子ならな。残念だけど今日の報酬は晩飯に使うからあんま残らないと思えよ。さすがに残りのスープも消費期限超えたくらいだし、そろそろまともな食事がしたいしな」
「おおっ、そういうことなら全然いいよ! やっと汁物から解放されて固形物が食べられるんだね!」
「六〇〇〇ラルもありゃ市場で大体の物は買えるししばらくは困らないだろ。……多分」
「おっにく~おっにく~おっにくっにく~♪」
何とも女神らしからぬ歌声が隣から聞こえてくるが、実際幸輝も毎日スープばかりで限界が来ていたとこだ。
口にするならまずは肉。人間的にも動物的にも真っ先に欲しがるのは原始的な思考からして肉である。こんな事を考えている内に腹が鳴った。基本空腹なのを気合いとテンションで誤魔化しているのを忘れてはいけない。気を抜けば今にでも全身から力が抜けそうになる。
「ええいリゼっ、今そんなくだらねえ歌なんか歌ってんじゃねえ! ラーノに着くまでに空腹で倒れそうになるだろうが!」
「私の場合は歌って誤魔化してるんだから良いじゃん! こうでもしないとお腹鳴って我慢できなくなるもん!」
大声を使うだけで割と体力を使ってしまう事を忘れている二人は今日も空の下で声を響かせていく。
空腹は人をイライラさせると言うが案外本当なのかもしれない。
そしてなんやかんや言い合っている内にラーノまで帰ってきた。
魔物との激闘を終えて帰還した冒険者の風格なんて一切なく、普通に軽い除草作業を終えた程度の汗しか出ていない苦労皆無の二人である。
初めて街にやってきた時と同じように普通に街の中へ入れた。どうやら本当に本人確認やら許可証や招待状などは不要なようだ。
こんなチュートリアル向けの街にチンピラ以外で極悪人なんて来ませんと遠回しにアピールしているようなものか。
特に問題もなくギルドに戻るとまず受付の方へ向かう。クエストの完了報告だ。
見慣れた顔があったのでそちらに向かうと、こっちに気付いたのか軽く微笑んで手を振ってきた。
「おかえりなさい、コウキさん、リゼさん。初の外でのクエストはいかがでしたか?」
「初心者向けなだけあって何の危険もないまま終わりましたよ。っと、これ。依頼分の花です」
受付嬢サラの言葉に返答しながら背中に背負っていた籠を下ろす。
トウモロコシ収穫の時に廃棄物を貰った際、持って帰る時に使った折り畳み式の籠をそのまま流用したが正解だった。これからも採取クエストには行くだろうし重宝するかもしれない。
「……はい、シュロウミー三〇輪確認できました。クエスト完了ですね。初めてのお外クエストお疲れ様でしたっ」
当然と言えば当然であるがただ花を摘みに行っただけで戦闘も何もなく終わったから特に疲労感はない。
達成感も正直微妙なとこではある。しかし報酬の六〇〇〇ラルを見るとこれでもちゃんとしたクエストだったのだと実感した。
さて、働いた分のお給料を頂いたところで、今まで張りつめていた気分が一気に解放される訳である。
ずっと気合いとテンションで空腹を我慢していた平凡少年と女神少女がそれなりの現金を見てしまったが最後、帰宅途中の会話の事も吹っ飛んでギルド内にある酒場から漂う料理の香りからは逃れられないのだった。
欲望の暴走である。
「んがぁー! もう我慢できないっ。幸輝、今すぐご飯食べよう! 私は既に固形物以外は受け入れられないお口になってるよ!!」
「ああ分かってるよ俺ももう辛抱できん! リゼの変な歌のせいで一口目は肉だって邪念に憑りつかれてんだ。従ってやるよこんちくしょうこの報酬全部使い切って肉食うぞオルァッッッ!!」
あ、でも高いのじゃなくて安めの値段のやつをいっぱい頼んで腹満たせてからいざとなったらお持ち帰りできそうなのを頼めよ、と言いながら酒場の方へ走っていく少年と少女。
その二人の背を見ながら微笑んでいる受付嬢のサラはこんな事を小さく呟いた。
「ふふっ、これからここも賑やかになりそうですね♪」




