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1.異なる世界(1)

 死んだ、という感覚はあまり感じなかった。


 むしろ死後の感覚や記憶、意識があること自体、現時点の世界では解明されていない謎なので説明のしようもない。

 死んでしまえばそれまで。そう思っている者の方が大半だろう。


 しかし、現に真道幸輝の意識は確かにあった。

 車と衝突したはずなのだが、痛みは感じない。何なら衝突した瞬間の記憶も曖昧だったりする。


(俺……死んだん、だよな……?)


 こんな疑問を抱けるほどには何故か思考もはっきりしていた。

 もちろん死んだのは初経験なので意外と死後の感覚ってこういうものなんだろうかとさえ思ってしまうのも無理はない。何が正常で何が異常なのかすら分からないで当然なのである。


 というか自分は今どういう状態なのか。

 まずはその確認からだった。


 幸輝の勝手なイメージでは、死んだら魂という概念になって体は消滅。小さな灯のような、あるいは肝試しなどで使われる火の玉みたいに変化して天国か地獄のどちらかへ送られる。残るは霊として未練のある現実で彷徨う事になる……ぐらいだろうか。


(あれ、手足の感覚がある……?)


 割とあっけなくイメージは崩された。

 あるはずない、と思っていた手足の感覚。それによくよく意識してみれば自分が呼吸している事にも気付く。ついでに今目を閉じている状態だという事も今更ながら自覚した。

 ならもしかすると奇跡的に助かって病院にでもいるんじゃないかと微かな可能性を信じ、閉じていた目を開いてみる。


「……どこだ、ここ? ていうか、何も、ない……?」


 思わず口から言葉が零れてしまった。

 それもそのはず。視界に広がったのはどこもかしこも真っ暗闇な空間。周囲をどれだけ見渡してもあるのは虚無を感じさせるような闇しかなかったのだ。

 いよいよ自分が生きているのか死んでいるのか分からなくなってきた。もしかしたら夢の可能性もあるが、あまりにも意識が鮮明なためにそうとは思えないのが現状だ。


 しかし自分の体に目を向ければ周囲は暗闇なのに不思議としっかり手足は見えるし、登校中に着ていた学校の学ラン制服も着用したままだった。

 だが車と衝突したはずにも関わらず外傷もないのは何故なのだろうか。考えれば考えるほど謎は深まっていく。


 と、ここで暗闇の空間にいきなり変化が生じた。

 幸輝の前方に何もなかった空間から光の粒子のようなものが突然現れ、その光は徐々に輝きを増していく。


「ぐっ……!?」


 周囲が暗闇だったせいか、急な光に目が慣れず本能のままに腕で視界を防ぐ。しばらくすると輝きは薄くなっていき、幸輝の視界もだんだんと慣れてきた。

 突如とした空間の変化におそるおそる腕を下ろして光が発生した場所を見ると、そこには目を疑う光景があった。


「初めまして、真道幸輝(まとうこうき)さん。あなたをお待ちしておりました」


「……」


 なんか光り輝くとんでもねー変態美女がいた。


「あら、もしや聞こえなかったのでしょうか? ではもう一度言わせていただきましょう。初めまして、真道幸輝さん。あなたをお待ちしておりましたっ」


「……」


 今度は最後にちょっと可愛らしさを出していた。

 言葉を失うとはこの事か。幸輝の前に突如として現れた人物っぽい何か。その容姿は明るい緑の色をした長髪にこれまた人の目を吸い込みそうなほどに透き通ったエメラルド色の瞳。まるで女神をイメージしたかのような暗闇空間の中でも際立つ白い衣服と薄いピンクの羽衣のようなもの。服の上からでも分かる見るだけで魅了されてしまうであろう見事なスタイル。


 そう、これがアニメなどであるなら幸輝だってさぞ興奮しただろう。

 しかし、これは紛れもなく現実なのだ。いいや現実かどうかは怪しい空間にいるしどうやってあの美女が出てきたのかよく分かってもいないが幸輝がいるので一応現実のはずだ。つまりは三次元。たとえ夢だとしても初めてリアルなこういう人物を見て混乱したままの真道幸輝が放った一言は、至極単純だった。


「……えっと、それってコスプレですかね?」


「はい無礼」


「うぶぇっ!?」


 コスプレ美女が何もない空間でデコピンのような仕草を幸輝に向けてした瞬間、幸輝の額に石でも投げられたような衝撃が襲い掛かった。


「初対面であるにも関わらずそのような言い草はさすがの大女神である私でも少し怒りますよ? 言って良い事と悪い事の区別くらいはあるでしょうに」


「うぐぉ……な、名乗りもせずにいきなり目の前にこんなデタラメな女性が現れたら混乱くらいするだろ……というか何だ今のっ……?」


 何をされたかすら分からないまま額をさする。痛覚があるという事は生きてはいる……と考えていいのだろうか。おそらく夢ではなさそうだ。

 そう思ったところで我に返る。こんな現実的な事を考えるよりもだ。この人物は今何か気になる事を言ったはず。


「って、アンタ今なんて言った? 大女神?」


「ふむ……そういえばまだこちらの名前を言っていませんでしたね。これは失礼しました。確かに名乗っていなかった私にも非はあります」


 一瞬何か考えていたのか、そう言うと美女は祈るように両手を握って名乗りを上げた。


「私の名前はレヴィリエ。人間の方が思い浮かぶイメージそのままの正真正銘、『()()()』です」


「……ああ、えっと、やっぱそういう自称的な趣味の方か何かで」


「それ以上言いますと今度はお腹にぶち込みますよ?」


「マジですいませんでした」


 大女神にしては器が小さい気がしてならない生死不明少年真道幸輝。

 信じる信じないは別として何だかよく分かってもいないあの謎の衝撃をまたお見舞いされるのだけは勘弁したかった。普通に痛すぎる。

 大女神レヴィリエと名乗った美女は溜め息を吐きながら、


「はぁ……まあいいでしょう。では、これからできるだけ簡潔にあなたの現状を説明します。信じられないかもしれませんが、その辺りはどうかご自分の中で整理してください」


 正直まだ何も理解できていないのだが、このままだと置いてけぼりにされそうなのでとりあえず大女神とやらの話を聞く事にする。


「まず正確に言うとあなたは死んではいません。形式上は一応死んだ身として扱われますが、我々女神は善良なる行いをした者や悲惨な運命を辿りそのまま命を落としてしまった方への特別な救済措置として別の人生を歩んでいただく事にしているのです」


「別の、人生……?」


「はい。今のあなたはあの横断歩道で轢死する寸前、この空間に移動させられました。しかしだからと言ってこのままあなたを元の世界へ戻す事は今はできません。あそこの世界では科学では証明できない、あなた達の世界でいう超常現象のようなもので真道幸輝という存在は消えています。今更あなたを元の世界に戻せば混乱が起きるのもありますが、天界では基本的に運命の摂理を覆す訳にもいかないのですよ。まあ、多少の例外や反則技はあるようですが……。こほんっ、なので善行を為した中から真に女神が認めた者にだけ、いわゆる第二の人生を歩ませてあげるのです」


 つまり幸輝が元の世界に戻りたいと言ってもそれは運命や因果律とやらに反するから無理な願いという事か。一部小声で聞こえなかったのは気になるが。

 しかし死ぬ前にこの空間へ体ごと移動させられたはいいものの、これでは結局死んだのと何も変わらない。だってもうあの世界には帰れないのだから。どう足掻いたって最終的には納得せざるを得ない状況になるのなら、もはやさっさと受け入れるのが最善か。


「……そっか。結局死んじまったようなもんなんだな、俺。まああの状況じゃそれが当然の結果なんだろうけど」


「あら、意外とすんなり受け入れるのですね?」


「そうするしかないからな。話を聞いててもアンタが嘘を言ってるようには見えないし」


「信じていただけて何よりです」


「ところで俺が助けた女の子と妹は無事なのか? そこだけ気になるんだけど」


「ええ、無事ですよ。あなたが命を張って助けたおかげです」


「そうか……」


 とりあえず謎空間に呼び込まれたのは幸輝だけで済んだらしい。

 あの二人が無事で変な事に巻き込まれていないなら、それだけでもひとまずは安心できる。唯一の悔いは家族、それも妹に悲しい思いをさせてしまう点か。


 しかしこうなった以上自分ではもうどうしようもないのもまた事実。あの世界に戻れないならもはや死人に口なしも同然だ。

 仕方なくでも気持ちを強引に切り替えていくしかない。


「……で、肝心の第二の人生ってのはどこで歩めるんだ? 元の世界ってのがダメなら他にそういう世界があるとか?」


「はい。そしてこれは女神に見初められた者にしか行けない世界ですが、どういう世界かというのを先に言っておきますと、あなたがいた地球とは文明や文化が似て非なる異世界となっています」


「い、異世界……?」

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