18.クエストへ(3)
「地図的にはもうそろそろだけど……」
リゼと一緒に依頼を受けた場所へ向かいながら徒歩約五十分。
街の端辺りなのか、ここら一帯は畑や水田が多い。何だか日本の田舎を彷彿とさせる風景だ。というか畑はまだしも水田があるし何なら植えられているアレはもしかしてアレなのかと幸輝は少し期待を膨らませていた。
「田んぼがあるってことはあれってもしかして稲になる前の苗か? まさかこの異世界にもお米が存在してる……?」
「普通の野菜があるくらいだし別におかしくはないんじゃない? トウモロコシだってイネ科なんだし」
「そんなのはどっちでもいい! 俺は基本パンよりライス派という生粋の日本人なんだ! 異世界だとどうしてもパンばかりなイメージがあったけど、そうじゃないならこれは嬉しい誤算だぞ。ひゃっほう断然クエストのモチベ上がってきたあ! 腹持ちのいい白米が手に入ればウチの食糧難ももっとマシになるぞお!」
哀しいかな、お米があるという嬉しさもあるはずなのに最後に出てきたのはやはり食糧事情のことであった。
根本的な問題の解決をしない限りお肉やお米を食べられるかすら怪しいのだ。しかしモチベーションが上がったのも事実。お米達のためなら真道幸輝、粉骨砕身の覚悟でクエストに臨む思いである。
そんな思いを馳せながら歩いていると、リゼが何かに気付いたのか畑のある方へ指を差した。
「あっ、あれじゃない? トウモロコシ畑!」
見てみると他の畑とは違って葉が大きく広がっていて背の高いものがとても多い。
本物のトウモロコシ畑を見た事はないが、テレビとかで見た記憶と一致している事から間違いないだろう。
「地図の通りだし、あれで合ってそうだな」
「いっぱい収穫しちゃうよー!」
張り切っているリゼと共に畑近くの家に行く。
おそらくそこに依頼人がいるはずだ。あとは説明を軽く聞いて収穫するだけ。とてもシンプルで分かりやすい手順。これで五〇〇〇ラル貰えるのだからお得である。
──
そう思っていた時期が幸輝にもありました。
「や……やっと終わった……」
「うぅ、腰がぁ……」
数時間後、幸輝とリゼは地面に倒れていた。
最初はモチベーションのままに張り切ったはいいが、約一ヘクタールの畑でトウモロコシをたった二人だけで全部収穫するというのは想像以上の厳しさだったのだ。
割と朝早くから始めたつもりがもう既に陽は高くなっており昼などとっくに過ぎている。
何度も中腰になりながら長時間収穫し続けた結果、腰のダメージが半端なかった。畑の近くにある家の側で腰に気を遣いながら何とか立ち上がる。
体感だけで四時間以上は経っていると予想しながら家の窓から中の時計を覗き込む。
確か収穫を始めたのは朝の九時頃だったはず。室内で呑気に寝ているお爺さんを視界の隅に追いやって時計を見ると、昼の二時を過ぎていた。
(約五時間二人だけでやってたのか俺達……)
休憩も入れつつ両手で抱えきれなくなったらいちいち遠くに置かれている大きな箱に持って行って入れなければならないという、何とも効率の悪い仕事を二人だけでやっていたのだ。
ここまでかかるともう鮮度とか気にしていられない。そもそもそこまで気にするようなお爺さんでもなさそうだったし。
とはいえこれで初のクエストは終了だ。
ただの肉体労働でもギルドに戻って成功報酬を貰えば立派な実績がつく。
元いた世界でもアルバイト経験のなかった幸輝が正式な手続きの基でちゃんと仕事を終えたのはこれが初。
内容はどうあれ達成感もひとしおだ。
「さて、爺さん起こして廃棄物にするトウモロコシを少し貰ったらギルドに帰るか」
「うぁ~そういえばまだ帰るために歩かないといけないんだった……」
女神らしからぬ声でリゼが面倒そうに唸っていた。
まああれだけ動いてたし仕方ないかと思いつつ、追い打ちをしてみる。
「貴重な食糧を貰えるんだから可能な限りカゴに詰め込んで背負って帰るぞ」
「ええっ、私もおっ!?」
「当たり前だろ。貰える分はしっかり貰っておく。二人の方が数も多く背負えるしな」
女神の少女が若干涙目になっているのを幸輝は華麗に無視する。
これも我が家の食事のためだ。辛くとも今は心を鬼にしないといけない。
ともかく、幸輝とリゼの初クエストは問題なく成功に終わった。
──
あれから三日が経過した。
自分達でもできそうなクエストがあったらとりあえず受けようと決め、片っ端から簡単なクエストばかりをこなしたのだ。
ある時は農家の手伝いを、ある時は土木作業を、またある時は親が出掛けている間の子守りを、はたまたある時は酒場の接客や市場での接客など、アルバイトのようなものからただのお手伝い程度のものまでとにかくやったのだ。
一日に数件やった時もあった。どれも高額な報酬とまではいかず、何ならたまに労働と見合っていない報酬もあったように思えたがそれも今となってはどうでもいい。
結果は目の前にある。
「……ようやっと貯まったぞ……」
「うん……」
ギルド寮の部屋、そこで二人が見つめているのはテーブルの上に置いてあるブツだった。
「異世界に来てからまともなクエストとかほとんどやってなくてバイトみたいなもんばっかだったけど、これでようやく……」
「うん、ようやく……」
顔を見合わせる。
お互いの苦労を労うように。
「装備を買う資金が貯まったぞーッ!!」
「うわーいっ!!」
これまでの人生でやった事ないくらい全力の万歳をした。
「異世界らしい生活とは無縁にも思えたけど装備さえ買えば多少は冒険者っぽいこともできるだろ! 程よく非日常を味わいながら平穏な異世界生活を送る本当の第一歩はここからだ! 待ってろ俺の異世界スローライフぅ!!」
「まともなクエストに行けたら報酬も少しはマシになるし、これでようやく野菜スープとトウモロコシ地獄から解放されるんだね!!」
節約に節約を重ねこの三日間は野菜スープと貰ったトウモロコシを焼いたりコーンスープにして凌いでいたのだ。
最初は食料事情も多少緩和され安堵していたものの、さすがにずっとトウモロコシだけだと飽きもくる。
せめてもの救いはクエスト中に酒場の接客のまかないで肉やパンなどまともな固形物やカロリーを多少摂取できた事だろう。
あれがなければ今頃どちらかの精神が折れていたに違いない。
「さっそく装備を買いに行くか! どこに店があるかはもう色んな人に聞いて分かってる。あとは必要な物を揃えて街の外でもできそうなクエストを探せば新たな世界が広がっていくぞ!」
「はいはい! 私支援者だし魔法使いっぽく杖が欲しい!」
「安いのがあったらな。一応杖とかなくても魔法は使えるっぽいし、最優先は防具だ。獰猛な魔物とかに爪や牙でやられたら一瞬で終わっちまうのだけは回避しないと」
資金は貯まったと言っても二人分の装備を一式買えるかどうかは分からない。
数日分の食費を除いてどれだけ装備を揃えられるか。どうせなら装備を売ってる店に下見に行っておけばよかったと今更思う。
だがここで買いに行くのを一旦中止し、もっとお金を貯めようと提案する事もできない。
そんな事をしたらリゼのモチベーションはどん底に落ち駄々をこねるだろう。実際幸輝だってせっかくここまできたのだから思い切って装備を買いたい。
こっちはもうバイトではなく冒険者気分になっているのだ。
今更またコツコツ働くのはあまり気が進まない。そういうのはまた金欠になってどうしようもなくなった時の最終手段としておく。
兎にも角にも。
「まずは装備を調達しに行こう」
「おーっ!!」
──
「高っか……」
「……」
武具屋にやってきた。
隣でそう呟いているのはリゼだ。
ずらりと並べられているのは冒険者が使いそうな剣や槍、杖に防具といったほぼ全ての物が取り揃えられていた。
駆け出し冒険者の街だから装備とかもきっと優しいお値段のはず、と思い込んでいたのが間違いだったのかもしれない。
幸輝達の予算は合わせて二万ラル。一人一万ラルで一式とまではいかずとも大体は揃えられると思っていたのに。
防具とか頭だけで二万ラルと値札に書かれている。リゼの欲しがっていた杖は一番安くて一万ラルと予算ちょうどだった。
声が漏れたのはだらだらと冷や汗を垂らしている少年である。
「……何でこんな高いの?」
他にも武器などを買いに来ている客もいるようだが、みんな値段とかを気にせず色々吟味しているようだ。
みんなそんなにお金持ちなのか? という疑問を隠せない。
「(ねえこれじゃ私杖しか買えないんだけどどうなってるのかな!? 幸輝ちゃんとお店調べたの!?)」
「(一番安くて良い店って聞いたらみんなここ教えてくれたから間違ってはないはずなんだって! てか装備とかって普通こんなするもんなの!? ゲームとかだと五〇〇円とか八〇〇円とか良心的なのがセオリーだってのに!)」
さすがにゲームの世界のような格安とまではいかないと思っていたが、予想以上に装備が高い。幸輝達からすれば。
やはりバイト感覚のクエストでは報酬が足りなかったのか、もっと数をこなしてから来ればよかったのか。
どちらにしてもこの店に来た時点で何も買わないという選択肢だけは抹消されていた。
「……仕方ない。こうなったら最低限必要な装備だけでも買ってクエスト受けるしかねえ。少しずつでもいいから簡単なクエストをやり続けて一個ずつ装備を買っていけばそのうち一式揃うだろ」
「ん~予算内で良い感じのないし杖はもういいかなあ。……あっ、ねえ幸輝っ、私あの支援魔法の効果を増幅してくれるペンダントが欲しいかも! 身に付けとくだけで魔法効果の増幅ができるなら役に立てるし別にいいでしょ!? 何てったって荷物にならないしデザインも可愛いのたくさんあるし!」
「杖はもういいのかよ。まあ一万ラル以内なら何でもいいけど。さすがに装飾品のペンダントくらいならもうちょっと安いか」
ついでに幸輝も一緒に見てみることにした。
加工された魔輝石に穴を開けた箇所から紐が通されており、一見幸輝のいた世界にあったとしても違和感のない見慣れたようなペンダントが並んでいる。
違う点としては使われている石が魔輝石であり、普通の石ではなく物によって効果が変わる代物だという事。
魔輝石自体に様々な使われ方がされている事から、如何に魔輝石がこの世界にとって一般的な物であり重要な物なのかがよく分かる。
と、適当に他のペンダントはどんな効果があるのか見ていると説明文の横にある値札に目が行った。
「い、一万ラル……それも全部……!?」
普通に武器や防具と変わらない値段であった。
下手すると魔法以外にも殴打するための武器として使えそうな杖と、こんな首からぶら下げるだけのペンダントが似たような値段なのが信じられない。
杖にも先端部分に魔輝石が埋められている分、効力としては似たようなもののはず。
使用用途の問題であれば、やはり杖ならばいざという時武器にできるという点か。荷物にならないとリゼは言っていたが、こうして考えると自分の身を守る手段として杖を選んだ方が安全に繋がりそうではある。
杖とペンダントの長所や短所を比べてみると、効果は同じものとして魔力切れになった時武器としても使える代わりに常に持っておかないといけない杖。首に付けるだけで気軽に効果を得られる代わりにいざという時自分の身を守る術がないペンダント。
値段が変わらないのは意外とどちらにも用途の良し悪しがあったりするからだろうか。
「色のバリエーション結構あるからどれにしようか迷うな~」
効果は変わらないんだしどれにしても一緒だろうとはさすがの幸輝も言えない。女神であっても一応は女の子なのだ。そういうとこは拘りがあるのかもしれない。あと幸輝が今更武器にもできる杖にした方が良いと言っても聞きはしないだろう。多分何を言っても無駄だ。
だから幸輝も自分の目的を果たす事に決めた。
武器のセンスはないので買う事ができない。家を出る前にも言っていた通り買うとすれば防具だ。
まずは自分の身を守れる装備がいる。ということで防具コーナー的なとこへ来たのは良かったのだが。
(やっぱ全部予算超えしてやがるじゃねえかーっ!)
案の定値段は優しくなかった。




