16.クエストへ(1)
一夜が明けた。
貰った野菜を細かく切って適当な調味料と一緒に煮込んだ野菜スープで腹をたぷんたぷんにしてから何とか異世界での初日を無事終える事ができたのだ。
しかし正直育ち盛りな男子高校生の腹を満たすには役不足感が否めない。何せ野菜スープ以外は何もなく後は水道水で誤魔化しただけである。
(腹が減ってあんまり寝付けなかったな……)
そう思いながら起き上がった直後にはあくびが出てきた。掛け布団ごと敷布団と一緒に折り畳んで部屋の端に移動させる。
軽く伸びをしてベッドを見るとまだ女神の少女は寝ていた。こういう所は人間と変わらないのか見ているこちらの力が抜けそうなくらい気持ち良さそうな寝顔をしている。
替えの服もないので風呂を済ませた後もお互い服はそのままだ。
食費や装備もそうだが、日常生活で使いそうな物も早めに調達しないといけない。せめて一着だけでもいいから下着とか寝巻きに使えそうな服も欲しいところである。
(やっぱクエストの方がバイトより稼げんのかなあ。初心者向けのがあるならやってみる価値もあるか)
昨日セレナが言っていた事が本当なら、装備もない幸輝達でも行けそうな採取クエストなどがあるかもしれない。
外の世界にも一応慣れておきたいので、危険とまではいかないまでもそれなりに冒険者っぽい生活もしてみたいお年頃なのである。元々はそのために転移した訳だし。
(魔力はないけど、実戦とか体を鍛えるなりして経験を積んでいけば魔力が増える可能性も一応ゼロではない……はず……。であれば足腰を鍛える的な感じで近場の採取クエストをこなしまくるのもありかな。とにかく今は早くリゼに支援魔法を覚えてもらうしかない。万が一俺が戦うにもサポートは必要不可欠なんだから)
ほぼ一般人の素手や蹴りだけで魔物を倒すのは厳しい。だから魔物と出くわさないクエストでコツコツ地道に努力するしかないのだ。
今は無理でもいつか魔力が増えて攻撃魔法さえ覚えられれば幸輝でも活躍できる未来があるかもしれない。特に『光魔法』を持っている自分なら。
(確か魔輝石、だっけか? 今はこれに注ぐ魔力すらないもんなー……仕方ない)
幸先はまだまだ暗いと思いつつ、昨夜の残りの野菜スープを深皿に入れてスプーンで啜る。
リゼ曰く魔輝石とは、この世界で日常的に使われている魔力を含んだ鉱石の事らしい。異世界にはガスコンロや発電機などがないため、異世界の人達は代わりに魔輝石を材料として作られた魔道具などを利用して暮らしているようだ。
このキッチンもその一つらしく、普段は着火用の魔輝石を利用して竈に火を点けたり火加減の調節をするのだが、ごく少量の魔力を使うため生憎魔力ゼロの少年には使える代物ではなく、野菜スープを再び温める事さえもできないのだった。
二口目を口の中へ運んでいく。
(冷てえ……)
本来であれば手をかざして魔力を込めるだけで魔輝石を通じて火が点くはずなのだが、昨日何度か手をかざしてみても何の反応もなかったためリゼにやってもらったのだ。
魔力自体は微細ではあるが魔素として空気中に漂っており、部屋の明かりなどにも電球代わりに小さな球体型の点灯用魔輝石が吊るされていて空気中の魔素を魔輝石が自然に取り込み自動的に永久発光している仕組みらしい。
ちなみにそういった明かりのオンオフも点灯用魔輝石に手をかざせば切り替えられるとの事。
魔力が当然のようにある世界だからこそ、それがない幸輝には不便極まりない。これは本格的に対策を考えないといけなくなってきた。
(剣と魔法の世界ってだけで物や素材に関してはほとんど俺のいた世界と同じだし、何なら文化も建造物も結構似てるとこはある。過去に転生者だか転移者がいたんなら色んな発明して文化を発展させてる可能性も考えられるな。俺でも使えそうな物でいえば……ワンチャンどこかにマッチとか売ってねえかな〜……)
こういう無双系にありがちなのは、大体現実世界の発明を異世界でも広めて普及させていくストーリーなどがあったはず。
ならばあっちの世界であった物がこっちの世界で作られていてもおかしくはない。何せ洋式トイレに水道水、風呂があるくらいなのだから。ちゃんと外の町などを見ていけばもっと文化レベルも現代に近かったりするかもしれない。
不便な異世界に大発明のような科学力で発展させた転移者がいたならどれだけ持て囃されただろうか。少し考えるだけで嫉妬に呑まれそうだ。
そして、結局そういう発明品を獲得するにもお金がいるのだった。世の中は金だとまでは言わないが、大半は占めていそうだと高校生ながらに思ってしまう貧乏少年。
冷たい野菜スープが体に染み渡っていく。全て飲み干してもやはり物足りない。
むしろ少し食べたせいで余計食欲が沸いてきた。スープはまだ残っているが、金銭的にも節約しながらあと二日は持たせたいところだ。
(無理だ。このままだとずっと空腹に悩まされちまうっ。やっぱすぐにでもお金が必要だぞこれ!)
結局何をするにもお金がいる。異世界に転移した少年は世の中の厳しさを知った。
時計を見ると時間は午前八時を過ぎた頃。幸輝はリゼの寝ているベッドへ近寄る。
そして、
「おら起きろ寝坊助女神! とっととスープ飲んでクエスト行くぞおっ!」
思いっきり布団を取り上げた。
同時に大声と布団の安心感を失った見習い女神は半目のまま飛び起きる。
「……え、なにっ? 私のお肉は? 肉汁たっぷりでジューシーな私のお肉はどこ行ったの!?」
「生憎そんな豪華なもんウチにはねえ。何ならそれをいつか食べるために今日からクエスト行くぞってんだ」
大層羨ましい夢をと思ったところで、起きた時の絶望感を考えるとやっぱり見なくて良かったと思いとどまる。
元の世界では割と毎日食べていた何かしらのお肉が今ではもう簡単にありつけない事実に耐えられそうにない。
だから行動に出る。
せめて最低限生きられるくらいの収入を得るために。
「ほらスープ入れてやったからさっさと飲め。多少は空腹もマシになるだろ」
「魔輝石があるんだからせめて温めさせてよ! 冷たいまま飲むなんてやだ!」
「変に沸騰させてスープが少しでも蒸発したらもったいねえだろうが。俺は冷たいまま飲んだんだからお前もそのままいけ!」
もっともらしい事を言っているがこの少年、ただ自分で温める事さえもできなかったから巻き添えでリゼにも冷めたスープを飲ませたいだけである。
だが生命線である野菜スープを大事にしたいと思っているのはリゼも同じはずだ。豪勢な肉を食べる夢を見るほどだし。
だからか、ぶつくさ文句を言いながらも冷たいスープをちびちび飲み始めた。
一応サポート役とは言っても上位存在である女神が冷めたスープを少しずつ啜る光景は何とも言い難い。まともな固形物が食べたくなってきた。
(安くても何でもいい。とにかくお肉やお腹に溜まるものを買えるくらい稼がねえと未来は暗いぞ真道幸輝!)
決意はより固まった。
当面の目標は何でもいいから肉という名のタンパク質の入手だ。こればかりは食べ盛りの幸輝にとって譲れない。男子高校生の身体は無駄なカロリーをたらふく欲している。
「あぅ~……全然物足りないけど、ごちそうさまぁ……」
「食べたか。じゃあさっそくギルドに行くぞ。一秒でも早くクエストを終わらせてまともな食事にありついてやる!」
こうして、異世界貧乏生活二日目が始まった。




