14.異なる世界(14)
急に空からやってきた少女に誰もが視線を奪われる。
それは真道幸輝だって例外ではなかった。
空を飛ぶ人間なんて自分のいた世界じゃ絶対に見れなかったのだ。アニメや漫画の世界でしかありえなかった光景が今、現実として幸輝の目の前に現れた。
ふわりと地上に舞い降りた少女は男達へ魔法少女が言いそうなセリフを吐いてから、幸輝達の方に振り向かないまま話し出す。
「適当に空から見回りしてたら男の人が手を振ってきてさ、ここに自分を助けてくれた人がいるから応援に向かってくれって。タイミング的にはドンピシャだったようね」
既に顔面を集中的に少し殴られたのだが、というのは言わないでおく。自業自得だから追及されると余計顔に熱がこもりそうだ。
この状況に痺れを切らしたのは男達だった。
「いきなり現れやがったと思ったら何だよ、またガキじゃねえか」
「なあ嬢ちゃん、魔法で空を飛ぶたぁ随分珍しい事をしてるようだが言葉はもうちっと選んだ方がいいぜ。これじゃあ今から俺らと戦り合うみてえに聞こえるからよぉ」
相手が女性ではなく女の子だと分かった途端、チンピラ共の態度はまた一段と大きくなる。
魔法で空を飛んでいた事に驚かないという事は、この男達も何らかの魔法が使えるのかもしれない。
「凄い……」
「?」
隣でリゼが少女に向かって小さく呟いた言葉の意味を、幸輝はまだ理解する事ができなかった。
無理もない。これはもう事前知識と認識の問題だ。まだ異世界の事をよく理解していない幸輝と、ひと通り異世界や魔法の事については知っている女神の知識と認識の差。だからリゼの言葉に幸輝が理解できていなくても今は仕方ない。
対して、目の前の少女はもはや相手の警戒すらしていない様子であった。
両の手の平を肩まで上げてやれやれと呆れたような動作をしながら、だ。
「はあ、ここで私の事を知らないのはまだしもそれに気付けないって事は、アンタ達冒険者じゃなくて最近この街に来たチンピラかしら。駆け出し冒険者の多いこの街なら簡単にお金を巻き上げられるとでも思った? それとも悪い事はしちゃダメって常識すら持ち合わせてない空っぽアタマだったりする?」
「ああ? いちいちうるせえ小娘だなぁオイ、お前も口だけは達者ってオチかあ?」
「だったらお望み通りそこの馬鹿と同じ目に遭わせてやるよ!!」
「だーかーらぁー」
チンピラ達が少女に向かって何かをしようとした瞬間。
ヒュッドゴァッ!! という音が炸裂した。
何の音だ? と幸輝が疑問に思う前にはもう答えはすぐそこにあった。
あれだけ声を荒げていた二人のチンピラがうつ伏せ状態で倒れているのだ。そしてその頭上には一瞬だけ風(?)のような塊があったがすぐに霧散していく。
「事前に作ってた風魔法にすら気付けないくらい鈍感なんだったら、むやみに魔法戦なんて挑まない方がいいわよ」
既に気絶しているから聞こえていないはずだがそこは別にいいらしい。
頭上から魔法の一撃、おまけにそのままの勢いで顔面強打なんていくらあいつらに数回殴られた幸輝でもちょっと同情してしまいそうだ。
何はともあれ一件落着。ひとまず安堵の溜め息が零れた。
被害は自分の顔面だけで済んだし生命線の食料やお金も無事。何よりさっき逃がした男性が何ともなくて良かった。もし周囲に仲間がいたらとも思ったが、空を飛んでた少女が怪しい者を見かけていないなら大丈夫だろう。
と、ここで初めて少女が幸輝達の方へ振り向く。
身長は一六九センチある幸輝よりも低く、リゼとほぼ同じくらいだから大体一五〇前半くらいだろうか。髪は明るめな茶色で肩まであるミディアムヘアー、そして蝶々型の髪飾りか何かで右側だけ髪を結んだサイドテールをしている。
服装は冒険者にしては軽装備なのかは知らないが、エメラルドグリーンのショートジャケットの中に白と緑を基調としたワンピース風のアンダードレスを着ており、それをウエスト辺りから革製のベルトで巻いているようだ。ついでにベルトには左右にポーチと短剣も付けられていた。
まとめると一目で分かる美少女であった。しかもジャケットやワンピースには所々金の刺繍が入っておりどこか気品を感じさせる。
こんな女の子があの厳つい男達を一撃で昏倒させたのだから異世界の強弱というものは分からない。
ちゃんとしたファーストコンタクトは少女からだった。
「怪我とか大丈夫? 何も盗られたりとかしてない?」
「あ、ああ、大丈夫だよ。荷物もこいつがずっと持ってたし、何も盗られてはないかな」
「そっか。……けどあなた、顔怪我してるんじゃないの?」
「え? いや、これはぁ……」
「それは幸輝が勝手に一人で突っ走ってボコられただけだから自業自得だし大丈夫だよ」
「え」
女神が普通にチクりやがった。
こいつこの女神、男のプライドとか尊厳とか極力傷付けないようもうちょっと気遣った言葉を言えないのか。少女もそれを聞いて素っ頓狂な顔をしているではないか。
「バッカお前、もう少しこうオブラートに包む事くらいはしてくれません!? 名誉ある損傷とか男の勲章とかもっと体の良い言い方があるでしょうがあ!」
「女神はいつだって正直だから噓は言えないかも」
こういう時だけ女神らしいこと言わないでほしい。一応本物の女神だから無駄に説得力があって何か言い返しにくいのだ。
「えっとー……そこまで言い合えるなら大丈夫っぽそう?」
女神よりも気遣った言い方ができる少女がいた。
「ああ、ありがとな、助けに来てくれて。えっと……」
「見た事ない顔だと思ったらやっぱりあなた達もこの街に来たばかりなのね。じゃあ私を知らないのも普通か。私はセレナ・グレイス。この街に住んでるわ。歳は十五で冒険者やってるの」
「俺より一個下なのにあの強さなのかよ……。えっと、俺は幸輝、真道幸輝だ。まあ好きなように呼んでくれ。一応こいつと今日冒険者登録したばかりの新人だから、よろしくな」
「私はリゼだよ。よろしくね、セレナ!」
ひと通りの挨拶を済ませ、話は段取りのように進んでいく。
「ところであいつらどうすんの?」
「私に声掛けてきた人が衛兵の人達呼んでくれてるからほっといても大丈夫。もうすぐ夜だし私は一旦ギルドに戻るつもりだけど、一緒に行く?」
元々ギルド寮に戻るつもりだったし色々話も聞きたいのでご一緒させていただく事になった。
陽もだんだん沈んでいき空が焼けていく中、三人は歩きながら自分の中にある疑問を相手にぶつけていく。
「リゼ達は今日冒険者登録したばかりって言ったけど、じゃあまだクエストには行ってないの?」
「そうだよ。装備もお金もないから今日は市場で働いてたんだ。ね、幸輝」
「ああ。食料もねえから働いて得たお金も基本食材に使うしほぼ無一文だよ今は。しかも俺は武器扱えねえし魔力もないしで、幸先だけで言えばもう最悪だな。いやマジでどうしよ……」
「……え、じゃあ何の武器も使える魔法もないのにあいつらに突っかかったの? ていうか魔力がないってどういう事? 空っぽって意味?」
「んぁ? そうだけど?」
何だか痛い者を見る目でセレナがこちらを凝視してくる。
「マジか……そんな人いるんだ……。けどそれなら危ないじゃない。魔法が使えないなら相手との力量差は体格で大体分かるでしょ。魂環での評価が高かったならまだしも、低いんだったらあいつらと比べたところで勝てる訳ないって事くらい分かるんじゃあ……」
セレナの言う事はもっともだ。
この世界には魔法があって、だから武器はもちろん魔法の工夫次第で相手との力量は詰められる。実際あのチンピラ達よりひと回り小さいセレナは魔法でもって男共を黙らせた。
なのに魔法も使えず、武器も扱えず、体格も喧嘩のテクニックでさえ劣ってると分かっていて尚、何故立ち向かっていったのか。
それがセレナには分からないのだろう。
そんな少女に対して、それこそ何を言っているのか分からないような顔で少年は答える。
「いや、相手に勝てないからって困ってる人を見捨てる理由にはなんねえだろ?」
何の気なしに言っている言葉を、果たして有言実行できる者がどれだけいるだろうか。
誰だって口だけでは何とでも言えるだろう。だけど大半の者は怖気づいて何もできない事の方が多い。しかし実際に少年は行動に移した。何度も顔面を殴られた挙句、副産物として自分の能力の情報すらまともに得られなかったけど、ちゃんと困っている男性を逃がす目標を達成したのだ。
明らかに自分より強い相手に立ち向かうという当たり前の強さを、この少年は自然と持っている。
勝ち負けの問題じゃない。生死の問題でもない。誰かを救うための決断を迷いなく出せる人間というのは強い。
幸輝の言葉にセレナは最初呆気に取られていた顔をしていたが、急に崩れたように笑いだした。
「ぷっ、あっはは! 冒険者として致命的な部分ばかりで何の取柄もまだないのにハッキリそう言えるって凄いわねアンタ! あいつらが初手で魔法使ってきてたらもっと酷い目に遭ってたかもしれないのにっ」
「あれ、もしかして皮肉言われてる?」
いきなりあなたからアンタ呼ばわりに変わってるし少女の中で幸輝のランクが下がった可能性も出てきたかもしれない。
しかしそれとは裏腹にセレナは幸輝の肩を軽く叩きながら、
「違う違うっ。ちゃんと自分の信念を持ってて立派だなって思っただけよ。まあ、今回は私も間に合ったし結果的には良かったけど、下手すると命を落としかねないんだから勇気と無謀を履き違える事だけはしないようにね。冒険者はいつ死んじゃうか分かんない職業でもあるんだから」
「……」
言われてみればそうかもしれない。
幸輝の世界だと基本素手と素手のケンカであり鉄の棒などといった獲物もたまにはあったが、刃物や銃などの本物は今まで遭遇した事もなく喧嘩の場で何回か起きた事故を除けば『死』という概念からはまだ縁が遠かった。
しかしこの異世界での戦闘方法は武器と魔法が主流となっており、戦うのは獰猛な魔物や下手すると本物の悪人までいるだろう。
つまり、『死』の危険性は特段に上がっている。今まで通りむやみにいざこざに突っ込んでいけば本気で二度目の『死』を迎える事だって普通にあるのだ。
だというのに。
(まあ、そん時はそん時に考えますかね)
本人がこの調子だからどうしようもない。そういう現実を知るのはもっと後でいいのだ。




