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大仕事

「荷物の準備はできた?」


「はい、すべての画材をバッグに詰めたので、いつでも出発できますよ」


今日は、次期伯爵の肖像画の注文が入り、朝からその準備に追われていた。

久しぶりの大仕事だ。私もエマも気合いが入る。


「家の前に伯爵邸からの馬車が準備されているから、荷物を積み込んで出発しましょ」



「ヴィオラ様、次期伯爵様ってどんな方なんでしょうか」


馬車に揺られながらエマが尋ねた。


「年齢は17歳で、聞くところによれば美男子らしいわ。しかも、弓の名手で、将来有望の高スペックな殿方と聞いたことがあるけれど……」


「おお、美男子……それはお会いするのが楽しみですね」


「美形ねぇ……私、特徴のない美形を描くのが苦手なのよね……」


私は、ふうと息を吐いた。


「どうしてですか?」


「だって、お顔に特徴が出せない分、肖像画家としては表現するところがないじゃない?特徴のあるお顔立ちだったり、すごい体を持っている人の方が表現しやすいのよ」


肖像画家は単に、モデルをそのままキャンバスに描くことが仕事ではない。

依頼主、つまりモデルが絵の中の自分をどのように見せたいかによって、画家はキャンバスの中の人物を作り上げていくのだ。


例えば、賢く見せたいと依頼主がいえば、表情を厳格にし、美しく見せたい場合は、肌の色を白くしたり、頬の色を桃色で着色するなど、見たものをそのままキャンバスに描くわけではないのだ。

だから、美形であればあるほど、特徴のない顔立ちに仕上がってしまうことが多く、モデルが表現して欲しい肖像画が描けないのだ。


だが、それは、これまでの画家の場合である。

私は、依頼主の持つ個性、表情、話し方などから内面部分をキャンバスの中に表現している。

どんなに外見的な特徴がない人でもうまく表現してこそ一流の画家だ。

私は気を引き締めて、公爵邸に足を踏み入れた。




部屋に通されてしばらく、待機していると、トントンとドアの音が鳴った。

次期伯爵が来た。


「こんにちは、肖像画家をやっております。ヴィオラと申します。こちら、アシスタントを務めますエマです。本日はよろしくお願いします」


私はいつも以上に丁寧にドレスの裾を摘んで甲斐甲斐しく挨拶をした。


「初めまして。君が噂に聞くところの天才肖像画家かい?会えて嬉しいよ」


男性にしては少し声が高いが、落ち着いている。

私はゆっくりと顔を上げて次期公爵様を見た。


(確かに、噂に聞く通り美形だわ)


顔のパーツで最も重要な鼻はスラリと長く、整っており、唇は薄いが、紅色に色付いている。そして、目は長く、シルバーの瞳がはっきりと見えるほどに開いている。

肖像画用に正装に身を包み、その辺にいる貴族とは格の違う上品さを醸し出している。


(これは、なかなか描くのが難しそうね……)


「描くのが難しそうですか?」


ニコリと彼が笑った。


「……っ、そ、そんなことありません!」


私は思いっきり図星の反応をしてしまったことを後悔した。


「いろいろな画家が来て、私の顔を見て、難しそうな顔をするんです。自分で言うのもなんですが、整っている顔なので……」


不思議と自慢に聞こえない。むしろ、困ったような顔をして、私に笑いかけた。


「確かに、次期伯爵様のお顔はお美しいですが、伯爵様のお人柄を肖像画に反映させるのは不可能ではございません」


「さすが、若いながら帝国中の噂になるほどの肖像画ですね。そうだ、せっかくのご縁ですから、私のことはリッカードとお呼びください」


「身に余る褒め言葉でございます。それではリッカード様、早速、始めさせていただきます」


「僕は特にどういう風に書いて欲しいなんて要望はないから、君の好きなように描いてくれ」


そう言って、リッカード様はゆったりと椅子に座った。


私は、リッカード様をじっくりと観察してラフスケッチを始めた。


(お顔立ちも綺麗だけど、骨格のバランスや筋肉のつき方もモデル並みだわ……動いてないと、人形みたいだわ……)



振り子時計の音だけが室内に響いていた。


私は最後に瞳の色を塗り終えて、ふぅと息をついた。


「このようにできましたが?どうでしょうか?」


「これは……」


「リッカード様の柔らかな雰囲気や、聡明な印象を淡い色で表現させていただきました。お顔立ちも、今より少し大人らしく描かせていただきましたが、お気に召されましたか?」


「ああ、あなたに任せて良かったです、ですが、大変ではありませんでしたか?なんと言えばいいでしょうか、私は顔に個性がない人ですから……」


「人は誰しも、その人にしか持っていない色があるんです」


「色?」


「はい、色です。おそらく、世間一般の人たちはそれを雰囲気やオーラと呼ぶのでしょうが、私は色が見えるんです。リッカード様は、瞳と同じ澄んだシルバーの色を持っています。聡明で、物腰柔らかく、真摯な方であると私は思いました」


「そんなふうに言われたのは、初めてだ」


リッカード様は桃色に染まった頬を掻いた。


「また、君に仕事を任せてもいいかい?」


「もちろんです、ぜひ描かせてください」


と仕事用の笑みを浮かべる私に、リッカード様の手が私の頬に触れた。

一瞬、何が起こっているのかわからず、私の体は固まった。


「すまない、ここに絵の具がついていたから」


そう言って、リッカード様の手についた黄色の絵の具を見た。


「……あ、ありがとうございます」


全身の血が顔に集まったように暑くなるのがわかった。




「エマ様!うまくいって良かったですね!これで、帝国中の貴族から仕事がたくさん来るはずですよ!」


帰りの馬車に乗りながら、エマが嬉々としながら言った。


「はぁ、疲れたわ……描いている間、一息つく暇がなかったから疲れちゃった」


私は、凝り固まった肩をぐるぐると回して、無事に大仕事を終えたことに安堵した。

エマは、仕事が増えることを喜んでいるが、正直、私はこれ以上重たい仕事が増えるのはごめんだ。

毎回、神経をすり減らしながら描いているから、体がもたない。


「早く、のんびり、好きな絵を描きながら暮らしたいわ」





翌日


「あのなんで、私、今日もここにいるのでしょうか?」


「君に興味が湧いてね。話をしてみたくなったんだ」


目の前でニコニコとした顔でこちらを見ているのは、昨日、肖像画を描いたリッカード様だ


(な、な、なんで、今ここにいるの、私!?)

リッカード←NEW!!!

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