回顧
ルーカスに聞きたいことがありすぎて、何から話せばいいのかわからない。
というのも、あまりにも彼の外見が5年前と変わりすぎている。
彼が筋肉という分厚い鎧を身につけているせいで、ルーカスだと分かっていても、筋肉オタクの性で彼のことを直視できないのだ。
かつて私の手をひいたルーカスの腕は、骨ではなく、血管が浮き出ていて、かつての面影が見た目からはない。
(目の前に座っているのはルーカスよ)
そう何度も自分の胸に唱えかけて、ようやく彼の目を見て、最も聞きたかったことを質問した。
「5年間、なんで私に一度も連絡しなかったの?」
ルーカスの瞳が揺らいだのが分かった。
「長い間、連絡を入れなくてすまなかった。戦争の最前線で戦っていて、手紙を書こうにも、お前になんて書けばいいかもわからなかったんだ……常に死と隣り合わせの状況にいて、いつ死ぬかわからない俺なんかがお前に手紙を書いていいんだろうかと思ったら筆が進まなかった……」
「本当にすまない」とルーカスは強く拳を握り頭を下げた。
「そう、だったのね……」
普段、人前で自分の弱さを見せないルーカスの辛そうな顔を見て、胸が熱くなった。
「俺は、生きて帰ってきたんじゃない、死ぬことができなかったんだ。仲間の死を見てきて、次は俺だと何度も思った。それでも、故郷のことやお前のことを思い出すと、どうしても生きたいと思ったんだ」
激戦の中で生き抜いたルーカスは自分の命と引き換えに自分の心と、仲間の命を失った。
故郷に帰っても心の傷は癒えぬまま、戦場の最前線の記憶の中に囚われている。
* * *
最初は、早く帰れるだろうと思っていた。
バルバ国とアトゥーラ帝国は当初、武力ではなく交渉によって和平を目指していた。
しばらくは、暇な日々を送っていた。俺たちは形だけの出征だったのだ。
俺は、戦績を上げようと意気揚々と故郷を発ったから拍子抜けしたが、両国が平和であることに越したことない。
芝生の上に寝っ転がって空を眺めながら、暇を潰していた。
しかし、情勢は悪化の一途を辿り、交渉は決裂。バルバ国側が帝国側の提案に反発したのだ。
それから長い日月の間、国境で戦火が飛び交った。
戦争経験者でもない俺がいた部隊は最前線に配置された。
いわゆる捨て駒だった。時間稼ぎのために俺がいた部隊は最前線に連れてこられたのだった。
そこは昼でも夜でも構わず、銃声が飛び交った戦場で故郷で一緒に稽古していた仲間が毎日、土に還っていった。
目の前で、仲間が撃たれるのも何度も見た。
ここが俺の死に場であることを覚悟した。
もはや俺が死ぬのは時間の問題であった。
空虚な空を眺めながら、このしょうもない戦争のどこでどのように死ぬのか考えている日々が続いた。
ある日の待機中
昨日の夜、かつて騎士学校のルームメイトだったやつが死んだと聞かされて、いよいよ死神は俺の背中を掴みかかっていると思った。
「お前、毎日、死ぬことばっか考えてる顔してんな」
隣で待機していた男が俺に向かって話しかけた。
昼夜問わず戦っているせいで、男の目の下にはクマがくっきりと見えた。
(俺も、こんなツラしてんだろうな……死神は俺の方じゃねぇか)
「ああ、もう、こんなクソみたいな世界で生きるなんて無駄だからな」
「俺には娘がいるんだが、花嫁姿だけは見ておきたいんだ。だから、生き残って帰りたい。この環境は絶望するには十分すぎるが、俺はそれでも生きて帰って、娘の顔がみたいんだ。お前はどうなんだ?死ぬ前に会いたい人なんかいないのか?」
俺は久しぶりに故郷のことを考えた。
家族のこと、仲間のこと、一緒に遊んだ近所の奴らのこと、そして、ヴィオラのこと。
「そういえば、戦争に出る前に、昔馴染みのやつと約束したことがあるんだった。帰ってきたら俺の絵を描いてくれって」
俺は乾いた声で独り言のようにつぶやいた。
「……そうか、それは生きて帰らねぇとその子を幸せにできねぇな」
「なっ!?」
「バレねぇと思ったか?お前の顔、その”昔馴染みのやつ”の話をした時、口角が上がってたぞ」
自分では意識してなかったが、そうだったのか。
ふと、空虚な雲一つない空は、あいつの瞳の色と同じだったことに気がついた。
俺はその時初めて、生きてあいつに会いたいと思った。