確信
「ほう、これはなかなか発色がいいな」
クルトさんは、紙の上にある緑色を見て、白髭を触りながら満足そうに頷いた。
「ヴィオラ様、どうですか??」
「え……ああ、良いわね、仕事に使えそうだわ。クルトさん、こちらいただいても良いでしょうか」
「ああ、もちろん、ヴィオラに免じて割引しておくよ」
クルタさんはウィンクをして、顔料を包み紙に入れ始めた。
「ヴィオラ様……先ほどからあまり顔色が優れませんが、もしかして体調が悪いのですか?」
「いいえ、そんなことないわ…心配してくれてありがとう」
(普段、一緒に過ごしているエマにはすぐに分かってしまうわね)
この緑の顔料にどこか違和感、既視感を感じてしまうのはなぜだろうか。
なぜか、先ほど見た緑色が頭に張り付いて剥がれない。
「なぜかしら」
「何か言いましたか?」
「いいえなんでもないわ」
私は頭を横に振った。
「はい、できたよ」
クルトさんが顔料を詰めた包み袋を私の手のひらに乗せた。
「ありがとうございます。またいい画材が入ったら紹介してください」
「ああ、ヴィオラのためならお安い御用だ、また気軽に店に来てくれ。戦争も終わったから、これから国外の画材も仕入れるつもりだ」
クルトさんに挨拶を終えて店を出ようとした時、勢いよく扉が開いた。それと同時にドアチャイムがカランカランとなった。
「クルトおじさん〜帰ってきたぞ〜」
聞き馴染みのある声がして、男の顔を見上げた。
昨夜、家に訪れた男だ。
昨夜は薄暗い夜だったからあまり気づかなかったが、肌が少し焼かれていて、身長は昨日見た時より大きく感じた。
「あれ?ヴィオラとエマ!?」
「おかえり、ルーカス……よく帰ったな」
「おう、無事帰ってこれたよ」
私たちを見て驚く男に、クルトさんはルーカスと呼んだ。
確かに、クルトさんは『ルーカス』と言った。親族が家族の名前を間違えるはずがない。
私とエマは目を合わせた。
(やはり、ルーカスだったか……)
おそらく、エマもそう思っただろう。
目の前の男がルーカスと分かってしまって以上、昨夜の自分の反応が恥ずかしすぎて、頭に血が上った。
「あの、家に帰ります!クルトさんありがとうございました。エマ、行くわよ!」
「って、え?」
ルーカスの拍子抜けた声がした。
恥ずかしすぎる。それに、ほんの少しでもあのルーカスの体を内心で誉めてしまった事が悔しい……。
「おい、後で家に行くからな〜」
駆け足で飛び出した私たちに向けて、遠くでルーカスの声が聞こえた気がした。
「うわーーーーーー」とソファあのクッションに顔を埋めた。
「ヴィオラ様、そんなに声を上げなくても……」
エマが困ったような声を上げた。
昨夜とても恥ずかしいことをした気がする。
5年間会ってなかったとしても、ルーカスの姿だけは分かるという謎の自信が自分の中にあった。
しかし、その自信は昨夜見事に崩れ落ちた。
長年、唯一の親友だったのに、情けない。
「どんな顔をして会えばいいのよ……」
混乱と、恥ずかしさと、情けなさとで頭の中がぐるぐるぐると渦を巻いた。
日が落ちてきて、窓から見える空の色が徐々にオレンジ色になってきた頃、扉を叩く音がした。
扉を開くと案の定、ルーカスだった。
「久しぶりって、昨日ぶりか」
ははっとルーカスは笑いながら、頬を掻いた。
空の色のせいなのか、頬が少し紅潮している。
「は、入りなさいよ」
私は自分が思った以上にぶっきらぼうな声が出て、少し後悔した。
「この家も変わったな」
お互い向き合って座った後に長い沈黙の後、ルーカスが口を開いた。
「……うん……だって、5年も経ったんだもん」
私は、ルーカスと目を合わせずに俯いたまま答えた。
「お前は変わらないな……。そういう人の目を見て話せないこととか」
ルーカスが茶化すような声音で言った。
「そんなことなっ……」
ああ、確かに、ルーカスだわ。何を疑う事があったのだろう。この、私に軽口を叩くときに笑う目があの頃のままじゃない。あの頃と変わらない意地悪な笑みで私を見ている。
私は目の前にいるルーカスが霞まないように堪えるのに必死だった。
ついに、ヴィオラとルーカスを引き合わせる事ができました…