内幕
◇◆◇
【9/24 PM8:53】
「ふうっ……」
怪人アークは先ほどの場所からは大きく距離をとったビルの屋上に瞬間移動していた。
彼は契約によって空間を切り取り、また繋げる魔法を手に入れたのでこれぐらいはお手のものだ。
もう一度、慎重に周りを見渡して誰もいないことを確かめ、彼は割れたデザインの魔法の仮面を取り外す。
すると目や髪の色も普段の黒に戻った。バイトの制服である軍服と血塗られたマントも瞬時に消え失せ、私服姿に変わった。
アークは元の高校生、秋里 総司の姿に戻ると、その凛々しい顔を自分の真横の空間に向けて嫌そうに言う。
「カシス、これで問題ないんだよな?」
闇色の魔法生物、カシスが「きゅるりん☆」と総司の顔の前に現れた。大きな目がいつにも増して輝き、背中の羽根はパタパタと羽ばたいている。
「エクセレント! やっぱりボクの目には狂いがなかったヨ~。総司ってば最高~☆ 完璧な一人二役だったヨ!!」
「はぁー、すっげぇ疲れた。バイト代を倍にしてくれ」
「モチロン! 来週も出番があるからね」
「ハァ!? 来週は怪人スクウェアーの番だろ!?」
魔界からの刺客、怪人三人衆の登場はだいたい持ち回り制だ。毎週一人ずつが魔物を連れて魔法少女と対峙する。
表情さえそれっぽくして口をパクパクしておけば、魔法のアイテムである仮面が恐ろしい声で的確な台詞を勝手に喋ってくれる。
そして魔物が倒されれば悔しがる演技をして自分は無傷で逃げ出す。それが彼の役……総司の割りの良いバイトである。
「違う違う、アークじゃなくて、シュシュの片想いの相手、秋里センパイとして出演して貰うんだヨ!」
「ちょっ……マジかよ!? 聞いてないぞ!! まさか……」
いつも表情を繕いがちな総司の顔に、珍しく言いたいことがハッキリと出ている。カシスはそれを読んでニヤリと笑った。
「違うヨ。ボクがキミと契約をしたのは全くの偶然。まさかシュシュの相手がキミだなんて、先週彼女が告白するまで知らなかったヨ」
あれは半年前、三月のはじめ。
両親を事故で亡くしてまだ喪も明けない内で、当時中学三年の総司はこれからどうしようかと悩んでいた。
幸いにして中高一貫校だったため受験は必要なかったし公立で学費の心配もない。祖父母に引き取られ、その家からもなんとか通学できる距離でもある。
しかし妹は四月から小学校に上がる。両親を亡くしたばかりで精神が不安定になっていて、しかも引っ越したために知り合いもいない学校で妹が上手くなじめるか心配で仕方がなかった。
年金暮らしの祖父母に負担をかけたくなかった総司は、高等部にあがったらバイトを始めるつもりでいた。が、妹ともできるだけ家庭の時間を共有したかった。
そこにカシスが彼の前に現れてこう言ったのだ。
「ねえ、ボクと契約して地球の平和を守ってヨ」
総司の世界は一変した。
勿論、こんな荒唐無稽な話を最初は信じられなかった。しかしカシスはその魔法で一瞬で彼を別の県の山中に飛ばし、そして山火事を起こすほど強大な炎の魔法を見せた。更に慌てる総司の前で、それらを元通り火事の前に戻して見せたのだ。
「こんな事、ボクたちの魔法界では何でもない事だヨ?」
カシス達が住む魔法界。それは魔法で溢れ、誰もが幸せに平和に暮らしている。
殆どの人々は魔法で願いを叶えることができる。ごく一部の、平凡な退屈を嫌い、破壊衝動の興奮を求める野蛮な願いを持つ人を除いて。
ある時、魔法界の研究者が別次元へ空間を切り取り繋げる魔法を開発し、総司たちの住む地球へと繋ぐ扉を作った。しかし人々は地球を見てがっかりした。
彼らにとって一番の資源、魔法の素となる「マナ」がこの地球には全く存在しない。
また、科学や技術などの文明も、全て彼らが魔法で賄える文明レベルを遥かに下回っていて、おまけに地球人は戦争などをして醜く争っている。
地球と魔法界が交流をしたところで(それどころか一瞬で征服する事もできるのだが)得られるメリットはほとんど見当たらなかったのだ。
だが唯ひとつ。地球人の生み出すコンテンツの力だけはとびっきり魅力的だった。
望めばなんでも魔法で手に入れられる平和で平穏で、幸せな退屈。その生活に埋もれていた魔法界の人々は、地球のアニメやドラマなどの映像コンテンツが大変面白いことに気がついた。
魔法は使えず、望みは簡単には叶わない。人は悩み、時には争い、ぶつかり合う。しかし努力を積み上げた末に幸せが待っている。それを手に入れれば、それまでの苦労は吹っ飛ぶというストーリー。
普段大した努力や争いごとをしない彼らは、擬似体験ができるそれに夢中になった。特に『魔法少女もの』と『リアリティーショー』が魔法界では大変人気が出た。
しかしその二つを組み合わせたコンテンツは無い。
だから、彼らは自分達でそれを製作することにしたのだ。征服してもなんの旨味もない地球を舞台にして。
タイトルは『魔法少女☆THE・リアル』。
魔力を溜め込み、マナが無い所でも魔法を使ったり他人に魔力を分け与える能力を持つ魔法生物のカシス達。
彼らがそれぞれ……カシスは悪役側、シトロン達は魔法少女側として地球人と契約をする。魔法のアイテムや魔力を与え、こう言うのだ。
「この地球の平和を守って」と。
きっと魔法少女達には、言葉の意味そのままを騙っているのだろう。彼女達は魔界からの刺客と魔物を排除する事で地球を守っていると信じている。
カシスが総司に契約を持ちかけた時の説明は違っていた。
地球人が、時にアリの巣観察キットでアリの様子を見て楽しむように、魔法界の人々はリアリティーショーを見て楽しむ。
観察キットに飽きた人の中には残酷な者もいるだろう。巣を破壊するかもしれない。その時のアリ達には抵抗する術は無い。
つまり、リアリティーショーが面白ければその間は地球の平和は守られる。
しかし面白くなければ、ごく一部の野蛮な破壊衝動をもった者が魔法界からこの地球にやってくる可能性があると言う。脅しも同然だ。
総司はこの『魔法少女☆THE・リアル』を、より面白くより魅力的に見せるためのアリでしかない。そこまでは割りきれる……だが。
「いくらリアリティーショーだからって、俺の私生活を見世物にするのは無理だ!」
来週の出演要請を断る総司。しかしカシスはその答えは予想済みとばかりに、落ち着いたニヤニヤ笑いを崩さない。
「あぁ、君の望みは、君と君の家族の平和だったもんね。そこは映さないように配慮するヨ。せいぜい学校でシュシュと少し話す程度だと思うヨ?」
「……」
「まあ、もしかして、シュシュへの恋心と怪人アークという身分の狭間で悩むシーンとか? 今後の視聴者の反響次第で入るかもしれないけど、いいヨね?」
総司は血がにじむほど下唇を噛んだ。契約をした者は、対価として望みを魔法の力で叶えて貰える。
しかし当然それは地球の摂理を乱さない程度の望みに限定されるから、両親を生き返らせるのは無理だった。
だから総司はささやかな願いとして家族の平和を望んだ。祖父母が健康に天寿をまっとうできるように。妹が明るく元気で暮らせるように。自分達が生活に困らない程度のお金が、約三週間に一度のバイトで手に入るように。
そしてこの半年間、祖父の腰痛や祖母の持病が何故かすっかり治り、妹はクラスの人気者として笑顔で学校に通っている。
今、この役を降りるわけにはいかない。
「……台本は無いんだろ。俺はあの子に恋なんてしない」
「へぇ? さっきはシュシュを一所懸命に応援してたヨ?」
「あれは同情だ。俺と同じでヤラセだと思っていたのに、あの子達はお前らに騙されて本当に戦わされているんだろ」
「ちょっと人聞きが悪いヨ! コンテンツ撮影だと彼女達が知ったらリアリティが無くなっちゃうから、隠し撮りしているだけなんだヨ! それに安全にはしっかり配慮しているヨー!」
総司は白い目でカシスを見る。
「安全に配慮? 死なない程度に痛めつけ、怪我を治して無かった事にするのが『安全』だなんておかしいだろ」
「それはこの世界とボク達の世界との価値観の違いだヨ! とにかく、来週シュシュ……布尾 纏とちょこっと話をする事! モチロン、バイト代は倍払うヨ!」
「……もう一度言うが、俺はあの子と恋人にはならないからな」
カシスは総司の最後の言葉を聞いていないのか、目をキラキラと輝かせて一人で勝手に興奮している。
「魔法少女が恋する先輩の正体は怪人のひとり……この展開は絶対に視聴者にウケるヨ! 今後はシュシュ中心に話が進むかもね。ボクもシトロンも、きっとボーナス貰えちゃうヨ!!」
カシスはご機嫌で宙返りをしてそのまま「きゅるりん☆」と闇に消えた。
ブクマ付けてくださったお二人のご厚意に感謝します。
いいねブクマと★をくれた人たち、皆幸せにな~れっ
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.し-J *:。.
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