変身
◇◆◇◆◇◆
【9/24 PM8:35】
翌週、総司のアプリにDMの通知が来た。
『今夜、魔物が現れます。少し後、空に向かって以前お伝えした言葉を何度か言ってみてください。お手数ですが応援よろしくお願いします!』
『この後変身するのでスマホは見られません。応援よろしくお願いします!』
総司はバイト中だったが周りを確認し、コッソリとスマホを見るとすぐに制服の内ポケットへ戻した。
スマホが当たる部分の左胸がいつもより早くドキドキとカウントしている。
(……やっぱり……そうなのか)
あの校舎ウラの纏の説明で総司は一応信じる気は持っていた。更に彼女は今この時まで一切連絡を寄越さなかった。
ただの口実や妄想ならきっと何度も連絡してくるだろうに、纏はあれからSNSでも学校でも総司への接触を完全に断っている。それが説得力を増す結果になっていたのだ。
ただひとつだけ、総司の胸に引っ掛かるものがある。
纏からのメッセージには『魔物が現れました』ではなく『現れます』と書いてある。『この後変身する』とも。
彼女はこれから魔物が現れると知っているのだ。という事は……。
彼は上空を見上げる。
大きな月が総司を、そして平和な街を青白く照らしていた。
◇◆◇
【9/24 PM8:36】
「纏~! 早くしないと魔物がきちゃうモン~!」
熊のぬいぐるみに羽根と長い尻尾を付けたような黄色い魔法生物……名前はシトロン……が纏の部屋の中をうろうろと飛んでいる。大きな目を斜めに歪ませ今にも泣きそうだ。
「ごめん! 今すぐ変身するから!」
つい先ほど、何もない筈の空間から「きゅるりん☆」という音と共に宙返りをして現れ、「今夜魔物が現れる予感がするモン!」と言い出したシトロン。シトロン達のこの手の予感は外れたことがない。
纏は慌てて総司へ応援を依頼するメッセージを送った所だ。
彼女はスマホを机の上に放り出し、代わりに鍵付きの引き出しから一対のシュシュを取り出した。
それは淡く虹色に偏光するクリーム色の布地に、所々プラスチック製のカラフルな星が散りばめられた、どう見ても幼児向けのちゃちで派手なシュシュである。
「スターダスト☆チェンジ!」
纏がシュシュを両手に持ち変身の呪文を唱えると、シトロンの胸にある星マークからクリーム色の無数の星が飛び出す。それらは一つに集まり帯となって纏を螺旋状に取り巻いた。
♪キラキラキラ……♪
小さな星々がさざ波のような心地よい音をたてる中、纏の二つ結びの黒髪はパラリとほどけ、肩の下辺りまで一気に伸びて黄色く光る。両手のシュシュが光って彼女の髪をツインテールに結んだ。
ガリガリだった体つきは細さはキープしたまま、ほんの少しだけメリハリが良くなり、更に脚だけ10センチ長くなった。その脚に8センチヒール付きのショートブーツが履かされ、更に長くなる。
衣装は黄色とクリーム色を主体としたフワフワと女の子らしいミニ丈のワンピース。ミニだけどパニエと魔法の力で、どんなに動いても中は見えない仕組みだ。
メガネは何処かに消え失せ、その奥にあった慎ましやかな目はこぼれ落ちるのではないかと思うほど大きくなった。黒い瞳は琥珀色に変わり、その中には幾つもの星が宿る。
睫毛は倍も長く伸びた。鼻は高いのに控えめな存在感という矛盾を成立させた形状に変化し、唇は艶やかに潤いを感じさせるように輝く。
数秒で纏は華やかな『魔法少女☆スターダストシュシュ』に変身していた。
「もうティアラとカチューシャは変身済みだモン。行くモン!」
シトロンとシュシュは纏の部屋の窓から飛び出し、月夜の空を鳥のように自由に駆ける。家々の明かりが身体のはるか下を流れ、そのスピードに流れ星が沢山落ちているかのような錯覚を生み出した。
「まっ、待たせてごめんなさい!」
シュシュとシトロンがこの街で一番高いビルの屋上に降り立つと、そこには魔法少女の仲間二人が待っていた。
ピンクのカールしたポニーテールを揺らす『魔法少女☆スターライトティアラ』と、水色の長いストレートヘアをなびかせる『魔法少女☆スターライトカチューシャ』だ。
横にはシトロンそっくりだが色が赤と青の二匹の魔法生物もフワフワと浮いている。
「もー、おっそいゾー! せめて先に待ってろなんだゾ!」
赤い方の魔法生物、ポムが頭から湯気でも出しそうなほど怒りながら、ぴょんぴょんと上下に動く。シュシュはその怒りの蒸気に火傷をしたような気持ちになる。
「ポム、仕方無いですネ。シュシュだけ、まだパワーアップ出来てないんですからネ」
青い方の魔法生物、ミルティーユがいつものようにクールな態度でポムの熱を下げようと諌める。しかしその言葉は同時に氷の矢となってシュシュの心に突き刺さる。
シュシュは泣きそうな顔で俯いた。
ティアラとカチューシャはなにも言わず微笑んでいる。が、そもそも魔法生物には個性があり、それぞれと相性の良い人間しか契約が出来ない(と、以前シトロンから聞いている)。
ポムはティアラと、ミルティーユはカチューシャと契約しているのだ。
きっと二人は内心で二匹と同じ事を考えているんじゃないか……とシュシュは思った。
(わかってる……私は二人の足手まといになっているって)
先々週、先週の戦いで現れた強力な魔物にシュシュは全く歯が立たなかった。
先々週はティアラが、先週はカチューシャがそれぞれ好きな男性に告白し、恋人からの応援を貰いパワーアップしたのだ。二人の必殺技のお陰で魔物は難なく倒すことができた。
必殺技が強くなっただけではない。魔法少女としても格が上がったのか、名前も星屑ではなく星の輝きに変わり、見た目も一層美しく、衣装も豪華になっている。その名の通り内側から輝きに溢れているようだ。
(……秋里先輩)
シュシュは二人の仲間のきらびやかな姿から目を逸らし、両手を握りしめて総司が応援してくれる事を願った。
「居たゾ! 怪人アークだゾ!」
と、そこへポムが南東の空を指差して叫ぶ。その先には月の光を浴び宙に浮かぶ人影。
黒い軍服と血の色のマントを身につけ、割れた禍々しい仮面で顔の右半分を隠し、左半分からは赤黒い凶悪な瞳を覗かせている。
魔法少女の敵となる怪人三人衆のひとり、アークだ。
ポムがアークを見つけたとほぼ同時、彼は怪しげな呪文を唱えながら指で大きな弧を描く。すると空中に丸い形の黒い扉が現れた。
「出でよ。地獄の番犬ケルベロス。この世界を蹂躙せよ!」
アークがニヤリと笑みを作りながら、それこそ地獄からの呼び声のような低い声で言う。扉がひとりでに少し開き、隙間から鋭い爪を持つ黒く大きな右前足がのびた。
唸り声と共にその前足が扉をこじ開け、続いて左の前足が、生臭い息を吐く口が、ギラギラと光る一対の目が、力強い身体が扉を無理やりくぐる。真っ黒で巨大な体躯を持つ犬が宙に現れた。
魔法少女と魔法生物達は急いでそちらに向かい飛ぶ。
「強大な魔力を感じるモン……あいつ、強いモン!」
そうシトロンが涙目で言うと、ミルティーユとポムは自信たっぷりに返した。
「大丈夫ですネ! カチューシャのパワーアップした力があれば怖くないですネ!」
「こないだみたいにティアラの力で浄化しちゃうんだゾ!」
一瞬でケルベロスの前に飛んで来た三人と三匹を怪人アークは憎々しげに睨み付ける。
「ふん、また目障りな魔法少女どものお出ましか……その息の根を今日こそ止めてやる!」
怪人が再び指で円弧を描くと番犬と魔法少女達は球状の巨大な結界に閉じ込められた。
「!!」
「なに!? コレ!」
ティアラがバンバンと結界の壁を叩くがびくともしない。
「出しなさい!」
カチューシャが美しい切れ長の眼でアークを睨み付け言うが、怪人は不敵に笑う。
「はっ! 出たければ自力で何とかしてみろ。まあ無駄骨だろうがな」
「言われなくてもそうするわ!」
カチューシャがその水色の髪に挿しているヘアバンドに左手をやると、ヘアバンドに散りばめた小さな星達がキラリと白く光った。
三日月型の白い光が彼女の手元に残る。カチューシャが左手を前にまっすぐ突き出すと、光は大きくなって弓に変化した。弦を引く右手には大きな光の矢が現れる。
「天駆ける星の輝き達よ、悪しき者を貫け。『流星群の矢』!」
彼女が射った光の矢は空中で5つに別れた。そのまま5本とも尾を引きシャランと音を立てながら、結界へ向かい飛んでいく。
カチューシャの必殺技だった『星屑の矢』は、先週パワーアップして『流星群の矢』となり、強い魔物を一撃でめった刺しにして倒したのだ。だからカチューシャはこの結界を破ることにもそれなりの自信があった。
……しかし。
ブィイン!
結界はゴムのように矢を包み込み、しかし貫かれることなく一気に跳ね返した。5本の矢は全てカチューシャの足許まで戻りカッと音を立てて暴発する。
「きゃああっ!!」
「カチューシャ! 大丈夫!?」
「……そんな……」
焦りの色を顔に浮かべた三人の魔法少女と三匹の魔法生物達。反対に結界の外の怪人は勝ち誇る。
「ハハハハハ! もうお前達は死ぬまでここから出られない。ケルベロス、奴らを八つ裂きにするなり地獄の炎で焼き殺すなり好きにしろ!」
そう言って怪人アークは軍服のマントを翻し消えた。
「待ちなさい!」
「くっ……」
「まずは、この魔物を倒さないと……!」
地獄の番犬が唸りを上げ三人と対峙する。ティアラは自らの頭に乗る冠に手を当てる。すると冠に散りばめられた星達が光り、そのまま彼女の両手に光が宿った。
「幾千万の星々よ。その輝きで悪しき者を照らして。『天の川の夢』!」
ティアラが光る両手を天に向かって掲げると、ケルベロスの頭上に五芒星の形を成した虹色の陣が形成された。
そこから眩い光がどっと降り注ぐ。この光を浴びた魔物は浄化され無力化するのだ。
先々週、ティアラがパワーアップして手に入れた新たな必殺技である。
ケルベロスが虹色の光に包まれたかと思った瞬間、魔物はその巨体に見合わぬ素早さで五芒星の陣の外に移動していた。
「!!」
「はっ、早い!」
「魔物の足止めをしないと浄化できないわ!」
シュシュはツインテールの根元に左右の手を添えた。ツインテールを纏める小さな星達が光る。
シュシュの両手に一つずつ、光の輪が移った。
「『星屑の輪』!」
彼女はケルベロスへ向かいふたつのリングを同時に投げた。避けられるかと思ったが、それは命中し、ひとつはケルベロスの口を縛る。もうひとつは両の前脚をまとめて拘束した。
「やったわ!」
「今よ! ティアラ!」
「ええ、『天の川の……」
「グルルルル……ガゥアアッ!!」
魔物は唸り声をあげ、目を赤く光らせると、口と脚を縛っていた光の輪を無理やり引きちぎった。
「ああっ!」
(まさか、私の技を破れるとわかっていて、ワザと捕まったの……?)
動揺したシュシュは一手反応が遅れた。ケルベロスは拘束を引きちぎった口をがぱり、と大きく開けると炎のブレスを吐いたのだ。ティアラとカチューシャは間一髪逃れたが、シュシュはまともにくらい、地獄の業火に焼かれた。
「きゃあああ!!!」
魔法の力でダメージはかなり軽減され、そして火傷は徐々に回復していくが、それでもかなりの熱さと苦しさがシュシュを襲った。熱風が気管を焼き、暫くは喋る事もできない。
「う……」
「シュシュ!」
「しっかりして!」
彼女は傷つき倒れる。ケルベロスが追撃の爪を向けてきたがその前に仲間二人が駆け寄り、シュシュを抱き上げて跳ぶ。かろうじて爪をかわすことができた。
(ごめん……ふたりとも……。あ、秋里せん、ぱい……も……ごめんなさい……この街を……世界を……守りたかったのに……)
シュシュは結界越しに下に広がる街の灯りを眺めた。
炎に焼かれ身体の水分が奪われたからか、魔力で傷の修復に全てを使っているからなのか、涙はその目に湧くことがなかった。
続きます。
いいねとブクマと★をくれた人たち、皆幸せにな~れっ
.∧,,∧ ☆.。:*・☆*:。.
(*.^ω^) /′ *:。
(o っ′ 。:*゜*:。*☆: .。:*
.し-J *:。.
゜*:。.*:。*☆