異世界学院の頂上を目指そう9
つい先日僕は、憧れの少女スノウさんを前に「必ず強くなる」と決意表明した。
それを証明するのに、『学院決闘序列』は最も適したシステムだった。
決闘は実戦の経験値を溜めてくれるし、勝てばお金と共に名声も手に入る。
なにより、元の世界に戻るという目的に反していない。
僕は以前にも増して、積極的に決闘を行うようになった。
その代償として、カラミア様の執事としての時間が減っている気はしたが……。
こうして、今日も僕は決闘を一つ終えて、学院の食堂の端で通例の作戦会議を行い始める。
「――ライナー、今日も立会人ありがとう。いつも助かってるよ」
「先輩の頼みですからね。このくらいは構いませんよ」
「それじゃあ、食事をとりながら、次の決闘の計画を立てようか。勝てないとしても、次こそはエルに一撃くらい入れたいからね」
「それも構いません。構いませんが……一つだけいいですか?」
「どうしたの?」
「なぜ、先ほど先輩と決闘したシッダルク卿が、いまここに?」
友人であるライナーは食事のスープを啜りながら、相席しているエルミラード・シッダルクを見て、眉をひそめた。
それを聞いたエルは優雅に肩をすくめて、僕の代わりに返答していく。
「それは簡単な答えだよ、ヘルヴィルシャイン君。このエルミラード・シッダルクはカナミの学友であり――ついこの間、友人兼恋のライバルという関係になったからだ」
僕とエルは視線を交わし、頷き合い、互いの持つコップをカツンと打ち合わせ、互いの健闘を讃え合い、ライナーに友である証明をした。
しかし、それを見てもライナーはめげずに、常識人としての発言を続けていく。
「……恋のライバルって、そんな感じでしたっけ?」
「僕とカナミは有象無象の貴族たちと違い、清いライバル交際をしているからね。意中のスノウ君を射止めるため、お互いに切磋琢磨してるのさ」
「あはは、すごく胡散臭い話ですね。……それを信じるとしても、やっぱりここにあなたがいるのはおかしいですよ。こっちはあなたを倒そうと必死に知恵を絞ってるのに、これじゃあ作戦が筒抜けです。お二人とも、頭がおかしいって自覚あります?」
「存外に口が悪いな、ヘルヴィルシャイン君は。いや、嫌いじゃないがね」
なぜかライナーは、妙にエルから気に入られていた。
僕は友人になりかけている二人の間で無駄な喧嘩が起きないように、全ての原因が自分であることを早めに告白する。
「ライナー、僕がエルを誘ったんだ。これからの助言が欲しいってね」
「え、先輩から誘ったんですか? 決闘相手を倒すための助言が欲しいって、決闘相手に? 先輩、それがどれだけ情けないことかわかってます?」
「わかってる。でも、強くなる為なら、恥なんていくらでもかくよ。いま僕がすべきことは、手段を選ばずに強さを求めることだと思うから」
そう僕が言い切ると、ライナーは言葉を失った。
貴族としては受け入れがたいが、ライナー個人としてはわかる。そんな表情だった。
「流石、我が友カナミだ。それが中々できないのが、このエルトラリュー学院というところだからね。基本的に見栄張りが多い」
「いや、シッダルク卿。頼まれて、のこのことやって来るあなたもあなたですよ……。こちらの派閥の微妙に複雑な事情とかわかってます……?」
ライナーは目を伏せつつ、周囲を見回した。
僕の特待生という立場、それに例のカラミア様の恋人疑惑事件もあり、いまの僕には敵が多い。
いまも、僕たちを快く思わない生徒たちが遠巻きに、こちらを睨んでいる。
「わかってるから、ここにいる。このシッダルク家の名前が、少しでも君たちの役に立てばいいと思ってるよ」
その注目の中、エルは堂々と紅茶を飲む。
どうやら、シッダルク家が僕たちと懇意にしているという表明をしてくれているようだ。
彼のおかげで、僕に手を出そうとする者たちのハードルは高くなったことだろう。
「……意外ですね、シッダルク卿。そういう無駄なことはしない人だと思ってました」
「ああ、無駄なことはしないタイプだよ。ただ、カナミとヘルヴィルシャイン君との交流は、無駄でないと判断しただけさ。将来を見据えて、君たちは僕の人脈に加えたい」
はっきりとエルは打算的な好意を口にした。
それを聞いてライナーは納得したのか「なら、もう何も言いません」と黙る。
それを見て、エルは満足そうに頷き、嬉々と語り出す。
「では、意外に生意気だったヘルヴィルシャインの末弟君が納得したところで、作戦会議を始めようか。そう、カナミの英雄化計画を立てよう!!」
エルは英雄という単語を好んで使う。
思えば、僕を気に入ってくれたのは、スノウさんへの告白の時に「英雄になってみせる」と豪語したからかもしれない。
彼は『自分と共に英雄を目指す友人』を求めている節がある。
「まず、はっきり言おうか。現段階で、カナミが僕に勝つ確率はゼロだ。小手先の魔法道具を使っても、無駄だろうね。いまはカナミの基礎能力を伸ばし、実戦の経験を蓄える段階だと僕は思っている。そのためにも、僕との決闘はこれからも繰り返すべきだろう。当面の目標であるエルミラード・シッダルクの癖を見抜くためにもね」
そう言って、ちらりとエルは僕を見る。
いつか自分に並んで欲しいという期待が、その眼差しにはこめられていた。
それに続いて、ライナーも作戦会議に参加する。
「反論はありません。どれだけ、力があっても、それを使う人間の経験は重要です。特に先輩は、学院に来てから日が浅いです。魔法の感覚にも、まだ慣れていないようですし」
「それなんだが……。カナミが魔法と魔法道具を主軸に戦っているのは、なぜだい?」
「なぜって、それが先輩の最大の強みで、学院屈指の才能だからですよ」
「……正直、その才能がカナミの本質を隠しているような気がするんだ。君を含む周囲は、カナミを錬金術師か魔法技術者のように扱っているが、僕としてはもっと――」
こうして、エルを倒す為の計画をエルたちと共に議論していく。
――その最中のことだった。
「――カナミ君! エルミラード・シッダルクと決闘したというのは本当ですか!?」
議論を中断させる大声が、食堂に響いた。
只事ではない叫びが木霊し、誰もが目を見開いて、その不躾な来訪者に目をやる。
その中、エルだけが冷静に答える。
「ああ、それは真実だよ。カラミア嬢」
決闘相手であるエル自身が、現れたカラミア様に真実であると説明した。
それを聞いたカラミア様は歯軋りと共に、小さく「この――!」と悪態をつき、すぐに気持ちを収めて、僕の近くまで歩み寄り、冷静に問い質していく。
「話が違います、カナミ君。勝手に決闘をしたこともですが、いまそこにキザ男がいることが私には許せません。よもや、いまからそのキザ男の派閥に加わるつもりですか?」
僕はカラミア様の執事として働いている。
確かに、その僕がエルと食事を取っているのはよくないことだろう。
「カラミア様、それだけは絶対ありません。僕にとって、エルは絶対の敵です。ただ、同時に友人でもあるので、こうして助言を頂いているのです」
そう僕が釈明すると、エルは嬉しそうに言葉を反芻していく。
「そう、エルミラード・シッダルクはカナミの敵となったのだ。絶対の敵にね。ふっ」
それを見るカラミア様の目は、まだ厳しい。
追求は終わらない。
「だとしても、当初の方針から大きくずれています。カナミ君は『学院決闘序列』三位の私を支援し、一位『英雄姫』と二位『オーバーロード』に勝利させるのが役目だったはず」
「はい。いまでも、カラミア様には学院の頂点を取ってほしいと思っています。一位のフィルティアさんとの勝負の際は、全力で協力するつもりです。……ただ、二位のエルだけは僕に任せてください。この僕が必ずエルを負かして、三位以下に落とします」
僕は堂々と、多くの生徒たちの注目の中、エルに勝利すると宣誓する。
それをエルは喜び、ライナーは頭を抱え、カラミア様は――
「……それだけですか?」
とても不安そうに聞いてきた。
「え? 僕の望みはそれだけです。他には――」
「シッダルクだけではないでしょう?」
言葉を遮ってきた。
その意味を僕を察し、素直に雇い主へ事情を伝える。
「はい……。できれば、番外の『蒼き逆鱗』にも挑戦したいと思っています。この二人だけは自分の手で倒したい。我が侭を言っているのはわかっています。ですが、どうか――」
「それはどうしてですか?」
「どうしてって……」
再度カラミア様は言葉を遮った。
そのとき、僕の頭の中にあったのは、学院の屋上で出会ったスノウ・ウォーカーさんの姿。
その綺麗な髪、顔、口元、瞳――けれど、カラミア様はその理由を僕から聞くことなく、顔を俯かせる。
「いいえ。理由は関係ないですね。私は力で奪い、支配するだけ。支配だけが、私の夢」
そのとき、カラミア様の静かな魔力がうねり、胎動したように感じた。
その魔力のうねりを彼女は押さえつけ、顔を隠すように背中を見せ、言葉を残す。
「邪魔をしました。これで私は失礼します。私は私の夢を叶えるため、忙しいので――」
現れたときと同じく、カラミア様は慌しく去っていった。
その背中を見送る僕は、彼女の残した言葉の意味を正しく理解していた。
きっとカラミア様は、僕という存在を全て支配したいのだろう。
その恋心ゆえに、自分以外の女性を見て欲しくないと強く願っている。
ただ、そこまで彼女の心を理解していても――僕は止まれない。
止まれば、いまの僕の胸にある全てが嘘になってしまうからだ。
「カナミ、追いかけないのかい?」
エルが僕に確認をしてきたが、即答する。
「うん。いまはまだ、追いかけられるほどの力はないから……」
僕は強くなる理由が増えたのを実感し、両の拳を握り締める。
そして、僕が決闘で勝つべき相手はエルとスノウさんだけではないと覚悟していく。
この学院の『学院決闘序列』という戦いの最後に待つのは、彼女であると直感的に理解した。